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ナイトメア・イン・ワンダーランド  作者: Licht-リヒト-
8/9

第8話-許し-

 クヴィスリングの性格を、ここまで歪めた両親も悪い。

 彼自身に何か非があるわけではない。

 しかし結末は、あまりにもひどすぎた。

 5年前の真実を知った今、誰もクヴィスリングを責める者はいない。

 責めたところで、何かが変わるわけではない。

 憎しみは憎しみを生むだけだからだ。

 そう判断したマッドたちは真実を受け止めた。

「分からないな……てっきり怒声が飛んでくるもんかと。ユイ、さっきみたいに叫ばないのか?」

「叫びません。私たちは全てを受け止めます」

「そうか……」

 空を見上げた彼の心は、兄やアリスを殺した罪悪感。

 そして後悔に呑まれていた。

 無気力感が、彼を襲う。

「これからどうするかな……やっぱ、オレも死ぬのかな」

 うわごとのように呟くクヴィスリング。

「死なせません。国を治められるのは、あなたしかいない。だけど支配では誰も従わない。ほんの少しの優しさで人は変われる。あなたが、王として国を治めるんです。アフェリではなくクヴィスリングとして。それが……償いになるんじゃないでしょうか?」

 ユイはそう話す。

 彼が素直に聞いてくれる保障はない。

 しかし状況から考えて、彼を王座から引きずり下ろしても王がいなくなる。

 そうなると国は指導者を求める。

 誰かが民を導かなければならない。

「でもオレは……ひどいことをたくさんしたんだぞ! 現にお前たちも傷つけた! そんなオレを許すのか!?」

「はい、許します」

 その言葉を聞いたクヴィスリングの心に光が射していく。

「私はあなたに、王としていて欲しい。アフェリさんみたいに優しい王様を目指す必要なんてないんです。クヴィスリングさんのやり方で、みんなを導いてあげて下さい。そこに少しの優しさを持っていただければ、私は何も望みません」

「……ああっ、自分なりに努力してみるよ」

 クヴィスリングはユイの優しさに、涙を流し続けた。

「一件落着ですね。マッド、チェシャ、ディーにダム。攻撃したこと、誠に申し訳ありませんでした」

 タイムは深々と頭を下げた。

「いや、命令したのはオレだ。本当にすまなかった」

 アフェリもタイムの隣に並び、頭を下げる。

「はは、傷を治してくれたし別に良いよ。それよりキミはクヴィスリングの成りすましに気づいていたんだろう? なぜそれを5年間も黙っていたんだい?」

「ああ、それはアフェリ様から命じられていましたので」

 マッドの言葉にタイムは、懐かしむように答えた。

『最後の頼みだ、タイム。いつかアリスと同じように迷い込む少女が現れる。その子ならきっと、支配された国に自由を取り戻してくれる。だからその間だけで良いから……弟に騙されてやってくれ』

 タイムの脳裏に亡き主君の言葉が蘇る。

「アフェリ様は、ご自分がクヴィスリング様に恨まれていることを知っていたのです。殺されてもおかしくないと。だが決して貴方を憎んでいけない、数珠つなぎに憎しみの連鎖は繋がれていくからと仰っておりました。ワタシは主君の命令を守っただけです」

(貴方の最後の頼み、しっかり遂行いたしました。安心してお眠り頂けるでしょうか?)

 空を見上げたタイムに一陣の風が吹く。

 それはまるでアフェリがありがとうと言ってくれたように感じたタイム。

「ユイのおかげで5年前の真実と、支配から解放されたけど……」

 ダムは困ったようにユイへと目を向ける。

「元の世界に帰る方法は分からないね……アリスさんは戻ったわけじゃないんだもん」

 本来の目的を果たせそうになく、意気消沈するユイ。

「クヴィスリング様、最初のお仕事をされては?」

 タイムが彼に声をかける。

「オレに付いてきてくれるのか? オレはお前の主君を殺した相手だぞ?」

「決して憎むなと言われております。さぁ次は我々がユイを助けてあげましょう」

「ああ。ユイ、元の世界に帰る方法なら、あるぞ」

 クヴィスリングの言葉を聞いたユイの顔に、笑顔が戻って行く。

「本当ですか!?」

「ああ。赤い月が空に輝く夜に、元の世界に帰りたいと強く願えば可能だ」

「そして不思議なことに、月が赤くなるのは今夜です」

「え、でも」

 何か言いかけたダムをディーが止める。

 兄の真意を受け取った彼は、喜んでいるユイを静かに見つめた。

***

「あ~あ。ユイと離れるのは寂しいニャン」

 夜になり、空には赤い月が浮かぶ。

 ようやく元の世界に帰れる。

 しかしそれはマッドやチェシャたちとの別れを意味する。

 せっかく出会えた彼らと別れるのは惜しまれるが、出会いと別れは遅かれ早かれ訪れるものだ。

「チェシャ。みんな思ってるんだから、口に出すんじゃない」

「でも~」

 ユイに尻尾を巻き付けて、離れようとしないチェシャ。

「短い間だったけど楽しかったよ」

「気を付けて帰るんだよ」

 ディーとダムは、チェシャとマッドが言い合いしている間に別れの挨拶を済ませる。

「うん、ありがとう。ディー、傷は平気?」

「ああ。この通り……あれ?」

 銃弾で撃たれた箇所に手を当てたディーの手には、赤い血がベットリ付いていた。

「え!?」

 焦りまくるユイと、腹を抱えて笑っているダム。

「ふふ、ははっ……。ユイ、ふふ……イタズラだよ、それっ。あはははっ」

「イタズラしがいがあるよ、ほんとっ」

 涙まで流して笑い転げているダムとディー。

「もう! バカ! ……ふふ、ありがとうね2人とも」

 ユイはイタズラ好きな双子に感謝を述べる。

 その間、ディーとダムの目から涙が止まることはなかった。

「ふふ、あの子ら。寂しいなら寂しいって言えばいいのに」

「照れ臭いんだろうね」

 いつの間にか言い合いを止めていた、マッドとチェシャが優しい眼差しを双子に向ける。

「ユイ、オレ頑張るから元の世界でもしっかりやれよ」

「はい! クヴィスリングさんも」

 誓うように握手を交わし合う2人。

「貴女と別れるのは心が痛みますね」

「大げさですよ……。キュウ、じゃあね」

 タイムと彼の肩に乗っているキュウに別れを告げるユイ。

「待て、お前を巻き込んだ詫びだ」

 クヴィスリングが指を鳴らすと、ユイの髪色が黒へと戻って行く。

「すごい……可愛い」

 チェシャが呟く。

「ありがとうございます!」

 ユイの言葉に彼は黙って頷いた。

「じゃあ私、行くね。怖いこともあったけど、みんなに出会えて幸せだった。マッド、チェシャ……2人がいたから私ここまで来れたっ……本当にありがとうっ」

 この世界に迷い込んでから、ずっと側にいてくれたマッド。

 打開策を出して、自分を守ってくれたチェシャ。

 ユイは彼らとの思い出が頭の中を駆け巡り、涙を止められなかった。

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