86話 合流日
今日は【毒蛇のひと噛み】の合流日である。
王都のメインストリートから離れた場所にひっそりと店を構える喫茶店、サンセット。
店の中で、ローグ、リザ、オリヴィエの三人は同じテーブルを囲んでいた。
昼時であるというのに客足は少なく……、というより客はローグたちしかいない。
従業員もヨボヨボのお爺さん店主一人で、カウンターの奥でひたすら新聞を読み耽っている。
「何ですの?この小汚い店は。わたくしのような貴族には相応しくない所ですわね」
オリヴィエが店内を見回しながら不満そうに言った。
ローグは店側にフォローを入れようとしたが、彼の目から見てもこの店は古びた内装をしていたので否定はしなかった。
「ウチのマスターが合流場所にここを指定したんだよ。文句ならそのオッサンに言ってくれ」
「噂をすれば来たみたいよ」
リザが言うと同時、来店を告げるベルがチリンと鳴った。
「お、いたいた」
「お邪魔しま~す」
扉を開けて店内に入ってきたのはイザクとアイリスだ。
「あ!リザさん!」
「アイリスゥ!」
互いの顔を見るなりガシッと抱き合うアイリスとリザ。
それを見たオリヴィエはギョッとして、わなわなと体を震わせる。
「リ、リザ!その貧相な小娘は一体誰ですの⁉」
「ああ、紹介するわオリヴィエ。この子は私の友達で同じギルドのアイリスよ」
「とも……ッ⁉へ、へぇ~……、そうなんですの。へぇ……」
何か大きなショックを受けた様子のオリヴィエだが、貴族としての誇りが許さないのか、必死に平然とした表情を取り繕うとしている。
そんな彼女に、アイリスがおそるおそる歩み寄って右手を差し出した。
「あのぉ、アイリス=グッドホープといいます。よろしくお願いします」
「ッ!こ、この手は何ですの?」
「あ、すみません。いきなり馴れ馴れしかったですよね……」
「――!」
アイリスは少し残念そうな顔をして右手を引っ込めようとするが、オリヴィエがすかさず握り返した。
「そんなことはないですわ!わたくしはオリヴィエ=サザーランド!な、馴れ馴れしいだなんて思ってませんから、仲良く致しましょう……!」
「よかった。よろしくです、オリヴィエさん!」
「え、ええ!」
(ムフフ、またお友達が増えましたわ……!)
パアアと眩しい笑顔を見せるオリヴィエ。
コイツこんなチョロい奴だったのかとローグが思っていると、イザクがオリヴィエに近づいていった。
「はっはっは。こんな綺麗なお嬢ちゃんとなら俺もお近づきになりたいな」
直前まで眩しい笑顔だったのが、一気に冷めたものへと変わる。
「……わたくし、貴方たちのような汚い男には触れたくありませんの。とりあえず、そのみっともない髭を剃って身なりを整えてから出直してきなさいな」
「い、言うじゃないか嬢ちゃん」
「ねえ、今さりげなく俺のことも罵倒しなかった?」
軽くショックを受けるイザクとローグ。
ふとアイリスがハッとして、
「……あれ?サザーランドって、もしかしてあの大貴族の……⁉」
「如何にもそうですわ」
「気づくの遅いわね……」
「ど、どうしてそんな方がここに⁉」
「ここ数日でいろいろあったんだよ。説明することがたくさんあるから、とりあえずアイリスとオッサンも座ったらどうだ?」
「ッ……!」
ローグに名前を呼ばれたアイリスはビクンと反応した。
彼女の脳裏にライラから言われた言葉がよぎり、みるみる顔が赤くなっていく。
その隙に、オリヴィエ、リザ、イザクの順で同じ側の席に腰を落ち着かせる。
テーブルは六人掛けのため、残るはローグが座っている側の席だけとなる。
イザクは意地悪な意味を浮かべて、
「ほらアイリス、ローグの隣が空いてるぞ」
「わ、わかってますよ……!」
(わざとそっちに座ったなこの人……。うぅ、変に意識したせいで座りにくくなってきちゃった……!)
ぐぬぬ、と突っ立ったままのアイリスにローグが声を掛ける。
「アイリス」
「はいッ⁉」
「早く座れよ。本題に入れん」
「わ、私は……、空気椅子でいいです……」
「何で⁉」
「――なるほど、サザーランド家の別荘か!それはいいものを貰ったな!」
ローグからの説明を受けたイザクが声を上げた。
「それで、その別荘はどこにあるんですか?」
結局ローグの隣に座ったアイリスが尋ねる。
「東都の一等地ですわ。駅からもそれなりに近いところにありますのよ」
「だから、キヨメとセラさんには連絡を取って東都で待機してもらってるんだ」
「え、連絡ってどうやって取ったんですか?」
「これからしばらく、ギルドの雑務を手伝ってくれる奴に頼んで伝えてもらった。そういえば、アイツ遅いな。約束の時間はとっくに過ぎてるんだが」
「アイツ……?」
アイリスが小首を傾げたところで、再び来店を告げるベルが鳴り響いた。
慌ただしく入ってきたのは、キャリーケースを携えた獣耳の少女。
「すみませんローグ様、リザ様!遅くなりましたァ!」
彼女の名はノエル=ブルーノート。【幸福の羅針盤】所属の新米支援者である。
「コラッ。遅いわよノエル」
「ヒィィッ⁉申し訳ありませんリザ様!」
「あははは、冗談冗談。怒ってないから安心しなさい。アンタ反応が面白いから、ついからかっちゃうのよねー」
「おい!それ完全にいじめっ子の思考だからな!あんまり俺のノエルをいじめるんじゃねえ!」
「はぁ……⁉私のノエルだっての!寝惚けたこと言うな赤目!」
「ど、どちらのものでもないのですが……」
(怖ぁこの人たち……。日に日におかしくなってくよ……)
ここ数日、ノエルと打ち合わせをするため何度か【幸福の羅針盤】に出入りしていたローグとリザ。しかし、あまりにも彼女が怯えるため、二人はそれぞれ自分なりにスキンシップを図っていたのだが、いつしか間違った方向性で接するようになってしまっていた。それがまた一層、ノエルを怯えさせていることに彼らは気づいていない。
「ローグ様もリザ様も、け、喧嘩はやめましょう……!他のお客様の迷惑に――って誰もいないですね……」
(それに、さっきから変な視線を感じるのは気のせいだろうか)
俺のだ、私のだ、と言い争っているローグとリザの横でノエルが一人オロオロとし、さらにその背後ではアイリスとオリヴィエが嫉妬の籠った瞳で見つめる。
(く!ローグさんとどういう関係なんだろうこの子⁉)
(悲劇のヒロインぶってんじゃないですわよ獣人風情が!さてはその耳でリザをたぶらかそうとしているのですわね!)
そんなドロドロの輪から離れたイザクは、カウンターに腰を掛けて未だ新聞に目を通している店主に話し掛けた。
「どうよ?また賑やかなギルドが出来そうだ」
店主はゆっくりと顔を上げて、
「貴方らしいギルドですね。あの子らを見ていると昔の記憶が蘇るようです。……そういえば、貴方は今、何という名前でしたか?」
「老いて記憶力まで衰えたか?イザク=オールドバングだ。忘れるなよ」
「いやはや、なんとも奇妙な人生を歩んでいる方だ」
「……ああ、自分でもそう思う」
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『87話 サザーランドさん家の別荘に全員集合』に続く
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