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94話 妖刀、夢想正宗

 夜。

 血色の月が浮かぶ空の下、妖しげな光に照らされた荒野の真ん中で、腰に刀を差した一人の男が佇んでいた。

 黒と赤を基調とした着物は、長年着続けているのだろうか、袖口と裾の先がボロボロに擦り切れている。

 とりわけ印象的なのは首から上にかけてだろう。短いとも言い切れない長さの黒髪はボサボサに乱れ、口元を隠すかのように鼻の高さまで首巻が巻かれていた。そして、あらゆる者を威圧するような鋭い双眸が、その男の獰猛さを物語っている。


「相当餓えてやがるようだなァ」


 それは独り言ではない。

 しかし、人に向けた者でもない。

 その男は今、ハイエナのようなモンスターの群れに取り囲まれていた。数は軽く三十は超えるだろう。

 モンスターが存在するということ。そう、ここは【異界迷宮(ダンジョン)】の中だ。

 そして即ち、単独で潜行しているこの男は冒険者ということになる。


「ふむ……」


 男はじっくりと、自分に牙を向ける獣たちを凝視する。


「俺に対する殺意で一杯か。悪くねェ」


 モンスターたちの目は一匹残らず血走っていた。たった一人の人間を殺し、その屍肉を貪ることしか頭にないのだ。

 それでも、取り囲まれている男はまったく動じない。

 彼は今、密かに高揚していた。


「妖刀、『夢想正宗(むそうまさむね)』――抜刀」


 腰の刀に手を掛け、ゆっくりと引き抜いた。


「……かたちはどうあれ、一つのことに執心した純粋な魂ってのは清らかで美しいモンだ。だが、一度そこに恐怖や絶望が入り混じれば、瞬く間に濁った醜い魂へと変質しちまう。

 さァ、その純粋な魂を濁すことなく俺を魅せてくれ……!」


 モンスターの一匹が吼え、それに応えるかのように他のモンスターたちも次々に吼える。最初に吼えた一匹はどうやら群れのリーダーらしく、自分の手下たちに号令をかけたということだろう。

 生死を懸けた殺し合いが開始される合図に、男は嬉々として刀を構える。


 だが次の瞬間、突如として上空から飛来した巨大な何かが、リーダーらしきハイエナ型のモンスターをぐちゃぐちゃに踏み潰した。


「……あァん?」


 水を差された男はイラつきながら、乱入した何かに目をやった。

 全長五メートルほどの体格は人のような骨格をしているが、その全貌は人とはかけ離れたものだ。両手足に鋭い鉤爪を有し、全身は羽毛に覆われ、頭部には巨大な嘴がある。


「……ガルダか」


 上級モンスター、ガルダ。並外れた戦闘力と凶暴性から、上級の中でも特に危険視されるモンスターである。


『キョアアアアアアアッ‼』


 耳をつんざくような甲高い咆哮を放つガルダ。

 すると、リーダーを喪い統率が乱れた群れは、遥か格上の存在の威圧に恐れをなし、一斉に四方八方へと散らばって逃げ出した。

 狩る側から狩られる側への立場の変転が、群れを成したモンスターたちの魂を()()()()


「……ッ!おいおい……」


 その光景を目の当たりにした男は、心底落胆したように声を漏らした。


「どいつもこいつも、【異界迷宮(ダンジョン)】の主を前にした途端これか……。やはりその程度の器かァ」


 彼はガルダに視線を戻して、


「お前はどうだァ?」


 返答は攻撃の意思で返ってきた。

 ガルダは右腕を振り上げながら、強靭な脚力をもって一歩で男との距離を詰める。


「――“夜天(やてん)に惑え”、【逆夢(さかゆめ)】」


 男は迫りくるモンスターを見据えながら静かに魔法を唱えた。

 しかし、それらしき現象は何も起こらない。


 ガルダから見ても、男が何か攻撃を仕掛けた形跡は見受けられなかった。

 そのため、ガルダはじっと立ち尽くしたままの男の腹部をその鋭い鉤爪で容赦なく貫いた。


「――ごッ⁉」


 爪先に感じるのは確かな手応え。

 鉤爪を引き抜くと、男のはらわたとともに勢いよく鮮血が噴き出す。


 仕留めた。

 それが幾度となく生命を絶ってきたガルダが下した結論だ。

 慣れ親しんだ感触は決して間違えようがない。


 さて、この場にはもう他の生物はいなくなってしまった。

 この後はどうしようか。

 逃げて行った奴らでも追いかけ



 ――いい夢見れたかァ?



『ッ⁉』


 突然頭の中に響いた声に、ガルダは体を硬直させた。

 そして直後、その世界が嘘だったかのように、ガルダの視界が端から徐々に黒く染まっていく。


 気がつくと、ガルダは両手足を斬り落とされたうつ伏せの状態で倒れていた。

 その眼前には、腹部を貫かれたはずの男が五体満足の体で佇んでいる。


「よう」


『……⁉……ッ⁉』


 困惑で声も上げられない巨大な鳥人に、男は首をゴキゴキと鳴らしながら言う。


「お前が見ていたのは俺の作り出した夢幻(ゆめまぼろし)だ。つっても、畜生には到底理解できやしねェだろうがなァ」


 さて、と呟いて、男はガルダの首元まで近づいていく。


『キョ……ッ‼キョアアアッ‼』


「何だ……?殺されると察した途端に泣き喚きやがって。……醜い。これでお前の魂も濁り切った……」


 独自の美学を有する男は、不快感を露わにする。


『キョアアアアアーーッ‼』


「聞くに堪えん」


 尚も泣き叫び続けるガルダの首を、男は一刀で寸断した。

 ドスン!と大きな頭部が地に落ちる。

 男はそれをつまらなさそうに見下ろしながら、血を払って刀を鞘に納める。


「はァ、シラケた……。やはり俺を満足させてくれるのはお前だけのようだ。――なァ、キヨメ」


 言葉にすると、無性に彼女の顔が見たくなった。


「……そろそろ、ハウンドの本拠地(ホーム)に戻るかァ。八番隊とやらの隊長に任命されたアイツの成長ぶりも気になるところだしな」


 こうして、男はその少女へと会いに【異界迷宮(ダンジョン)】を後にした。


 彼の名は、キョウシロウ=アマチ。

 №2冒険者ギルド【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】において、五番隊隊長を務める冒険者だ。

 そして、極東の小国ヒノクニでは『人斬り、天地狂詩郎』として名を馳せていたこともある。

 そんな彼につけられた異名は『凶剣』。

 現在では、最も危険な冒険者としてこの国で恐れられている。




**********

『95話 休日』に続く

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