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ナイトメア・イン・ワンダーランド  作者: Licht-リヒト-
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第1話-お年玉-

 ガヤガヤと賑やかな教室。

 黒板には“終業式”と目立つように赤のチョークで書かれている。

「おーい、お前ら席につけ。今年最後のホームルーム始めるぞ」

 ガラッと扉が開くと黒ぶち眼鏡をかけた男性──黒崎シンが、教室に足を踏み入れた。

 ピシッとスーツを身にまとい、前髪を横に流しているツーブロックのオールバックが見るからに真面目な印象を与える。

「明日から冬休みが始めるわけだが。実は俺からお前たちに、少し早いお年玉がある」

 シンは出席簿を教壇に置くと、楽しそうに話を切りだす。

 それを聞いた生徒たちも嬉しそうに口を開く。

「マジっすか!?」

「さすが黒崎先生ー!!」

「先生が担任で良かったー!!」

 立ち上がって目を輝かせる生徒。

 指笛を吹いてシンを称える生徒。

 拍手を送る生徒など。

 クラスのテンションは瞬く間に、最高潮へと到達する。

「おいおい……そんなに騒ぐな。他のクラスから苦情が来るだろ」

 シンは興奮する生徒たちを宥めるように、手を上下に動かす。

 しかし今の彼らに声は届いていない。

「はぁ……静かにしないのなら、お年玉はなしだな」

 その言葉を聞いた途端、騒いでいた生徒たちは一瞬で静かになった。

「よし」

 満足そうに微笑んだシンは、持ってきていたA4サイズのクラフト封筒を教壇の真ん中に置く。

「さ、これが俺からのお年玉だ!」

 意気揚々と封筒から“お年玉”を取りだしたシン。

 生徒たちは期待して頬を緩ませる。

 しかし正体を見るや否や、苦い表情に変わっていく。

「ん? どうした」

「どうしたもこうしたもないですよ先生!」

 それを皮切りに次々に文句をぶつけ始める生徒たち。

「そんなに言うか? 俺も落ち込む……」

 わざとらしく肩を落とすシン。

「いやだって……金を期待してたんですよ俺らは! なのに、何ですかその紙の束!」

 落胆した男子生徒は勢いよくシンが取りだした“お年玉”を指さす。

「誰も金って言ってねぇし……もし持ってきたら俺の立場も危ないだろ。だから“お年玉”という“課題”を用意した。嬉しいだろ? ん?」

 同意を求めるシンに誰一人、反応を示す者はいない。

 さっきまで騒いでいた彼らはどこに行ったのか。

 クラスは静まり返っていた。

 一人の少女を除いて。

 シンは彼女の目に光が宿るのを見逃さなかった。

「んー、サプライズは喜ばれると思ったんだがな。ま、一人に喜ばれたんなら上出来か」

 彼の言葉を聞いて他の生徒が、誰のことを指しているのか騒ぎ始める。

「静かにしろ、課題内容を説明するぞ」

 彼らを宥めながら、口を開くシン。

彼は現代文を担当している。

 だからなのか、400字詰めの原稿用紙に何でも良いから物語を書くという内容だった。

「一人100枚渡しておくから、必ず10枚以上は書いてこい。でなければ再提出にする」

 シンの言葉を聞いてクラスは不満の声を上げる。

「えー、無理ー」

「10枚も書ける気がしませーん。ていうか俺ら受験生!!」

「文句が多いな……。筆記試験の練習と思えば良いだろ、こんなのでウダウダ言ってたら大学にも受からないぞ」

 サラっと受け流したシンは、生徒一人一人に原稿用紙100枚を配っていく。

「ジャンルは自由だ。そんじゃ良いお年を」

 そう言い残したシンは教室を後にした。

「うわぁ……書けるかなぁ」

 原稿用紙の束を見ながら項垂れる生徒たち。

「さっき先生が言ってた子って、絶対にユイでしょ」

 窓際に座っている少女へ、親しそうに声をかけた一人の女子生徒──ユキ。

「だって嬉しいから」

 嬉しそうな笑みをこぼしたユイ。

「そういや有栖川ってこういうの得意なんだっけ?」

 ユイの隣席に座っていた男子生徒──リョウヘイが声をかける。

「少しだけ……」

「謙遜しないで、もう少し自信をもってよ。それにアンタ。ユイは将来、童話作家を目指してんのよ? 私もユイが書いた小説とか読んだことあるけど、ほんとに面白いの! だから今回の課題も楽勝よ!」

 鼻高々に宣言するユキ。

 話を聞いたリョウヘイも感嘆の声を漏らす。

「じゃあ課題で何を書くか決まってんの?」

「うん。書きたいのならあるよ」

 ユイは原稿用紙をカバンにしまいながら、話す。

「今回も楽しみにしてるね。……あ、やば! バイト遅れちゃう! じゃあねユイー、小説楽しみにしてるー! 頑張れー!」

 カバンを持って走り去っていくユキ。

「え、オレに挨拶なし?」

 リョウヘイは自分を指さしながら、唖然としてユイへと目を向ける。

「あ……えっと、ユキちゃんもバイトがあって急いでたから」

 なんとか彼女のフォローに入るユイ。

「はぁ……有栖川って優しいよなぁ、ほんと。んじゃオレも帰るわ。また来年な」

 リョウヘイはカバンを手に持つと、教室を出ていく。

 ユイも帰るための支度を進めた。

-ガタッ

 まだ何人か残る教室を後にして、ユイは昇降口へと歩く。

 靴を履き替えて外に出ると冷たい風が頬に当たる。

 空は午前中なだけあって、まだ明るい。

 寒さに身震いしながら、ユイは学校を後にした。

 通り道にあるスーパーで夕食の材料を買い揃え、ようやく帰路に着いた。

(今日は寒いし、シチュー作ろう。それに早く帰って課題やらなきゃ)

 創作欲が抑えきれないユイから、自然と笑みがこぼれた。

「ただいまー」

 家へと帰ってきたユイ。

 彼女の声に応答する者はいない。

 ユイは気に留めることもなく、キッチンへ向かって買ってきた食材を冷蔵庫に入れていく。

 そして制服から着替えるために階段を上り、部屋に入る。

カバンを机において一息つくと、隅に置いてあった写真立てに自然と視線が動いた。

「ただいま、お母さん」

 そこに写っているのは一人の女性と幼い少女。

 写真を悲し気に見つめたユイは、私服に着替えると部屋を後にした。

 時計の針は12時30分を指していた。

 ユイは手早く昼食を済ませると、洗濯、掃除をテキパキとこなしていく。

 一通り終わったユイが時計を見ると15時を少し過ぎたところだった。

 父が帰ってくるまで、あと4時間ある。

 シチューは1時間あれば完成する……。

 残りの3時間をユイは課題に当てることにした。

 だがシンが出した物語創作の課題ではなく、他の教科から終わらせていった。

 物語を書き始めると時間を忘れてしまうのをユイは知っていたからだ。

「はぁ……終わったぁ」

 イスの背もたれに体を預けて、伸びをするユイ。

 やはり受験生というのも考慮してくれているのか、課題の量はさほど多くない。

 一日で終わるとは思っていなかったユイ。

 しかしこれで、物語を書くのに集中できると一息ついた。

 窓に目を向けると、空は深い青に染まっていた。

 もう少しで黒に変わっていくだろう。

「そろそろ作らなきゃ」

 ユイは机に出していた教科書とノートをカバンにしまって、キッチンへと向かう。

 冷蔵庫から鶏肉、人参、玉ねぎ、じゃがいも、ブロッコリーを取りだす。

それぞれ適したサイズに切っていく。

 厚手の鍋にサラダ油を引いて玉ねぎ、じゃがいも、人参の順番で炒めていく。

 全体に油が回った所で鶏肉を入れる。

 鶏肉に焼き色がついたのを確認してから水を入れる。

 沸騰したらアクを取りながら約15分、煮込んでいく。

 具材が十分に柔らかくなったら火を止めて、ルウを割りいれて余熱で溶かしていく。

 完全に溶けたのを確認してから再度火をつけて、とろみがつくまでかき混ぜる。

 最後に牛乳を加えたら、クリームシチューが完成した。

「うん。美味しい」

 味見して頷くユイ。

 その時、玄関のドアが開く音が耳に届いた。


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