77話 リザとオリヴィエ 前編
オリヴィエは焦燥に駆られていた。
(どうして……!どうして!)
【灰かぶり姫】によって生み出した炎の鞭が、一度たりとも、あの小柄な赤い髪の少女に直撃どころか、掠りもしないのだ。
(先端の最高速度は音速を超えるというのに!どうしてあの子犬は避けられる⁉)
歯噛みしつつ全力で鞭を振るうが、それをリザは軽々と躱していく。
「【補充】!」
リザが唱えたのは、ごく限られた範囲内で小量の物体を転移させる生産系魔法だ。これにより、ベルトの腰部分に備わったポーチから、拳銃のシリンダーへとノータイムで魔弾をフル装填する。
ガガガガガガン‼と六度の銃声が連続して響き渡る。
オリヴィエは咄嗟に炎の鞭を引き戻して盾にするが、
「がはッ‼」
防ぎ損ねた二発が直撃した。
鉄塊を打ち付けられたような衝撃が襲い掛かる。
それでも彼女は倒れない。
トップギルドの冒険者が格下の冒険者に負けるなど、ましてや貴族が平民に負けるなどあっていいわけがない。そんな意地がオリヴィエを支えていた。
「今のは圧力弾。衝撃だけを与える非殺傷用の魔弾よ。実弾だったら死んでたわよ、アンタ。わたくしの慈悲に感謝なさいな~、――なんちゃって」
「ッ‼」
リザの挑発に、オリヴィエの頭が沸騰しかける。
集中力が乱れたことで炎の鞭が消えかけるが、どうにか心を落ち着かせて鞭の形を留めることに成功した。
「チッ、もう一息だったのに」
「こ、子犬め……!」
隙あらば心を乱そうとしてくる抜け目ないリザに、オリヴィエは戦慄を覚えた。
(この女、わたくしとは比べ物にならないほど戦い慣れしていますわね!それもモンスター相手の経験じゃなく、人間を相手に戦った経験……!
こんな実力者がなぜ名を上げずに隠れていた⁉なぜローグと行動を共にしている⁉一体、何者ですの⁉)
疑問は次から次へと溢れてくる。その中でも、どうしても気になることが一つだけあった。
「……一つ、教えてくださるかしら」
「何よ?」
「貴女はなぜ、戦闘系の魔法ではなく生産系の魔法ばかりお使いになるの?まさか、それもわたくしを挑発するための行為なのかしら?」
手を抜いて戦われていたのならこれ以上ない屈辱だ。相手にも腹が立つが、その状態で劣勢に立たされている自分にも腹が立つ。
オリヴィエは、返答によっては一族郎党恨んでやるという気でいたのだが、
「……はァ?戦闘系の魔法がないからよ!言わせんな!」
リザの返答は予想外すぎた。
「……え?い、いやいや、そんな冒険者いるわけないでしょう……!またわたくしを煽ろうとしているようですわね!この子犬が!」
「本当だっての!だからわざわざ銃で戦ってるんでしょうがァッ!」
もがあああッ!と怒りを露わにする赤髪の少女を見て、それが嘘ではないと察するオリヴィエ。
「そ、そんな……。ではわたくしは、戦闘系の魔法もない者に追い詰められて……⁉な、なんという屈辱ッ!」
「よ~し、遺言は聞かないわ!もうトドメといこうじゃない!」
そう言って、リザが銃口を向けたその時だった。
彼女たちの間を、雷の槍が通り過ぎた。
「「――!」」
次いで、辺りで燃え盛っていた炎が瞬く間に消え失せる。
二人同時に雷撃が放たれた方へと目を向けると、そこには、ローグと、彼に肩を借りているアドラーの姿があった。
「お前らそこまでだ!」
「「あァん⁉」
「うおっ」
(怖いなぁ、もう……)
意気揚々と乱入したにも関わらず、一瞬にして威圧されるローグ。
「お兄様⁉そのお怪我はどうなさいましたの……!それになぜ、ローグなんかに担がれて……」
ボロボロのアドラーを見たオリヴィエが声を上げた。
「ごめんよオリヴィエ。情けないことに負けてしまった……」
「え⁉」
「そういうわけだ。そしてアドラーからの降参の申し出を俺は条件付きで認めた。だからこれ以上お前に手は出さねえ」
「降参……⁉そ、そんな……ッ」
絶対的な強さを持つと思っていた兄の敗北を知り、オリヴィエはかつてないほど動揺した。
「あつ……ッ!」
集中力が大きく乱れたことで、炎の鞭が形を失い霧散してしまう。
「これで決まったな。この戦いはもう終わりだ。リザも銃をしまってくれ」
「はァ?何で私まで」
「オリヴィエに危害を加えないっていう約束なんだよ。代わりに、俺たちのプラスになる条件を四つ呑んでもらった」
その言葉を聞いたリザは、渋々といった表情で銃をホルスターに納めた。
「……とりあえず、話を聞こうじゃない」
「その前に、ほれ」
ローグがリザに投げ渡したのは人差し指ほどの小瓶だ。
「回復薬?」
「ああ、それも高等回復薬。一つ目の条件は、アドラーの手持ちの回復薬類をすべて明け渡すこと。俺も既に飲んで回復してる」
「……いや、後で飲んでおくわ。で、他の条件は?」
リザは小瓶をポケットにしまって続きを促す。
「二つ目は、高難度の依頼を秘密裏に、俺たち【毒蛇のひと噛み】へと直接回してもらうことだ。これなら上位ギルドまで最短で、そして最速で駆け上がれる」
「依頼を回してもらうって、そんなことできるの?」
その問いに、アドラーが頷く。
「可能だよ。【豪傑達の砦】ではなく、僕のパーティ宛てに直接届く依頼も山ほどあってね。当然、それらすべてを捌き切れないから、他のパーティや傘下のギルドに頼んで処理してもらっているのが実情なんだ。
パーティリーダーである僕なら、マスターにもバレずに君たちのギルドへ依頼を回してあげられる」
「なるほど。それは良い話ね」
好反応を示すリザに、ローグは得意気になって口を開く。
「まだまだこんなもんで驚くな!三つ目、ギルドの本拠地として、なんとサザーランド家の別荘を譲ってもらうことになった!」
「そ、それは良い話ねっ!」
「わはは!これもすべて俺の巧みな交渉能力のおかげ!」
「……よく言うよ。まあ、敗者はどうこう言えないね」
盛り上がるローグとリザを見て、やれやれと溜め息を吐くアドラー。
そんな三人の横で、オリヴィエはわなわなと肩を震わせていた。
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『78話 リザとオリヴィエ 後編』に続く
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