79話 真面目な話をしよう
翌日。かの有名なアステロイドホテルで起きたボヤ騒ぎが、早速新聞に取り上げられた。
記事によれば、火元は未だ不明。だが幸いにも客や従業員に死傷者はなく、ホテルの被害も一号棟のロビーのみ。
これだけならば、ごくありふれたニュースだ。気に留めるほどのことでもないだろうが、しかし現在、王都ではすっかりこのボヤ騒ぎが話題の中心となっていた。
その理由は簡単、消火活動に尽力したという者たちが有名人だったからである。
トップギルド【豪傑達の砦】に所属する冒険者にして、大貴族サザーランド家の血族、アドラー=サザーランドとオリヴィエ=サザーランド。
そんな大物が騒ぎを解決したとなれば、世間が騒ぎ立てるのも当然のことだろう。
人々は、英雄譚が好きなのだから。
「いや、これって自作自演じゃね?」
ローグはそのボヤ騒ぎの記事が載った新聞を見下ろして、呆れたように呟いた。
彼がいるのは十四階建てのアステロイドホテル一号棟、さらにその屋上にあるプール施設、通称『天空プール』。王都で最も高い場所にあることにちなんで、そう呼ばれるようになったという。
プールサイドには南国の植物が至る所に植えられ、石造りのホテルの外観と相まって、まるで秘密の楽園に紛れ込んだような雰囲気に包まれている。
そんなプールサイドに設置された簡易ベッドにローグは腰を下ろしていた。
「聞き捨てならないなぁ」
呟きに反応したのは、隣の簡易ベッドに寝転がるアドラーだ。ボコボコにされた顔は、オリヴィエが所持していた高等回復薬で元通りとなっている。
「僕はただ、ホテルのオーナーに『火は消したから心配しないでくれ』と言っただけだよ。嘘偽りはないだろう?」
「でも、火を点けたのもアンタじゃん」
「それは秘密にしておいてもらえるとありがたいな」
ウインクしながら言うアドラーに、イラっとするローグ。
その仕草がとても様になっていることが、一層腹立たしかった。
ちなみに、二人共水着姿である。
「おい、愚男共」
ふと彼らに野蛮な声が掛けられた。
二人はギクッとした様子で、声の方に振り返る。
そこにいたのは、同じく水着姿のリザとオリヴィエだ。リザの手には、四人分の黄色いジュースを載せた盆がある。
「特製ゴージャスジュースを作ってやったぞ。喜べ」
軽く礼を言いつつローグとアドラーがそれぞれジュースを手に取って一口飲む。
「おお!うまァッ!流石、料理人だっただけのことはあるな!」
「うん、素晴らしい味だね!サザーランド家の料理人にもこれほどのものを作れる者はいないよ!」
絶賛する男たちを見て、リザは思わず破顔した。
「フフン、当ったり前でしょうが」
そんな彼女にアドラーが言う。
「そうだ、サザーランド家の専属料理人になる気はないかい?オリヴィエの友達ということも含めて特別待遇だ。月給一千万ドルクでどうだろう?」
「え⁉」
「おいコラ!ウチの料理人兼主力冒険者を引き抜こうとすんなシスコン!」
「そうですわお兄様!わたくしとリザはライバルにして親友。主従関係を築くような真似はしたくありませんわ!」
「ご、ごめんよオリヴィエ……!冗談だからそう怒らないでくれ」
ローグはともかく、最愛の妹から責められたアドラーは慌てて自身の発言を撤回した。
その横では、
「なんだ、冗談か……」
(お前も何揺らいでんだよ!)
リザが肩を落としているところをローグは見逃さなかった。ただ、直接指摘するのは怖かったので、心の中で吐き捨てた。
「けれど確かに、これほどの味でしたら何度でも口にしたいですわね」
よっぽどリザの作ったジュースが気に入ったのか、あっという間に飲み干したオリヴィエは少し物憂げな顔で言った。
「別に何度でも作ってあげるわよ。材料費がそっち持ちなら」
「本当ですかリザ!嬉しいですわ!」
「それくらい当然よ」
そんな仲良さげな彼女たちをローグは、
「…………」
ジュースをストローで吸い続けながらじーっと見つめていた。その視線の先は、少女たちの胸である。金髪の方はスイカのよう大振りであるのに対し、赤髪の少女はオレンジのように小振りだ。
「ブボッ!」
突然、赤目の少年がむせ返ったことで、皆の視線が彼に集まる。
「どうしたのよ、急に?」
ゲホゲホッとむせながら、ローグは悩んでいた。
(これを言ったら、殺されるのは必然……!けど、どうしても言わずにはいられん!)
そして覚悟を決めて、頭に浮かんでしまった一言を放つ。
「驚異的な胸囲の差だな……つって」
「ウラァッ!」
「どゥあ⁉」
場が凍り付く間もなく、ローグの顔にリザの強烈な蹴りが叩き込まれた。
蹲る彼に、リザとオリヴィエは誰もが震え上がるような冷たい視線を向ける。
「チッ、いっぺん死ねクズが」
「どうしようもないカスですわね」
「向こうのテーブル行こ、オリヴィエ」
「そうですわね」
少女たちが離れていく中、アドラーが呆れた顔でローグに声を掛ける。
「まったく、こうなることは目に見えていただろうに」
「が、我慢できなかった……」
「ここをあまり血で汚さないでくれよ」
苦笑しつつ言うアドラーはチラリと、リザとオリヴィエの方を見る。
彼女らが離れたテーブルに着くのを確認すると、少しだけ声のトーンを落として再び口を開いた。
「……ローグ。オリヴィエたちが話し込んでいる間に、少し真面目な話をしよう。僕を負かしたご褒美として、君の知らない【豪傑達の砦】の秘密を教えてあげるよ」
「はぁ?秘密……?」
「ああ。この秘密を知る者はギルドの中でもヒュースを除いた八豪傑と遠征パーティのメンバーだけ。僕たちはそれをこのように呼称している。
【豪傑達の砦】第一級機密事項、」
アドラーは静かに、かつ、はっきりとその名を口にした。
「――超希少【異界道具】、『星導文書』」
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『80話 星導文書』に続く
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