80話 星導文書
「……『星導文書』?」
胡乱気に眉をひそめるローグ。
アドラーは表情を引き締め、剣呑な面持ちで語り始める。
「見た目は普通の羊皮紙さ。でも、そこに刻まれている文字が特殊でね。まったく未知の言語が連なっていて、誰一人として解読できていない。さらに不思議なことに、その文字は決して写真や鏡にはうつらず、書き写そうとすればその当人は死に至る」
「は……⁉」
「まあ死ぬといっても、そう聞いただけで僕が実際にその場面を見たわけじゃないけどね。興味本位で試すようなバカもいないし。とにかく何らかの魔法で作られていることは確かだ。
そして、マスター曰く『星導文書』は全部で十三枚あるらしい。現在、【豪傑達の砦】が三枚、【猟犬の秩序】が二枚、【孔雀の印】が一枚所持していて、どのギルドも残りの七枚を血眼になって探している最中なのさ」
「ハウンドやピーコックも知ってんのか……。てことはAランクギルド全部が関わってんじゃねえか」
「それもかなり昔からね。僕が入団した頃には既に、各ギルドが奪い合いを演じていたと聞いている。もしかすれば今はもう、第四、第五の勢力なんてのもあるかもしれない」
そう言うと、アドラーはリザ特製ジュースを一口飲んで口を潤した。
「へえ。で、アンタらはそんなものを集めて何をしようってんだ?読めもしないくせに」
「順を追って話そう。まず『星導文書』はそれ一枚では役に立たないんだよ。十三枚すべてを集めて、ようやくとある【異界迷宮】を攻略する鍵になる……らしい。君の言う通り、僕は解読が出来ないからどんな鍵になるのか見当もつかないし、宝物庫の中に何があるのかもわからない。ただ、『星導文書』を回収するという極秘クエストを遂行しているだけ」
「……とある【異界迷宮】って?」
しばし間を置いてから、アドラーは口を開いた。
「――始まりにして最難関。番外に枠組みされるその【異界迷宮】の名は、超越迷宮アイオーン。
……僕は興味本位で一度だけそこに潜行したことがあってね。でも通常の【異界迷宮】とはモンスターの強さも、環境の過酷さも、何もかものレベルが違ったよ。まさに規格外の難易度だった。情けないことに、踏破率が10%にも満たないうちに命からがら抜け出したほどさ。人がどうこうできる次元じゃないよあそこは」
ローグは思わず息を呑んだ。妹絡みのこと以外でこの男が気落ちする姿など初めて見たからだ。それだけで、その【異界迷宮】が如何に恐ろしい場所であるかを理解することができた。
「アンタでもその有様なら、誰も攻略できないだろ。……いや、アベルのオッサンならわからねえか」
「彼なら宝物庫まで辿り着ける可能性はあるね。でも、そもそも宝物庫を開ける鍵がないから誰も本格的に潜ろうとしないのさ。今はどのギルドも『星導文書』を十三枚集めることに必死というわけだ」
「……そのアイオーンって【異界迷宮】に通じる【異界門】はどこにあるんだ?」
「宮廷の地下深くだよ。存在と場所を知っているのは王族たちとAランクギルドの三つだけど、そこへの潜行を認められているのは【豪傑達の砦】だけなんだ。どうやら、マスターと王族は何らかの協力関係にあるらしい」
「ふむ……」
(宮廷の地下、か)
多少驚いたものの、町の地下に【異界門】が発生することなど特段珍しいことではない。だが、ローグには一つ引っ掛かることがあった。
「【異界門】が偶然宮廷の地下に発生するとも考えにくいな。俺には、【異界門】が発生したからそこに宮廷を建てたとしか思えねえ」
アドラーはニヤリと笑って頷く。
「流石、鋭いね。何百年も前の話だ。その【異界門】を守る砦が次第に発展し、やがて小さな国が誕生した。それがこの国、アステール王国。砦を指揮していた長が王を名乗ってその一族が王族となった。王都中央エリアにある宮廷は、そのまま砦の役目も果たしているわけさ」
「見られたら困るものでもあるのか……」
ローグは独り言のつもりで呟いたのだが、アドラーが律儀に意見を述べる。
「王族の連中が何か特別な秘密を知っているのはまず間違いないね。それはおそらくAランクギルドの三人のマスターも同様だろう。……まあ僕はその秘密を暴く気もないけど。あまり踏み込まない方がいいと、僕の直感が告げている」
その言葉を聞いたローグは目を細めて訝しんだ。
「おい……、まさかその秘密を俺に暴かせようとしてんのか?『星導文書』とかアイオーン攻略とか別に興味ないんだけど」
「純粋な厚意さ。知っていて損はないだろう?僕だってリスクを払って話してあげているんだから、そこのところをよく理解してほしいね。第一級機密事項だよ?マスターにバレれば、地位や家柄とか関係なく粛清ものさ」
「いやいや、だから何でそんな危険を冒してまで話すんだよ。結局、俺にとってはそこが一番の謎なんだけど」
「…………」
ローグの疑問は最もである。
もし仮に、彼が『星導文書』に興味を持ち、奪い合いに参戦するようなことになれば【豪傑達の砦】と対立するだろう。そうなれば、アドラーやオリヴィエとも自然と敵対関係になってしまう。
オリヴィエに危害が加わる可能性があるのなら、アドラーは敵を増やすような事態を避けたいはずだ。
「……すまない。正直に話そう。別に君たちをどうこうしようというわけじゃないんだ」
そんな兄は、離れたテーブルで談笑している最愛の妹に顔を向けながら言う。
「……僕は心の底から『星導文書』を欲しているわけじゃないし、ヘラクレスに忠誠を誓っているわけでもない。それはマスターも気づいているはず。
最初に言ったことを覚えているかい?『星導文書』については遠征パーティのメンバーも知っていると。それはつまり、オリヴィエも知っている……、いや、知ってしまったと言うべきかな。だからいざという時、事情を知ったうえで匿ってくれる勢力が欲しいのさ。オリヴィエが心を許した君たちのギルドなら、安心してあの子を任せられるからね」
それを聞いたローグは、僅かに口元を綻ばせる。
「ったく、そっちの都合で俺たちを巻き込みやがって。結局アンタは妹しか眼中にないってことか」
「ふふ、兄として当然だろう。というわけだから、もしもの時はよろしく頼むよ」
「……ああ、わかった」
「さて、一度話をまとめよう。華々しい冒険者業界、その水面下で繰り広げられている争いの構図はこんな感じだ。【豪傑達の砦】と王族対【猟犬の秩序】対【孔雀の印】。
ヘラクレスと王族は目的が一致しているのか協力関係にあり、他二つのギルドがそれを邪魔したい……というのは、まあ、あくまで僕の解釈だけどね。『星導文書』に関わる話は以上だ。大体わかったかな?」
「まあ、大体はな」
ローグはそう返答すると腕を組んだ。
№1ギルドを目指すということ。今までは単純に、高難度の依頼をこなして名を上げて、【豪傑達の砦】以上の活躍をし続ければ頂点に辿り着けると思っていた。
だが、上位ギルドが裏では複雑な競争をしていたと知ったことで、自分たちもいつかはそこに参戦せざるを得ないような気がしてきた。
「あ~、険しい道のりだ」
重い溜息と共に、ローグはそう呟くと、
「そういえば、君に聞きたいことがあったのを思い出したよ」
ふとアドラーがそんなことを言い出した。
「何だよ?」
「君の同期、ライラ=ベルに関することなんだけど」
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『81話 第517【異界迷宮】の衝突』に続く
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