8.
あの場では屁理屈ではなく正当な反論をしただけなのだが、アノマは自分の都合のいいように解釈しているようだ。もはやリリィもジェシカもまともに取り合わない。
「そんなことは叶いませんよ。さあ、同行願います」
「お前は俺がどうなってもいいのか!? 元婚約者だったんだぞ!」
どうでもいいのか、と聞かれたリリィは不思議そうに思った。本当に心の底から疑問に思ったのでキョトンと小首を傾けてしまうくらい。
「? どうでもいいですよ」
「何だと………」
「貴方に一切の情を抱く理由が私にはありません。だからお互いに婚約破棄し合ったではないですか?」
「………………」
マグーマは信じられないものを見ている気分になった。婚約破棄された時と同じ気分を感じた。この女の言っている意味がわからない、王子との結婚は誰でも憧れ手放したくないものだろう、と再び思ったのだ。
「お、お前は何なんだ………王子である俺に未練を持たないなんて………神様のつもりなのか………どうして……」
マグーマは絞り出すような声で、指まで指してリリィに聞いてみた。
「貴方個人に何の魅了がない。それが私の印象ですわ。貴方は王子の地位が霞むほど無能すぎますので」
「んな!?」
「むしろ、何故御自身が好かれるとお思いで? 何かの間違いで王太子になったとすら分からないのに」
「~~~~!?」
マグーマはもうなにも聞きたくないと思ってしまった。自分がそんな風に評価されているだなんて聞きたくも知りたくもなかったからだ。ここまで馬鹿にされていたなんて、マグーマにとっては屈辱以外の何でもない。
「貴方個人の価値は並の貴族以下です。もう大人しくしてください」
「い、嫌だあああああ!!」
あまりの怒りに、遂に半狂乱になったマグーマは剣を持ってリリィに切りかかってくる。だが、そんなことをこの国最強の騎士ジェシカが許すはずがない。
「お嬢様に手出しはさせん! 自分が砕ける音を聞け、必殺イーヴィルテイル!!」
ジェシカは向かってくるマグーマの剣を己の剣で一瞬で弾き返した。いわゆるカウンター技だ。そしてその反動はマグーマを吹っ飛ばすほどの威力だった。
「あ、あが……げふっ……」
「ま、マグーマ様……」
吹っ飛ばされて壁に叩きつけられたマグーマはそのままショックで気絶してしまった。それを好機と見たリリィは後ろに控えていた部下たちに指示する。
「皆さん、このお二人を拘束してください。遠慮はいりません」
「「「「「はい」」」」」
「ひい! そんな、誰か助けて……」
部下たちは何の遠慮もしないで二人を縄で縛る。仮にも貴族令嬢と王族でもだ。
「何で、何でよ………どうしてこんなことに………。誰でもいいから私達を助けなさいよ………」
「彼らは貴方の部下ではありません。大人しくしてください」
「ど、どうしてこんな目に! 私は幸せになりたかっただけなのに!」
「恨むならば、貴方の御父上を恨むことですね」
「え?」
それだけ言うと、リリィとジェシカは別邸の奥の部屋に進む。真の元凶を叩くために。
◇
奥の部屋にはでっぷり太った貴族の男がいた。
「王子は……はっ! お前はプラチナム公爵令嬢!? 何故ここに!?」
男に向かってリリィは笑って目的を告げる。
「お初にお目にかかりますわ、ロカリス・メアナイト男爵。私たちは行方不明となった『元』王太子を探していたのですが、ついでに他国に違法な貿易を行っている男爵を捕らえに来たのです」
リリィがマグーマ達を捕らえたのは『ついで』だった。本当の目的は今目の前にいるロカリスを捕らえることだったのだ。自分の娘と王太子を結婚させて、自分の罪を隠そうとした姑息な悪徳貴族を。
「な、何い! 違法な貿易だと、何を根拠に言っておるのだ!」
「すでに証拠は王宮でも揃っているのだ男爵よ。だから王子を連れて他国に国外逃亡しようとしていたのだろう。いざという時の交渉材料としてな」
「ぐ……」
ジェシカの言う通りだった。ロカリスは国内で違法貿易が明るみになりそうだったため、娘と王太子を結婚させようとしたが失敗した。そのため、今度は国外に出ようとしたのだ。マグーマ王子を連れて行こうとしたのも、行った先の国で交渉材料にと考えてのことだった。自身の思惑を言い当てられて、露骨に悔しがる。
「抵抗せずにお嬢様と私に捕らえられるがいい。そして裁きを受けるがよい」
「お断りだ! こんなこともあろうかとワシの身の回りには常に護衛が控えておるのだ。お前たち出番だ!」
「「「「はい!」」」」
ロカリスの合図で黒ずくめの男たちが大勢現れた。