表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/124

79話 真面目な話をしよう

 翌日。かの有名なアステロイドホテルで起きたボヤ騒ぎが、早速新聞に取り上げられた。

 記事によれば、火元は未だ不明。だが幸いにも客や従業員に死傷者はなく、ホテルの被害も一号棟のロビーのみ。

 これだけならば、ごくありふれたニュースだ。気に留めるほどのことでもないだろうが、しかし現在、王都ではすっかりこのボヤ騒ぎが話題の中心となっていた。

 その理由は簡単、消火活動に尽力したという者たちが有名人だったからである。

 トップギルド【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】に所属する冒険者にして、大貴族サザーランド家の血族、アドラー=サザーランドとオリヴィエ=サザーランド。

 そんな大物が騒ぎを解決したとなれば、世間が騒ぎ立てるのも当然のことだろう。

 人々は、英雄譚が好きなのだから。




「いや、これって自作自演じゃね?」


 ローグはそのボヤ騒ぎの記事が載った新聞を見下ろして、呆れたように呟いた。

 彼がいるのは十四階建てのアステロイドホテル一号棟、さらにその屋上にあるプール施設、通称『天空プール』。王都で最も高い場所にあることにちなんで、そう呼ばれるようになったという。

 プールサイドには南国の植物が至る所に植えられ、石造りのホテルの外観と相まって、まるで秘密の楽園に紛れ込んだような雰囲気に包まれている。


 そんなプールサイドに設置された簡易ベッドにローグは腰を下ろしていた。


「聞き捨てならないなぁ」


 呟きに反応したのは、隣の簡易ベッドに寝転がるアドラーだ。ボコボコにされた顔は、オリヴィエが所持していた高等回復薬(ハイポーション)で元通りとなっている。


「僕はただ、ホテルのオーナーに『火は消したから心配しないでくれ』と言っただけだよ。嘘偽りはないだろう?」


「でも、火を点けたのもアンタじゃん」


「それは秘密にしておいてもらえるとありがたいな」


 ウインクしながら言うアドラーに、イラっとするローグ。

 その仕草がとても様になっていることが、一層腹立たしかった。

 ちなみに、二人共水着姿である。


「おい、愚男(ぐおとこ)共」


 ふと彼らに野蛮な声が掛けられた。

 二人はギクッとした様子で、声の方に振り返る。

 そこにいたのは、同じく水着姿のリザとオリヴィエだ。リザの手には、四人分の黄色いジュースを載せた盆がある。


「特製ゴージャスジュースを作ってやったぞ。喜べ」


 軽く礼を言いつつローグとアドラーがそれぞれジュースを手に取って一口飲む。


「おお!うまァッ!流石、料理人だっただけのことはあるな!」


「うん、素晴らしい味だね!サザーランド家の料理人にもこれほどのものを作れる者はいないよ!」


 絶賛する男たちを見て、リザは思わず破顔した。


「フフン、当ったり前でしょうが」


 そんな彼女にアドラーが言う。


「そうだ、サザーランド家の専属料理人になる気はないかい?オリヴィエの友達ということも含めて特別待遇だ。月給一千万ドルクでどうだろう?」


「え⁉」


「おいコラ!ウチの料理人兼主力冒険者を引き抜こうとすんなシスコン!」


「そうですわお兄様!わたくしとリザはライバルにして親友。主従関係を築くような真似はしたくありませんわ!」


「ご、ごめんよオリヴィエ……!冗談だからそう怒らないでくれ」


 ローグはともかく、最愛の妹から責められたアドラーは慌てて自身の発言を撤回した。

 その横では、


「なんだ、冗談か……」


(お前も何揺らいでんだよ!)


 リザが肩を落としているところをローグは見逃さなかった。ただ、直接指摘するのは怖かったので、心の中で吐き捨てた。


「けれど確かに、これほどの味でしたら何度でも口にしたいですわね」


 よっぽどリザの作ったジュースが気に入ったのか、あっという間に飲み干したオリヴィエは少し物憂げな顔で言った。


「別に何度でも作ってあげるわよ。材料費がそっち持ちなら」


「本当ですかリザ!嬉しいですわ!」


「それくらい当然よ」


 そんな仲良さげな彼女たちをローグは、


「…………」


 ジュースをストローで吸い続けながらじーっと見つめていた。その視線の先は、少女たちの胸である。金髪の方はスイカのよう大振りであるのに対し、赤髪の少女はオレンジのように小振りだ。


「ブボッ!」


 突然、赤目の少年がむせ返ったことで、皆の視線が彼に集まる。


「どうしたのよ、急に?」


 ゲホゲホッとむせながら、ローグは悩んでいた。


(これを言ったら、殺されるのは必然……!けど、どうしても言わずにはいられん!)


 そして覚悟を決めて、頭に浮かんでしまった一言を放つ。


「驚異的な胸囲の差だな……つって」


「ウラァッ!」


「どゥあ⁉」


 場が凍り付く間もなく、ローグの顔にリザの強烈な蹴りが叩き込まれた。

 蹲る彼に、リザとオリヴィエは誰もが震え上がるような冷たい視線を向ける。


「チッ、いっぺん死ねクズが」


「どうしようもないカスですわね」


「向こうのテーブル行こ、オリヴィエ」


「そうですわね」


 少女たちが離れていく中、アドラーが呆れた顔でローグに声を掛ける。


「まったく、こうなることは目に見えていただろうに」


「が、我慢できなかった……」


「ここをあまり血で汚さないでくれよ」


 苦笑しつつ言うアドラーはチラリと、リザとオリヴィエの方を見る。

 彼女らが離れたテーブルに着くのを確認すると、少しだけ声のトーンを落として再び口を開いた。


「……ローグ。オリヴィエたちが話し込んでいる間に、少し真面目な話をしよう。僕を負かしたご褒美として、君の知らない【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】の秘密を教えてあげるよ」


「はぁ?秘密……?」


「ああ。この秘密を知る者はギルドの中でもヒュースを除いた八豪傑と遠征パーティのメンバーだけ。僕たちはそれをこのように呼称している。

豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】第一級機密事項、」


 アドラーは静かに、かつ、はっきりとその名を口にした。


「――超希少【異界道具(アイテム)】、『星導文書(アスタグリフ)』」





**********

『80話 星導文書』に続く

**********



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ