第3話-不思議な世界-
まず『不思議の国のアリス』について。
主人公である7歳のアリスが、土手で読書中の姉といることに退屈していた時。
時計を持った喋る白ウサギを見つけ、好奇心から追いかける。
すると穴に落ちてしまう。
棚やテーブルが浮いている可笑しな空間を通り、不思議の国へ迷い込んでしまう話だ。
そこでアリスは体が大きくなったり、小さくなったりしながらトカゲのビルやイモムシ。
チェシャ猫や三月ウサギとイカレ帽子屋などの奇妙な住人たちと出会う。
彼らと不可解な行動を共にしたのち、ハートの女王に目を付けられてしまう。
そこで罪なき裁判に巻き込まれてしまう。
そしてトランプの兵隊に捕まりそうになった所で、目が覚めるというストーリーだ。
いわゆる夢オチと呼ばれるものだ。
次に『鏡の国のアリス』。
これは続編という位置づけで『不思議の国のアリス』から半年後の世界を描いたものだ。
この話には双子のトゥイードル・ディーとダム。
ハンプティ・ダンプティなど一度は聞いたことがあるだろう名前のキャラたちが登場する。
「あ……これって、こうしたら」
ここまで2つの物語をまとめていたユイが何かを思いついたように、本を閉じた。
そしてメモに今思いついたネタを書き記していく。
それは『不思議の国のアリス』をメインにして『鏡の国のアリス』から双子のキャラであるトゥイードル・ダムとディーを自分の作品に登場させるものだった。
「うん、良いかもしれない」
我ながら良いアイデアが浮かんだと、自分を褒めるユイ。
その時、ふと時計を見ると針は0を指していた。
そんなに時間が経っていたのかと体を伸ばすユイ。
「眠いなぁ……」
さすがにもう寝ないと朝早く起きられないと思ったユイは、ペンを置いてベッドに体を沈めた。
***
「~~~♪」
温かな日差しと聞こえてくる陽気な鼻歌。
「ん……」
ゆっくりと目を開けたユイの目に映ったのは、青空だった。
「え!? どうして!?」
さっきまで自分の部屋で寝ていたはず。
状況が理解できず、ガバっと体を起こす。
目の前に広がるのは、色とりどりの花が咲き誇っている草原だった。
「何、ここ……」
「起きたのぉ?」
突然のことに動揺しているユイにかけられた、間延びした声。
声がした方に振り返ると、そこには猫の耳と尾を持った青年が座っていた。
「うふふ~」
青年は立ち上がると鼻を近づけ、匂いを嗅いだり尻尾で彼女の体を引き寄せる。
「え、ちょ……」
ゴロゴロと喉を鳴らして、ユイに懐く青年。
「会いたかったニャンよ~アリスぅ」
青年が口にした名前に、ユイは首をかしげる。
「ま、待ってくださいっ。私アリスじゃないです!」
「んニャ? でも服とか髪色は、アリスだけど?」
青年はユイの髪を指ですくい、唇を寄せる。
「ど……して……」
その時ユイは、自分の髪が黒ではなく金色に変わっていることに気づいた。
髪色だけではない。
服装も青い長そでワンピースに変わっていたのだ。
自分の身に一体何が起こっているのだろう。
これは夢だと思い、頬をつねるが痛みを感じる。
夢ではなく現実なんだと、ユイは絶望する。
「ねぇ、来て」
ジッとユイを見つめて黙り込んでいた青年が口を開く。
同時に彼女の腕を掴んで、森の中へと足を進めた。
「ま、待ってください! あの! 待って、止まって……!」
ユイは何度も呼びかけるが、青年は構わず森の中を歩き続ける。
そして一軒の山小屋に辿り着いた。
青年の住んでいる家なのだろうか。
なんてことを考えていると、彼は思わぬ行動に出た。
-ドカッ
「マッドー! いるニャア?」
青年は戸惑いなく、扉を蹴破ったのだ。
いきなりのことにユイは肩を震わせる。
「チェシャ……またなのかい?」
小屋の主であろう白髪の男性──マッドが、イスから立ち上がってこちらを見る。
「良いじゃニャアか~。壊れてないしぃ」
青年──チェシャはケラケラ笑いながら、ズカズカと小屋の中に足を踏み入れる。
「それはキミに壊されないよう、ボクが留め具の所を強化したからで……って、懐くな」
甘えるようにチェシャはマッドに抱き着くが、ウザったそうに頭をはたかれてしまう。
「う゛~~」
痛かったのか、頭を押さえて唸り声をあげるチェシャ。
「当然だろう。唸るんじゃない」
対応に慣れているのか、軽くあしらうマッド。
チェシャに腕を掴まれたままのユイは、転びそうになりながら2人の掛け合いを見つめる。
「ていうかチェシャ、なんで女の子を連れて…………え? アリス?」
マッドはユイを一目見ると、チェシャ同様にアリスと呼んだ。
「ごめんなさい……私、アリスさんという人じゃないんです」
「そう……」
ユイの言葉に、彼は悲し気に目を伏せた。
チェシャも表情に陰りを見せており、耳と尾も垂れ下がっている。
そしていつの間にか繋がれていた手に力が入った。
「そういえばまだ名乗っていなかったね。ボクはマッドハッター、イカレ帽子屋さ。気軽にマッドと呼んでおくれ」
「オレっちはチェシャ猫、チェシャで良いよぉ。手、大丈夫? 痛くなかった?」
チェシャは繋いでいた手を離すと、労わるようにやんわりと包み込む。
「はい、すこし驚きましたけど大丈夫ですよ。私は有栖川ユイと言います」
「そ? なら良かったニャ。よろしくねユイ」
ユイから許しを得たチェシャは、ゆっくりと彼女から手を離した。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫。ボクたちも敬語を使われるのは、むずがゆい」
「あ、じゃあ敬語はやめる……ね」
「うん、そうしておくれ」
マッドは褒めるようにユイの頭を撫でた。
「さて、ユイ。キミは一体どこから来たんだい?」
マッドに聞かれたユイは、自分の部屋で寝ていたはずが目覚めたらこの世界にいたと話す。
そしてこの世界は童話『不思議の国のアリス』に似ていると話した。
彼女の話を聞きながら、マッドとチェシャは悲しそうに微笑んでいる。
「どうしたの?」
2人の様子を疑問に思ったユイが理由を尋ねる。
「実はね、5年前にも今のキミと同じように迷い込んだ女の子がいたんだ」