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76話 兄として

 勝負を決するであろう、三羽の炎鳥を撃ち放ったアドラー。

 勝利を確信し、笑みを浮かべていた彼だったが、


「――――」


 すぐにその笑みが消え失せることとなった。

 コンマ数秒前まで悔しさを滲ませるように歯噛みしていた筈のローグが、今この瞬間、アドラーと同じ様に笑みを浮かべていたからだ。


(奥の手は見切った。なのになぜ、そんな顔をしている――)


 その疑問の答えは、すぐにローグの口から判明することとなった。


「“神衣雷纏”、【若雷(ワカイカヅチ)】」


 それを唱えた瞬間、ローグの体は雷光と共に姿を消した。

 矢のように放たれた炎鳥たちは、無情にも虚空だけを穿って遠ざかっていく。


「な…………⁉」


 さしものアドラーも言葉を失くしていた。完全に己の勝利であると、信じて疑わなかったのだから無理もないだろう。

 その背後から、逆に勝利を確信した声が掛けられる。


「これで、詰み(チェックメイト)だ!」


 ハッとしたアドラーが振り返る。全身に雷を纏ったローグが一瞬にして回り込んでいたのだ。


(三つ目の魔法⁉これが君の、本当の奥の手か‼)


 直後に、その見目麗しい顔面へ容赦なく拳が捻じ込まれる。


「ごッ⁉」


 さらに二度、三度と、全力で。


「おおおおおおォォッ‼」


 勝鬨(かちどき)を吼えるかの如く声を上げ、ローグは怒涛の拳を放ち続ける。その連撃は、とても目で追える速度ではない。


若雷(ワカイカヅチ)】。先ほどの【鳴雷(ナルイカヅチ)】による全身にバリアを張る状態とは違い、防御力は一切ないが、神種並みの身体能力を使用者に発揮させる付加魔法の一種である。

 その欠点は二つ。一つは使用後の体への負担が大きいこと。もう一つは、効果持続時間が二分しかないこと。

 もし戦闘開始早々から使用していれば、意表をついて攻撃を当てることは可能だっただろうが、効果持続時間内に仕留め切れる確率は低い。【若雷(ワカイカヅチ)】が切れてまともに動くことができなくなれば、敗北は免れない。

 そのためローグは、【裂雷(サクイカヅチ)】さえも捨て札にして相手の油断を誘った。確実に勝利できるこの瞬間だけを狙い続けて。


 フィニッシュとなる拳を振り抜き、アドラーの体が地面に投げ出される。

 実に四十二発もの強烈な殴打を浴びたその顔面は、見るも無残な有様だ。

 ピクリとも動かないアドラーを見下ろして、ローグはゆっくりと【若雷(ワカイカヅチ)】を解除する。その反動により、彼は肩で息をするほど消耗していた。

 それでも、気分はかつてないほど爽やかで清々しいものだった。


(勝った……!あのアドラーに!劣ってねえ!俺は八豪傑に劣ってねえんだ!)


 両拳に残る勝利の余韻を味わいながら、地面に転がっているアドラーに声を掛ける。


「ハァ……ハァ……、ハハッ、せっかくのイケメンが台無しだな……!ざまあみろ、ってもう聞こえてねえか」


「――聞こえているよ」


「うわッ⁉」


 すっかりアドラーが気を失っているものだと思い込んでいたローグは、思わず猫のように跳び退いた。急な運動に、彼の体がミシミシと悲鳴を上げる。


()ゥッ!お、脅かすなシスコン!」


「まったく、やってくれたね……」


 アドラーは忌々し気にそう呟くと、ガクガクと膝を揺らしながら、ゆらりと立ち上がってみせた。


「てめえ、まだ動けんのか⁉どうなってやがる⁉」


(ひとえ)に……愛の力……!」


「は、腹立つ……!」


 無論、ローグは手加減などしていない。死んでいてもおかしくないダメージを与えているはずだった。

 底知れない執念(アドラー曰く愛)が、肉体を突き動かしているのだ。


「妹を守るのが、兄の役目だからね……。オリヴィエに手を出す奴は、何人たりとも許しちゃおけない……!さあ、そこをどいてくれないかい?あの赤い髪の子を殺しに行かなきゃ」


「クソッタレ……ッ」


 吐き捨てるように言いながら、ローグは再び臨戦態勢に入る。

 だが、彼の体も限界に近い。どう戦うかと策を練ろうとしたところで、


「と、思ったけど無理だね。降参するよ」


 アドラーは血塗れの顔で微笑みながらそう言った。


「……は?」


「実を言うともう魔力が尽きそうなんだ……。手持ちの高等回復薬(ハイポーション)で治癒したところで君に勝ち目はない」


「そんな手に乗るか!どうせ俺が油断したところを不意打ちするつもりだろ。それにアンタの魔力量なら、まだ五分は戦い続けられるはずだ」


「信用ないなぁ。本当だよ。今こうしている間にも、僕の魔力はどんどん減っていっているんだから」


「あ?どういう意味だ?」


「公衆の面前で堂々と人を殺めるわけないだろう……。それにホテルの従業員だって居る。万が一にも彼らに危害が及んではいけない。だから、このフロアの出入り口すべてと、念のためにこの棟の周囲を炎の結界で閉ざしている」


「ッ!」


 弾かれたように辺りを見回すローグ。

 確かに、火の海はこのフロアだけに留まっているようで、炎が不自然な形で出入り口を塞いでいた。


 思い返せば心当たりがある。受付嬢に傷一つなかったどころか服に焦げ目すらついていなかったことだ。

 となれば、リザがローグを助けた時に顔の右側に火傷を負わなかったのは、右腕で掴んでいた受付嬢には炎の熱が及ばないよう調整していたからだと合点がいった。


「まさか、俺とリザ以外には危害を加えないようにしてたのか⁉」


「当然だとも。サービスとはいえ、このホテルの従業員たちはオリヴィエに良くしてくれる。つまりオリヴィエの味方さ。そんな者たちを僕が傷つけるわけないだろう」


「じゃあ何か?結界を制御しつつ俺と戦ってたって言うのか?そんなもん負けた後に言っても、俺には言い訳にしか聞こえねえよ!」


 ローグは苛立ちを隠せずに言った。勝利を喜んだ自分のことが、恥ずかしくなってしまったからだ。

 そんな彼を逆撫でするように、アドラーは微笑して頷く。


「僕は君に負けた。それは事実さ……。そしてこのまま君が赤い髪の子に加勢したら、オリヴィエの敗北は確実。だから降参を申し出ているんだ」


「…………」


「僕が悪かったよローグ。手を引いてくれ。何でもするから」


「……アンタにはプライドとかないのか?」


「ないよ」


 即答だった。頭を下げることが、本当に何とも思っていないようにアドラーは続ける。


「妹が助かるなら僕はどんなことも厭わない。靴だって舐めよう。奴隷にもなろう。全裸で町を駆け回ろう。資産もすべて捨てよう。僕の命だって差し出そう。

 だって妹が無事で笑顔でいることが、僕にとって至上の悦びなのだから」


「……イカレてるな」


「兄として当然だろう」


「一人っ子だからわからねえ」


 ローグの中にあるアドラー=サザーランドという人物像は、『妹のためなら人すら殺める悪人』というものであった。

 しかし今回の一件で、それが少しだけ変わった。

『妹のためなら善にも悪にも染まる変人』へと。


「……わかった。オリヴィエには手を出さねえ。リザに戦いをやめるように頼んでみる」


「そうかい。感謝するよローグ」


「ただし、条件が三つ、いや四つある!」


「多くないかい……」


「うっせえ。アンタ、何でもするって言ったよなァ?」


 ニタァと、ローグは極悪人のような笑みを浮かべた。




**********

『77話 リザとオリヴィエ 前編』に続く

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