82話 イザクVSライラ
ライラは腰に携えた剣に手を掛けた。
「――魔剣ノートゥング、抜剣」
刀身が姿を見せると同時、異様なプレッシャーが放たれた。それは、アイリスにとって身に覚えがあるものだ。
「この雰囲気、キヨメちゃんの刀に似てる……!」
「魔剣ってのは妖刀と同じだ。あの嬢ちゃんもキヨメと同じ様に武器から呪いを受けているに違いない。少し激しい戦闘になるかもしれん。ってなわけでアイリス、お前は遥か遠くまで下がっていろ」
「はい……?」
アイリスが顔をキョトンとさせると同時、イザクが自身の魔法を唱えた。
「“乱廻新星”、【反転する星】」
「うわ⁉うわわわわわっ⁉何ですかこれェ!」、
アイリスの体が宙に舞い上がる。
否、正しくは上空に落ち始めていると言った方が正しい。
イザク=オールドバングの第三の固有魔法、【反転する星】。一定範囲内の重力の向きを変える固有魔法である。
「俺の魔法だから安心しろ」
さらにアイリスにかかる重力の向きが、真上から真横へと変わる。
「どぅええええええぇぇぇぇ…………」
彼女は勢いよく真横に落ち、あっという間に姿が豆粒サイズに見えるほど遠ざかっていった。
「ようし。これで気兼ねなく戦えるな」
右腕をぐるんぐるんと回すイザクに、ライラが尋ねる。
「見聞きしたことのない魔法ですね。固有魔法ですか?」
「ん?まあな。嬢ちゃんだって魔剣持ちってことは【呪われ人】、つまり固有魔法使いなんだろ?ならそう羨ましがることもないのに。はっはっは」
「別に羨ましがってなどいません……」
ライラはそう言って、どこか物憂げに目を伏せた。
「……私は、この力が嫌いです。【猟犬の秩序】の隊長たちと同様、本来の魔法が発現する前の幼少期から魔剣を握らされ【呪われ人】になりました。ただ彼らと違うのは、そこに自分の意思が介入していないこと。私はずっと他人が敷いた道の上を歩いているんですよ……」
「……なら俺と同じだな」
「はい……?【呪われ人】のことですか?」
「境遇が、な」
言葉の意味がわからず眉をひそめるライラ。そんな彼女に、イザクは不意打ち気味に新たな魔法を発動した。
「“天墜新星”【引き寄せる星】」
「ぐうッ⁉」
突如として自身にかかる重力が何倍にも跳ね上がったことで、ライラは有無を言わさずその場で膝をつかされた。彼女の半径5メートルほどの地面が、見えない何かに圧し潰されるように陥没していく。
「これは……ッ、なんという……ッ⁉」
「はっはっは。このままペチャンコにしてやってもいいんだ。何も聞かず、大人しく降参するのなら解除してやるが?」
「降参……?あまり私を、見くびらないで頂きたい……ッ」
強力な重力に晒されながらも、ライラは不敵に笑った。
「――“愚者を導け”、【戦場の乙女】!」
魔法を唱えた直後、彼女は地を蹴って駆け出した。
イザクが眉を吊り上げる。
まともに身動きできないはずの重力場の中をライラは事もなげに直進してくるのだ。
それを見たイザクは、騎士少女が唱えた魔法のおおよその正体を悟った。
「身体強化か」
「ご名答です!」
言いながら、ライラは【引き寄せる星】の効果範囲を脱した。
(やはり、自分自身が加重に巻き込まれないようにあの男の周囲だけは効果範囲外というわけか)
重力の縛りから解放された瞬間、彼女の移動速度が飛躍的に上昇し、一瞬にしてイザクの懐へと潜り込む。
「うお、速ッ!」
回避は間に合わないと踏んだイザクは、咄嗟に腕を十字にするように防御を固める。しかし、ライラは構わずその上から剣の柄頭で殴りつけた。
衝撃を殺し切ることができず、ザザザザッ!と彼の体が数メートル押し込まれてしまう。
「ぬう、強烈……ッ!」
ビリビリと両腕に残る痛みを噛み締めながら、正面に佇む少女を見据える。
その少女は剣先をビシッとイザクに向けて、勝ち誇ったように降伏を勧告してきた。
「そちらこそ降参したらどうです?隠していることを吐くのなら、これ以上手荒な真似はしません」
「別に何も隠しちゃいないんだがなぁ」
飄々としたその態度が、ライラの神経を逆撫でする。
彼女は目を細めて言う。
「……私のギルドには、尋問を得意とする冒険者も在籍しています。どうしても口を割る気がないのなら、意識を奪って無理やりにでも連れ帰させて頂きますが?」
「悪くないねぇ。強引な女の子は大好きだ」
「問答の余地なし、ですね」
呆れたように呟くライラは再びイザク目掛けて突進した。
瞬間、再び辺り一帯に【引き寄せる星】の加重が及ぶ。
「また……ッ」
ライラの移動速度がガクッと落ちる。
(さっきよりも強力な加重。だがこれしきならば、どうということはない!)
一息に効果範囲を脱するため、大地を蹴る足に力を込める。
イザクが狙うのはそのタイミングだった。
「ッ⁉」
(軽い――⁉)
突如として一帯にかかっていた強力な加重が消え、反対に驚くほど軽くなった。
(あの魔法、こんな使い方もできるのか!)
通常の重力の実に五分の一。身体強化がかかったままその重力場を全力で踏み込めば、当然、ライラの予想よりも遙かに速く移動が可能となる。
それは、自身の動体視力の限界を超えてしまうほどに。
ライラは自身のスピードを制御しきれず、バランスを崩しながらイザクのすぐ左横を抜き去ってしまった。
否、抜き去りかけた。
にゅっと横から伸び出て来たイザクの手が、ライラの首を鷲掴みにして抜き去るのを阻止した。
「はいつかまえたッ!」
「ぐうッ!」
そのままライラを地面へと叩きつけるイザク。さらに、
「“双拳新星”【打ち砕く星】」
新たなる魔法を唱えたことで、ライラの首を抑えつけている右手と、今振り上げた左手が黒い光に包まれた。
「……!」
その両手に何か途方もない力を感じ取ったライラは、地面に叩きつけられた衝撃を痛がる暇もなく、背筋を凍らせた。
イザクは不敵に笑って、左手を強く握る。
ライラは、どうにか抜け出そうとするが、抑えつけられる右手の力のせいなのか、脱出が叶わない。
(に、逃げられない……ッ!)
「俺を甘く見たな、嬢ちゃん」
そう言って、イザクは左拳を振り下ろした。
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『83話 奇妙な返答』に続く
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