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ナイトメア・イン・ワンダーランド  作者: Licht-リヒト-
9/9

最終話-ただいま-

「もう……ユイは、泣き虫だなぁっ」

 そういうチェシャも泣いていると思うユイ。

「ふふ、仕方ないなキミたちは」

 柔らかい笑みで2人を見守るマッド。

「さよなら……みんな」

 元の世界に帰る、目を閉じて強く願うユイ。

「ユイ……大好き」

 彼女の体が消滅する寸前、触れた唇と囁かれた言葉。

 その主が誰なのか確かめる間もなく……彼女の体は消え去った。

***

「ん……」

 ユイが次に目を開けると、そこは自分の部屋……ではなく病院のベッドの上だった。

「みんな!」

 バッと飛び起きて辺りを見渡すと、そこは不思議の国ではなかった。

 現実世界に帰ってきたんだとホッとするユイ。

 彼女はそっと自分の唇に触れる……。

 あれは一体……誰だったのだろうか。

「ユイ……?」

 そんなことを考えていると、自分を呼ぶ声がした。

 そちらに目を向けるとクニヒコの姿があった。

「良かった……!」

 力強くクニヒコはユイを抱きしめる。

「お父さんっ……」

 温かい……ユイは父の温もりに安堵した。

 話を聞くと2日間、眠り続けていたそうだ。

 ユイが不思議の国にいたのはちょうど2日。

 辻褄が合う、やはりあれは夢だったのかと思うユイ。

「実はなユイ、5年前にも似たようなことが起きたんだ。外国に住むアリスという少女が、ブラッドムーンの日を境に目覚めなくなった、永遠に」

 5年前、アリス、ブラッドムーン、永遠に目覚めなくなった。

 父の話を聞いたユイは、この世界と不思議の国はブラッドムーンの日に繋がるのではないかと考えた。

 そして同時に、あの世界で死んでしまうと二度と戻れなくなると。

「ユイ……いつも厳しく当たってすまない。母さんが死んで、仕事もしながらお前を育てるので手一杯だった。お前にストレスをぶつけていた……。お前の机に置いてあったノートを見た、真剣に自分の夢に取り組んでいるんだな。ちゃんと話を聞いてやれなくて、すまない」

 初めて、父が自分の夢を認めてくれたと感じるユイ。

「ううん。私も、お父さんが怖くてちゃんと話そうとしなかったから。お父さん、私がやりたいこと、私にとって必要なこと、命を懸けていきたいもの。それが小説なの。だから私──」

「行きたいんだろ? 専門学校に。お前にもお前の人生があるんだ、子どもの夢を親が潰しちゃダメだよな。……頑張れよ」

 クニヒコは優しくユイの頭を撫でる。

「ありがとう、お父さんっ」

「ああ……これからはもう少し優しくするよ。家事も手伝う。何かあればすぐに言え。お前は俺と母さんの大事な娘だ。愛してるよ、ユイ」

 この時、ユイの目にはクニヒコがクヴィスリングと重なって見えた。

 父とも和解したユイは無事に退院すると、担任であるシンから出されていた物語創作の課題に取り掛かった。

 不思議の国で体験した出来事を本にまとめることにしたのだ。

 記憶が薄らぐ前に。

 忘れてしまう前に全部を書き留めようとペンを手に取って、原稿用紙に記していく。

 タイトルは“ナイトメア・イン・ワンダーランド”。

***

 ユイが帰った不思議の国では、チェシャが膝を抱えて顔をうずめていた。

「どうです? 良い行いをした気分は?」

 赤い月を眺めていたクヴィスリングにマッドが声をかける。

「すごく良い気分だ」

 清々しい表情で、何かから解放されたようにスッキリしているクヴィスリング。

 不思議の国と言えど、月が赤くなる現象は頻繁に起こるものではない。

 5年に一度しか訪れない珍しいものだ。

 この世界でもユイが来る前日の空に、ブラッドムーンが観測されていた。

 次に見れるのは5年後だ。

 しかし今宵、空には赤い月が浮かんでいる。

願いを叶えよ(デジデーリヨ)、ですか。良い魔法ですね」

「自分の為に作った魔法だ、消費が大きいから使ってこなかったのに。誰かの幸せを願う日が来るなんてな」

 穏やかな笑みを浮かべる彼の横顔を見たマッドは、アフェリそっくりだなと微笑む。

「あなたはアリスではなくユイを愛していたのかもしれませんね。容姿を似せたところで本物を超えるものはない」

 赤い月を見ながら話すマッドの目から、一筋の涙が流れた。

「そうかもしれない。オレはアフェリを超えたくて、アイツの笑顔を壊したくて、アリスを好きになったと錯覚していた。本当の愛は……もう手の届かない所に行ってしまったな」

 ユイをこの世界に導いたのは、クヴィスリング自身。

 ブラッドムーンの夜、アリスに会いたいと願ってしまった。

 そして現れた、アリス……そっくりの少女。

 でも外見は似ていても、中身は全く違った。

 ユイは……自分を見てくれた。

 闇に閉ざされた心に光を当ててくれた。

 自分は彼女を、愛していたんだと……。

「また迷い込んできたら、求婚してみるかな」

「ならばチェシャを敵に回しますね」

 冗談交じりにマッドは、膝を抱えて小さくなっている彼に目を向けた。

「だな、アイツも最後の最後にやってくれる」

 踵を返してクヴィスリングは去っていく。

「どちらへ?」

「魔力を回復するんだ。この魔法は願いを叶える為にある……ちゃんと兵たちに謝らないとな。それにルスクオーレを復興させたい」

 強い意志のこもった目。

 そこには迷いなど一切なかった。

「無理なさらず」

「ああ、じゃあな」

 クヴィスリングの後ろ姿を見送ったマッドは、赤い月を見上げる。

「ありがとう、ユイ。キミのおかげでハッピーエンドになれそうだ。……アフェリ、アリス。キミたちは今、笑っているかな」-fin-


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