81話 第517【異界迷宮】の衝突
突然、アドラーからライラの名が出たことでローグは眉根を寄せた。
「アイツがどうかしたのか?」
「遠征から戻った時に、本拠地でライラと少し話してね。彼女の話によれば、君、南東の方にいたそうだね」
「え?ああ、確かにスピカって町に何日か滞在してたよ。けど何でアイツが知ってるんだ?ヒュースから聞いたのかな」
(ふうん、やっぱりそういうことか……)
ローグの言葉を聞いたアドラーは、何かを納得したように大きく頷いた。
「ヒュースの奴、あの後そっちに戻ってたんだな。倒して【異界迷宮】に放置してたから少し気掛かりだったんだ。元気そうだったか?」
「ん?彼ならギルドを辞めたよ」
「えっ⁉」
「随分ショックを受けていたようだったけど、君に負けたのならそれも納得だ。……おや、どうしてそんな驚いた顔をしているんだい?聞いた話だと僕が遠征に言っている間、彼に八豪傑の座を奪われたそうじゃないか。なら気に掛ける道理はないと思うんだけどね」
「いや……、それは、そうなんだが」
歯切れの悪い返事をするローグ。その様子を見てもアドラーは何ら訝ることなく言う。
「おかげでマスターの機嫌が悪くてね。今も団員たちに当たり散らしているところさ。僕がここに宿泊しているのも、ほとぼりが冷めるまで本拠地に居たくないというのが主な理由だったりするわけだ」
「ジジイの機嫌が悪い?ってことは、ヒュースは追放されたわけじゃねえのか。チッ、つまらん」
言葉とは裏腹に、ローグの顔はどことなくホッとしているようにも見えた。それに気づきながらもアドラーは指摘するようなことはしなかった。
「ふふ。まあ、そんなことがあったから、彼の後任となる八豪傑を急遽決めなくちゃならなくなってね。候補に挙がっているのは、あそこにいるオリヴィエと、オリガの弟のヴォルグ。僕はオリヴィエにはまだ早いと思っているからヴォルグを強く推薦している。他の八豪傑も異論を唱えていないようだし、十中八九、後任は彼になるだろうね」
「アイツか。妥当なところだな」
「あぁ、君とライラはオリヴィエたちとも同期だったね。たしかハウンドの六番隊長と七番隊長も同じ頃に冒険者になったんだっけ。いやぁ、これは凄い世代だねぇ!黄金世代といっても過言じゃないよ!……君は真っ先に脱落してしまったわけだけど」
「最後の一言いらねえだろ⁉それが言いたかっただけだなアンタ!」
「まあまあ、そうかっかしないでくれよ。いつの間にか話が大きく逸れてしまったね」
アドラーは荒ぶる少年を軽く宥めると、表情を引き締めた。
それを見たローグも、小さく溜め息を吐いて簡易ベッドに腰を掛け直す。
「……そういや、ライラのことだったな」
「実は彼女、緊急クエストを受けてヒュースがいたという【異界迷宮】に向かってね。さっきの口ぶりからして君もそこに潜行していたんだろう?」
「ああ。だが生憎と、既に攻略しちまったんでな。高値がつきそうな大した宝は残ってねえよ。今ちょうど俺の仲間が残りの宝を回収しているところだから、もしかすれば鉢合わせするかもな」
「う~ん、ライラが受けた緊急クエストはたしかに【異界迷宮】の攻略なんだけど、目的は宝の回収じゃないんだよね」
「……?」
黙って眉をひそめるローグに、アドラーは言う。
「本当の目的は『星導文書』の回収なのさ」
「はあ……?それっぽい物は宝物庫には無かったぞ。それに何であそこに『星導文書』があるって思ったんだ?」
「これまで『星導文書』が発見された【異界迷宮】はすべて、神種が宝物庫を守護している高難度の【異界迷宮】だからね。神種がいるという情報を聞きつければ、僕らは何よりもそこの攻略を優先するのさ。それらが、Bランク以下のギルドが『星導文書』を発見できない大きな理由でもある。
ただ君の言う通りなら、今回の【異界迷宮】はハズレのようだ」
「…………」
しかし、アドラーの説明を聞いたローグは、顎に指を添えて何やら考え込んでいた。
「どうしたんだい?何か思い当たることでも?」
「……一つ教えてくれ。『星導文書』ってのは、何か物々しい宝箱にでも入ってたりするのか?」
「そんなことはないよ。いたって普通の宝箱に紛れていることもあるし、床に無造作に置かれていることもあるね。高値がつきそうな宝を探して宝物庫を物色したんだろう?その過程で見つからなかったのなら、そこには無いと思うけど」
「……いや待て。あるかもしれねえ……!」
何かに気づいた様子のローグに、アドラーは眉根を寄せる。
「……詳しく聞かせてもらおうかな」
ローグは頷いて口を開く。
「俺はウチのギルドマスターとなる、ある男を探してその【異界迷宮】に潜ったんだ。そこは既に攻略されていて、目的の男を宝物庫の中で見つけた。聞けば何日も前から宝物庫で寝泊まりしてたらしい。だから、『星導文書』を見つけるには十分すぎる時間がある」
「ふむ。その男が、君にも黙って隠し持っていると」
「確証はない。だが元々、謎が多いオッサンなんだ。誰よりも先に『星導文書』を回収したかったんだとすればいくつか納得がいく……!」
「……で、その男の名は?」
「――俺の名はイザク=オールドバング。【毒蛇のひと噛み】って新規ギルドでマスターを務めている者だ。よろしく頼むよ、お嬢ちゃん。さて、こっちが名乗ったんだからそっちも名乗るのが礼儀ってものだろう?」
そう言い放ったのは、橙黄色の髪をオールバックにした無精髭の男。
彼にまっすぐ見据えられた淡い金髪で甲冑を纏った少女は、静かに名乗りを上げる。
「これは失礼しました。まさか、ギルドマスターの方だったとは。私は【豪傑達の砦】所属の冒険者、ライラ=ベル。これでも八豪傑という称号を持っているので、そこそこ顔は知れている方だと自負していたのですが」
「はっはっは。そいつは悪かったな。なんせ長いこと辺境の地にいてこっちに来たのがつい最近なものでね」
「どうかお気になさらず。それより、先ほどの質問をもう一度させて頂きたい。……貴方がたは、この第517【異界迷宮】で一体何をしていのですか?」
「ありゃ……。貴方がた、ね。どうやらバレちまってるようだな、アイリス」
イザクがそう言うと、近くの木の陰からアイリスがひょっこりと姿を見せた。
「すみません……、えっと、ライラさんでしたか。私はアイリス=グッドホープといいます。隠れていた理由は不意打ちをしようとかそういうのではなく、身の安全を優先していただけでして……」
「ああ、その言葉を信じよう。私も宝を奪い合いに来たわけではない。ただ、質問には答えて頂きたい」
「持ち運び出せなかった宝を回収に来たんだよ」
答えたのはイザクだ。
返答者がどちらでも構わないライラは、質問を続ける。
「では、この【異界迷宮】を攻略して、そこの宝物庫の扉を開いたのも貴方がたというわけですね?」
「そうだ」
「宮廷からここの存在を公表されてから、まだ半日も経っていないはずです。どうして、誰よりも先にこの場所を知ったのですか?」
「偶然見つけた」
「嘘ですね」
きっぱりと断言するライラに、イザクは眉をピクリと動かした。
「ライラの嬢ちゃん、なぜそう思う?」
「嘘を見抜くのが得意なものですから。質問を続けさせて頂きます。宝物庫の中に、羊皮紙のような物はありましたか?」
「……いや、見なかったな」
「それも嘘ですね」
イザクの頬を冷や汗がタラりと伝う。その横で、アイリスは眉をひそめていた。
(羊皮紙……?何の話?)
ライラは目を細めて、再び問う。
「……貴方は、その羊皮紙の価値を理解していますか?」
「……さあな。何のことだか、さっぱりだ」
それを聞いたライラは、深く溜め息を吐いて、
「あまりにも嘘が多すぎますね。貴方が一体何を隠しているのか、洗いざらい吐いて頂きましょう!」
その言葉と共に、殺気の籠った鋭い視線をイザクへと向けた。
「ったく参ったな。何もかもお見通しとは。……仕方ない」
「え……?何するつもりですか、マスター?」
「あの嬢ちゃんをこのまま帰すわけにはいかなくなっちまったんでな。一つ、相手をしてやることにした」
「な……⁉」
(た、大変なことになってきた……!)
**********
『82話 イザクVSライラ』に続く
**********




