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カメラ一台のロマンス -冬-

2LDK二重奏

作者: パルコ

滑り込みで「夢幻企画」に投稿です!

『カメラ一台のロマンス』第四弾!

ルームシェアをする男女を見守る青年のおはなし


最後にキャラ紹介と予告

 今日は先輩と生配信の番組を終えて、先輩の家にお邪魔している。ブラウンやグリーン系の家具でまとめたインテリアは、清潔感のある白い壁や木の風合いを感じるフローリングに似合うナチュラルな部屋を作っていた。


 先輩――麦田さんはナレーションやゲームで活躍するフリーランスの声優だ。麦田さんの声はテレビで頻繁に聞く。そのうえロングの黒髪に眼鏡が似合う美人。妖艶な瓜実顔で、彼女のファンの方曰く同年代の若々しい女性声優とは違う雰囲気だとかなんとか。


 一方の俺は、デビューしてから五年の新人に毛が生えたような声優だ。でも、彼女が仕事に対する姿勢や応援してくれる方とのコミュニケーションまで色々とアドバイスしてくれたおかげで、声優で生計が立てられるようになっている。



 今日は麦田さんの誕生日だったから、番組配信中に彼女が好きな苺のサイダーをプレゼントした。

『じゃあウチで飲む?』

番組が終わったあと、彼女はそう言って俺を家に誘って、上がったら男物の靴があった。彼はもう帰ってきているらしい。


 麦田さんは同い年の男性と同居している。

 彼氏でもなければ、配偶者でもない。


 リビングにお邪魔すると、たくましい男性がビーズクッションに体を乗せて眠っていた。

「あれ? クマはもう寝ちゃってるの?」

麦田さんが『クマ』と呼んだ男性、熊切さんはよっぽど疲れていたのか、麦田さんが頬をつついても起きる様子がない。ジャケットとネクタイはないものの、スーツのままで寝づらくないだろうか。


 ちなみに俺は二人の家にお邪魔する回数はかなり多く、熊切さんとも仲良くさせてもらっているので、自由に過ごす彼を見慣れているし、特に気にしてもいない。


 そう。すっかり見慣れた。麦田さんの髪を無断でいじる熊切さんも、麦田さんに膝枕させられても平然としている熊切さんも、距離感が近い二人のこと全部。


 麦田さんが苺サイダーをキッチンカウンターに置いているのを見届けて、荷物を置かせてもらうとリビングのテーブルに何かある。近づいて見てみると、角ばった字が書かれた付箋だった。


『ムギへ

  酒とつまみはれいぞうこ

            クマ』


 俺は麦田さんを呼んで、書き置きがあることを伝えた。

「麦田さん、なんかおつまみ用意してるみたいですよ」

「え、うそー。何があんの?……お、美味しそう!」

彼女はふんふんと鼻歌を歌いながら冷蔵庫に入っていたおつまみをレンジに入れた。

「さーてあっためてる間に乾杯しますかねー!」

先輩のご機嫌な声に俺は「はい」と答えた。



 麦田さんは俺がプレゼントした苺サイダーをすでにボトルの半分以上空けていた。テーブルから離れてビーズクッションに上半身を預ける熊切さんは、まだ寝息を立てている。

「お休みですね熊切さん」

「お休みはいいけど、あたしのヤツなんだよソレ」

熊切さんに視線を向けた麦田さんは真っ直ぐな黒髪をかきあげて言った。


 この部屋には、大人が上半身を預けられるサイズの丸いビーズクッションが二つある。先輩曰く「ソファ代わり」だとか。そして熊切さんが今使っているベージュのクッションが麦田さん用、4Kテレビの前にのぼーん、と佇んでいるブラウンのクッションが熊切さん用だ。

「おい返してくれ」

 麦田さんがうつ伏せに眠っている熊切さんを引き剥がそうとするが、びくともしない。細身の女性が筋肉質な男性を動かすには無理があると思う。

「ねー! クマ!!! コレあたしのクッショわああああああああ!!!」

後ろから熊切さんを羽交い絞めにして引き剥がした先輩は彼の重みに負けて一緒に仰向けに倒れこんだ。


 高いテンションで「いだだだだだっ!!!」と笑いながら、熊切さんから抜け出そうとする彼女の声は、視聴者に届ける澄んだアルトとはかけ離れている。そして逞しい体の持ち主はまたベージュのクッションにしがみついた。

「クマ起きてっ!」

「う゛ー…、うるさいうるさい……」

通りが良い先輩の声に熊切さんは苛立ちと眠気を混ぜた声で不平を言いながら寝直した。


 クッションを使われている先輩の不満もわかるけど、疲れて寝ているところを強引に起こされる熊切さんも可哀そうだ。

「麦田さん、いいじゃないですか。起きたら返してくれますよ」

「えー、さっぴょんもコッチ側?」

しぶしぶ引き下がった彼女は「じゃあクマの使お」とテレビの前からクッションを引きずってきた。



 笑い上戸でハイテンションな麦田さんと、無口で笑顔が苦手な熊切さんが同居生活を始めて五年が過ぎた。



 二人の出会いは高校の弓道部で、たった二人の同学年メンバーだったらしい。そのせいか、クラスが違っていても話す機会がそれなりにあったそうだ。


 卒業後に再会したのは七年前、東京で集まれるメンバーでプチ同窓会をしたとき。

『その後も連絡取ったり会ったりしてたんだけど、なんか波長が合ってたんだよね。何話したかは覚えてないんだけどさ』

そう話した麦田さんの切れ長の目は、安らぎを乗せて笑っていた。


 同居生活が最初から順調だったかと言われれば、微妙だったと思う。本人たちではなく、周囲が。


 妙齢の男女がひとつ屋根の下暮らすとなれば、勘違いしたり、変に勘繰る人も多く、現場で会う麦田さんには少し疲れが見えていた。ちなみに現在は二人そろって毅然と「違います」とぶった切っている。


 子供向けアニメを見ながら二人でツッコミを入れたり、熊切さんの長風呂にしびれを切らした麦田さんが乱入したり、勝手に食べた取り寄せスイーツを巡って喧嘩したり、同じ日に同じ理由でフラれたことを二人で盛大に愚痴りながらやけ食いしたり。


 二人暮らしを始めて約五年。それぞれに恋人が出来ても、何回か引っ越しをしても、二人がルームシェアを解消しなかったのは、お互いに居心地がいいと感じているからなんだろう。



 片付けもそこそこ進んで、サイダーのボトルやウィスキーボトルを片付ける麦田さんに、今まで聞けなかったことを聞いてみた。

「麦田さん、もし同居生活を終わらせるとしたら、いつなんですか?」

ずっと気になっていたけど聞けなかった。二人とも三十代だ。恋愛の終わりは二人とも同じ理由。『同居人と私どっちを選ぶんだ?』って。この生活がある限りは、結婚や恋愛で幸せになれない。でも聞けなかった。余計なお世話な気がして。


 シンクでボトルを洗う麦田さんは眼鏡のずれを手首で直しながら「うーん」と声を出した。

「もしクマがね、『一緒になりたい人が出来た、同居やめたい』って言うならあたしも考える」


 でも、それがないなら終わりたくない。


 彼女の澄んだアルトが、真っ直ぐな願望を乗せた。

「あ……」

「ホントはね、別の相手と恋愛しながらでも一緒に暮らすことが出来たら嬉しいけど……でもそんなのは夢物語」

彼女は“夢物語”というロマンチックな言葉を誤魔化すように「ははっ」と短く笑った。

「まあ未来はわからんからね。考えが変わるかもだし。けど……。旦那とか彼氏よりも安心する関係があってもいいかなって思う」


 あたしは、熊切とまだ一緒にいたいよ。


 そう言って俺に振り向いた彼女の顔は、とても美しく、気持ちのいい笑顔だった。

「…そうなんですね」

俺はその瞬間、ある想いを自覚した。


 そして、

「ん……? んー、あれ……? 嵜山(さきやま)くん」

「あ、お邪魔してます。……といってもそろそろお暇しますが」

眠っていた熊切さんが目を覚ました。

「あ、そう? ……ごめん、なんも出来んかった」

申し訳なさそうに言う彼に「いえ、気にしないでください」と返す。彼の声は少し掠れているけど、鍛えられた逞しい体とは裏腹に柔らかい。


 俺の帰り支度が終わったことに気づいたのか麦田さんが「クマ」と熊切さんを呼んだ。

「クマ、さっぴょんエントランスまで送ったげて」

麦田さんの言葉に、熊切さんは「んー」とだけ返した。

「じゃあ、嵜山くん行こっか」

「はい」



 エレベーターの中は心地の良い無言だった。必要以上に喋らなくても、笑顔が苦手で笑うことが少なくても、彼は排他的な人ではないと安心する。いつか麦田さんが言っていた『でっかい岩とか、トトロのクスノキみたいな男』という言葉通り、相手を受け止めることが当然のような態度だからだろうか。


 エントランスまで着くと、俺は「ありがとうございました」と軽く頭を下げた。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、嵜山くん」

熊切さんに呼び止められて、「はい?」と振り向いた。

「今まで言えなかったけど、あいつ……麦田は俺と同居してから交友関係けっこう絞っちゃったからさ、嵜山くんがずっと仲良くしてくれてて助かるわ。ありがとうね」

彼のきゅっと細い目が下がって、口は綺麗に並んだ真っ白な歯を見せた。

「いえ…こちらこそ、ありがとうございます」


 二人の関係を三年間見ていてわかったこと――

 甘え上手な麦田さんもコミュニケーションが不器用な熊切さんも、お互いの関係に名前がなくても、相手を思いやりながら自分らしく生きている。恋愛や結婚に少し夢を見ながらも、それでもお互いを大切に思っている。


 穏やかに軽やかに時間が進むあの部屋は、ぴったりと音が重なる弦楽の楽譜に似ていた。


 神様、あと少しだけ、二人の見守り役やっていてもいいですかね?




---------------------------------------


 おかーえりー


 おー


 さっぴょん帰った?


 うん


 あたし今からお風呂めんどくさいから明日入る。明日休みでしょ?


 ムギ


 うん?


 俺も……


 どうした?


 俺も……ムギと一緒がいい……


 ……ふふっ、まあこれからもよろしくだね!

 っていうかさ……


 なに?


 もう共同の車買っちゃったしね!


 ああ! そうだった!


 でしょ? 納車されてからそんなに走ってないからさ、買い物とか行きたい!


 まあそれにデカいもん買っても配送の必要ないしな


 あ! IKEA行こう! かわいい食器欲しい!


 あー、行ってみる? コストコとかも面白いって聞いたわ


 あ! いいじゃんいいじゃん!

---------------------------------------


301号室

 熊切・麦田



ありがとうございます!


キャラ紹介


・嵜山絢瀬…26歳。人気急上昇中の若手声優。ゲームやアニメで活躍している。明るくて社交的でみんなに愛される好青年。たまにおっちょこちょい。新人のときに共演したムギに憧れている。ムギから一緒に住んでいる男がいると聞いたときは驚いたが、いい人だったとわかってから見守っている。クマが作る照り焼きチキンが好き。


・麦田繭里…33歳。ナレーションや長編RPGの仕事が多い売れっ子声優。女性に憧れられるクール系美人だけど基本のテンションは高い。高校時代からモテ期が終わらず、ルームシェア期間に彼氏がいたりもした。男女問わず交友関係が広かったが、ルームシェアしてから人と遊ぶ回数が激減して友達も断捨離している。クマの手料理が好き。


・熊切隆亮…33歳。ホワイト企業で働くサラリーマン。作り笑顔が不気味と言われてから無理な笑顔をやめている。基本最低限の会話だけで聞き役に回る。ルームシェアを切り出した側。ルームシェア中にも恋愛やワンナイトラブをしていた。食べること大好きなのに料理下手な同居人がいるので料理は仕方なくやる。高校時代から15kg痩せている。


*お互いの呼び名*

クマ→ムギ

高校時代:麦田さん→麦田

再会~同居:麦田→ムギ(たまに麦田)


ムギ→クマ

高校時代:熊切、熊切くん

再会~同居:熊切→クマ、クマたん、クマちゃん(たまに熊切)



予告

これだけだと物足りないので、二人にフォーカスしたエピソードをいずれ投稿します!

見かけたらよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何ていうか、現代的で不思議な雰囲気が良いですね。 起承転結よりもワンシーンを切り抜いた予告編というのが斬新でした。 [一言] 夢幻企画の参加作品を拝読中です。
[良い点] なんかいい。すごく素敵。 二人の誰にも侵されない領域。 結婚とか、恋人とか、そういうのを超越した二人がとっても面白かったです。 企画参加ありがとうございます!
[一言] 家紋武範様の「夢幻企画」から拝読させていただきました。 本当に端から見ていて、ほっこりするような、ハラハラするような、ちょっとうらやましいような不思議な関係ですね。 楽しませていただき、あり…
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