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92話 とある新規ギルドの躍動

 第221【異界迷宮(ダンジョン)】。

 東都近郊から潜行することができ、森林地帯と山岳地帯から成るエリア一つのみという小規模な【異界迷宮(ダンジョン)】だ。

 緩やかな流速の谷川がエリアの中央を流れ、常に気候も安定していることから、数多くのモンスターが生息することで知られている。


 豊かな自然や多種多様なモンスター。資源採集の場としては申し分ない【異界迷宮(ダンジョン)】のはずだが、冒険者は好んで潜るようなことはしなかった。

 その理由は、強力なモンスターもまた数多く生息しているからだ。

 当然、並の実力の冒険者にとっては資源採集どころではない。


 そんな第221【異界迷宮(ダンジョン)】だが、つい最近とあるギルドに買い取られ、そのギルドの者しか潜行を許されない、専用【異界迷宮(ダンジョン)】となった。

 上位の冒険者ギルドの仕業かと噂になったが、それを買い取ったのはなんと創設したばかりの新規ギルドだというのだ。

 一体どこの命知らずなのか。なぜそれほどの資金があったのか。

 たちまち、東都周辺に拠点を構える冒険者たちから注目を集めることとなったそのギルドの名は、【毒蛇のひと噛み(ヒドラ・リベリオン)】という……。




『上位クエスト~マッドエイプの生け捕り~

 報奨金――百五十万ドルク』


 森林地帯で、木々を飛び移るように移動している影がある。

 数は三つ。

 先頭を行くのは、黄色い体毛に斑点模様をした小型の猿のようなモンスター、マッドエイプ。

 それを追いかけるのは、同じ様に木々を飛び移る二人の少女。リザ=キッドマンとキヨメ=シンゼンだ。


「あンの猿!すばしっこすぎでしょ!」


「戦闘力はなくともあの機動力による捕獲難度の高さが、奴を上級モンスターたらしめている所以なのでしょうね!」


 二人がマッドエイプを発見してから既に一時間。あまりにも俊敏な動きに翻弄され続け、未だ捕獲の糸口を掴めないでいた。

 それどころか、時折、挑発めいた仕草をする余裕綽々のマッドエイプに、二人のフラストレーションは溜まりつつあった。


「むう……!全力の【景断(かげだち)】で一息に始末してしまいたい……ッ!」


「コラ、落ち着けキヨメ。それじゃクエスト失敗になるでしょうが。せっかくの百五十万ドルクを台無しにする気?」


「も、申し訳ない……。つい……」


「しっかし、あの猿捕まえるだけで百五十万ドルクか……。お、美味しすぎる……!へへ、うへへへへ!」


 リザがクエストの報酬金額を思い出してニヤけた瞬間、


「あ!リザ殿!」


「ん?――ブッ⁉」


 彼女の顔に茶色くドロドロとした何かがぶつけられた。


「ぺっ!ぺっ!クサッ⁉何これ⁉」


 キヨメは鼻をつまみながら、言いにくそうに告げる。


「ええっと……、あのモンスターの糞かと……」


「――」


 それを聞いたリザの顔から、表情が消えた。


 ゆっくりと糞を投げつけてきた犯人であるマッドエイプの方に顔を向けると、


「ウキャーキャキャキャ♪」


 糞に塗れた彼女を見て、心底楽しそうに笑っていた。


「思い切り挑発してますね……。うッ……⁉」


 ふと真横からとてつもない殺気を感じ取って、キヨメの背筋が凍った。

 そこには、どんな大罪人でも震え上がってしまうような目つきをした赤髪の少女がいる。

 彼女は両手に銃を構えて、


「――コロス」


「どうか冷静に⁉クエスト失敗になってしまいますよ⁉」


 キヨメの説得も空しく、その後二時間に渡って激しい銃声が響き続けた。




『上位クエスト~アーマーグリズリーの毛皮採集~

 報奨金――百万ドルク』


「“紫電一閃”、【裂雷(サクイカヅチ)】!」


 同エリア内、中央の渓流に雷鳴が響く。

 ローグ=ウォースパイトは魔法によって生み出した刃のない刀を構え、中型のモンスターと対峙していた。

 相手はアーマーグリズリー。その名の通り、鎧のような硬質の皮膚を持つ熊だ。

 さらに、その皮膚の下にはゴムのような弾力の筋肉があり、如何なる衝撃も吸収してしまうため、並の冒険者ではまず傷一つつけることができない上級モンスターである。

 そんな強力なモンスターを前にしても、ローグは不敵に笑ってみせた。


「そういえば昔、仕留められずにクエストを断念せざるを得なかったっけ。でも今は、同じようにはならねえ」


 そう呟いて、刀を指でなぞって雷光を迸らせる。

 帯電状態の【裂雷(サクイカヅチ)】は、あらゆる物体を灼き斬る刀剣と化す。

 これで攻撃準備は完了した。


『グオォォォォォッ!』


 アーマーグリズリーが吼え、川の水を巻き上げながら突進してくる。その様は、あらゆる攻撃を寄せ付けない鋼鉄の巨塊だ。

 しかし、ローグは迷うことなく向かっていった。

 そして、身も凍るような爪撃をいとも容易く掻い潜り、すれ違いざまに刀を薙ぐように振り抜く。

 駆け抜けたローグは、その一刀で決着したことを悟る。

 手応えは一切なかった。しかし、確実に攻撃は直撃している。

 それはつまり、斬り伏せた感触すらその手に残らないということだ。

 なんとも剣士泣かせの刀剣である。

 とはいえ、【剣士】の《才能(ギフト)》を有しつつも、生粋の剣士というわけではないローグにとっては至極どうでもいいことなのだが。


 結果として、アーマーグリズリーは綺麗に胴体を両断され絶命していた。


「わはは!驚きの切れ味!」


 思わず感嘆の声を漏らして、魔法を解除する。

 かつて苦戦した相手を瞬殺したことで改めて自分が強くなったと実感し、彼はご満悦だった。

 後は皮を剥げば、クエスト完了である。

 するとそこへ、


「ローグ殿ー!」


 彼の名を呼ぶキヨメの声が聞こえてきた。


「お!ちょうどいいところに。皮剥ぐの手伝って――」


 振り返ったローグは、血と何やら茶色い泥のような物に塗れたキヨメとリザを見て固まった。

 リザに至っては、一目見ただけでもの凄く不機嫌であることがわかる。


「な、何事……?」


「申し訳ありません、こちらはクエスト失敗です……。マッドエイプの生け捕りは出来ませんでした……」


「そっか……。まあ、あの猿の捕獲は難しいからなぁ――ってクッサ⁉ちょ、それ以上寄るなお前らァ!」


「ッ!」


 ピクリとリザの耳が反応した。

 キヨメはそれに気づいて慌ててローグに忠告する。


「ローグ殿!これ以上リザ殿を刺激しないでくだされ!」


「だってお前ら、まるで臓物と糞が混ざり合ったみたいな酷いにおいするんだけど!」


「あ、正解です。まさしくその通り」


「ど、どういうこと……?」


「おい赤目」


 そこで沈黙を貫いていたリザが口を開いた。

 彼女は自分の汚れた服を指差して、


「それ以上詮索すれば、お前もあの猿と同じ目に遭わせるぞ?」


「何その発言!?」


 だか、リザのその一言だけでローグがすべてを理解するには充分だった。


「……いや、あ~、なるほど。虎の尾を踏んだ結果ってわけか……」


 少女たちの格好を見るに、余程凄惨な結末を迎えたのだろうなと、彼はマッドエイプを憐れんだ。


 汚れた虎が心底悔しそうに呟く。


「あークソ!百五十万ドルクをふいにするとは、私としたことが……!」


「ははッ、糞だけに?」


「あァ⁉」


「すいません……」


「リザ殿。気持ちを切り替えて、アイリス殿の担当したクエストを手伝いに行きましょう。そちらで少しでも取り返せばいいのですよ」


「……そうね」


「あれ?でもアイツの担当してるクエストって確か……」


「みなさーん!」


 三人で噂をしていると、ちょうどアイリスがそこへやって来た。

 両手一杯に何か小さくて丸い物を大事そうに持っている。


「見てください!プラチナチキンの卵を四つも手に入れましたよ!」



『下位クエスト~プラチナチキンの卵採集~

 報奨金――卵一個につき、五千ドルク』



「ささやか過ぎる……」


「え、なんですか?」





 王都にある【幸福の(フォーチュン・)羅針盤(ピクシス)】の本拠地(ホーム)には、仕事を依頼されない下位冒険者ギルドのために設置されたクエストボードがある。

 そこに貼り出されているのは、どのギルドの冒険者でも自由に受注できるフリークエストの依頼書だ。


 クエストボードの前で、【幸福の(フォーチュン・)羅針盤(ピクシス)】の女性団員二人がこんな会話をしていた。


「なんだか最近、依頼書の数が少なくない?」


「知らないの?ノエルが大量に持っていくのよ」


「ノエルって、クレーマーに病んで創団支援課に移った新人の子?何で?」


「あの子が今担当してる新規ギルドが、次々とクエストをこなしているみたい。それも難易度を問わずに」


「え……⁉ここには上位ギルドでも難しい依頼書が貼り出されることだってあるんだよ!新規ギルドってまだFランクでしょ!あり得ないって!」


「本当なのよ。ギルドが正式に登録されてからたった二週間。達成したクエストの数はもう、

 ――()()()()()()()()




**********

『93話 キヨメのお願い』に続く

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