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93話 キヨメのお願い

毒蛇のひと噛み(ヒドラ・リベリオン)】の本拠地(ホーム)

 その一階にある書斎にて、ローグとアイリスの二人は、ギルドマスターであるイザク=オールドバングに本日の成果報告をしていた。


「『アーマーグリズリーの毛皮採集』と『プラチナチキンの卵採集』のクエストは成功。『マッドエイプ生け捕り』のクエストは失敗。それで今日の報酬は百万ドルク、か。

 まあ一日にそれだけ稼げれば十分だろう。ご苦労さん。しばらく働きづめだったから、明日と明後日はゆっくり休んでくれて構わんぞ」


 成果を聞いたイザクがそう言うと、アイリスがズバッと右手を挙げた。


「あのー!私が達成した分を合わせれば百二万ドルクなんですがー!」


「んー?ああ、端数だと思って数えなかった」


「端数⁉」


「わはは、今日成果を上げたのは実質俺一人ってことだな!」


 項垂れるアイリスの肩をボスボス叩くローグ。

 すると、イザクが手元の依頼書を見下ろしながら、


「これで達成したクエストはちょうど六十個か。なかなかいいペースだな。これなら上位ギルドにランクが上がる日も近いんじゃないか?」


 それに対し、ローグはかぶりを振る。


「残念だが当分はFランクのままだよ」


「そうなのか?その辺り俺はあまり詳しくなくてな」


「いやまあ、成果的にはもうCランク辺りには上がれるんだけどよ、ギルドを創った時期が少し悪いんだ」


「時期?」


「ああ。冒険者ギルドのランクが更新されるのは半年に一度だけなんだ。先月、更新があったばかりだから次は五か月後。それまではどれだけクエストをこなそうと俺たちはFランクのままってわけ」


「何ィ~。ならウチ宛ての依頼や入団希望者が増えるのもまだ期待できないのか」


 う~むと唸るイザクに、ローグは機嫌よさげに言う。


「でも次のランク更新の時には確実にBランクには届くペースだし、あわよくばAランクまでいくかもよ」


 アイリスも頷いて、


「ローグさんたちはBランク以上、つまり上位ギルドにしか出来ないようなクエストも単独でこなしちゃいますからね。私が【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】にいた時には、信じられないことです」


「なるほどなぁ。そうとわかれば気長に待つとしよう。……ところでリザとキヨメはどこ行ったんだ?お前ら一緒に戻ったんじゃないのか?」


「二人は先に浴場に行ってます。何せ悲惨なほど汚れてましたから」


 大貴族サザーランド家の別荘だったこの館の一階には大浴場がある。それも、床や壁、そして十人は余裕で入れる浴槽もすべて、【異界迷宮(ダンジョン)】産の希少な鉱石を加工して作られた最高級浴場だ。

 ちなみに、アイリスとリザが初めてその浴場を使った時、感極まって泣いていたという小話をローグとイザクは知らない。


「いやー!モンスターの糞と臓物に塗れてそれはもう酷いにおいだったんだよアイツら!はははは!」


 ローグはそう笑い飛ばしたのだが、イザクは何やら神妙な顔をして自分の鼻に手を添えていた。


「ふむ、それでか……」


「あん?何が?」


「お前らからも若干異臭がするんだが」


「「な、なんだってー⁉」」


 不快そうな顔で言われたローグとアイリスは二人揃って驚愕の声を上げた。


「やばい、自分じゃ全然わからん!」


「私たちの鼻が異常をきたしてるんですよきっと!」


「ほれほれ、報告が済んだならさっさと出てった。この部屋にもにおいが移るだろうが」


「こ、こっちは汗水垂らして働いてきたってのに……!」


「酷い言い草ですね……」


「あ、夕食前に風呂入っとけよ。メシが不味くなるから」


 仄かに異臭を漂わせる黒髪紅眼の少年と金髪碧眼の少女は、しっしっ!と冷たく追い出されたのだった。



 十数分後。

 ローグが浴場の扉の近くで座り込んでいると、


「フフフフーン!私は清潔~♪もうにおわな~い♪」


「においが取れて良かったですねリザ殿」


 変な歌を口ずさむリザと微笑むキヨメの二人がその扉から出て来た。


「フンフンフ――ん……?」


 ローグとリザの目が合う。


「クエスト失敗したのに、えらくご機嫌だなリザさんよォ」


「……覗きか?」


「違うから!俺も風呂入りたくてアイリスが出てくるのを待ってるだけだから!」


「別にここで待たなくてもよくない?」


「……だって自分の部屋にいたらにおいが染みつくし」


 におい?とリザは小首を傾げる。

 どうやら彼女も嗅覚がおかしくなっているらしい。


「つまり拙者たちの糞臭と臓物臭が移ったと。それで、アイリス殿が猛烈な勢いで浴場に突撃してきたわけですね」


「ほほう……!」


 すべてを理解したリザはニンマリと笑みを浮かべると自分の鼻をつまんで、


「ちょっ!クッサァ!それ以上近寄らないでくれる!においが移るんですけどォ!」


「誰のせいだよ⁉つうかお前、においに気づいてなかっただろ!」


「さーて、身も心もスッキリとしたところで夕食の準備をしてきますかー!いやー愉快じゃ愉快じゃ!あっはっはっはっは!」


 高笑いしながら、リザは一人で厨房の方へと歩いていった。


「あのチビめ、クサいって言ったこと相当根に持ってやがったな」


「……ローグ殿、少しよろしいですか?」


 ローグが忌々し気に呟くと、彼の隣にキヨメが腰を下ろしてきた。


「ん?」


「アイリス殿からお聞きましたが、明日から二日間は休暇だそうですね。ローグ殿は、何かご予定はあるのですか?」


「いや、特にないから適当に東都をぶらつこうかと」


「ちょうどよかった!それならば、明日は拙者にお付き合いして頂けませんか?」


「いいけど、どこ行くんだ?」


「東都の東地区にある繁華街です」


「……えっと、どこだって?」


 ローグは思わず聞き返した。キヨメが口にしたその場所は、少々いわく付きなのである。


「ですから、東地区にある繁華街です。未成年は一人では入場できないので、ローグ殿に同行してもらいたいのですが」


 この国において、成人とされる年齢は十七歳以上である。つまり、十六歳のキヨメはまだ未成年ということになる。


「……お前、あそこがどういう場所かわかってんのか?」


「どうと言われましても、ただの繁華街でしょう?なぜか年齢制限がありますが」


「…………」


 入場に年齢制限があるということはそれなりの理由があるのだが、どうやらキヨメはそれをわかっていないらしい。


「と、とりあえず理由を聞いておこうかな……っ」


「実は今、とある方がその繁華街にいると耳にしたので、折角だからご挨拶に伺いたいのです」


「とある方?」


「はい!【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】の四番隊隊長、ミト=クシナダ殿という方です」





**********

『94話 妖刀、夢想正宗』に続く

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