74話 少女たちの舌戦
ローグに背中を任せて、リザは這いつくばるオリヴィエの前に立った。
「平民に見下ろされる気分はどう?貴族様」
「子犬め……、よくも……!」
ギリ、と奥歯を噛み締め、オリヴィエは立ち上がる。
「不意打ちで一撃決めた程度で、調子に乗らない方がよくてよ。――“着飾れ”!【灰かぶり姫】!」
そして、彼女が唱えたのは兄であるアドラーとまったく同じ魔法だった。
右手に一つの火球が生み出され、細長い形状へと変化していく。それはやがて全長二メートルに渡る、轟々と燃え続ける炎の鞭と化した。
唱えた魔法名はアドラーと同じであるというのに、その内容はまったく異なっている。
「その魔法……」
眉をひそめるリザの呟きに、オリヴィエは口元に笑みを浮かべて答えた。
「あら……?お兄様と同じ魔法が扱えることが不思議かしら?ご存知でないのなら教えて差し上げますわ。
この【灰かぶり姫】はサザーランド家の人間にのみ発現する希少魔法。放出した魔力を炎に変換し、形状・威力・射程・個数を自由自在に調整して操作することができますのよ。型にはまらない故、その魔法脅威度は使用者の資質によっては天と地ほどの差ができてしまいますが」
オリヴィエが【灰かぶり姫】で作り出したのは、炎の鞭の一本だけ。持ち手の部分の熱量をゼロにし、先端に向かうほど熱量が強くなるように調整している。
たったそれだけの作業でも、驚くほどの集中力が必要だった。少しでも集中を欠いてしまえば、炎の鞭を維持できなくなり霧散させてしまうためだ。
今のオリヴィエは、炎の鞭の維持、そして目の前の赤髪の少女を倒すことに全神経を研ぎ澄ましていた。
「ふふ、刮目なさい子犬」
威嚇のため、炎の鞭を真横へ振るうオリヴィエ。
相当鞭の扱いに長けていると見え、最小限の手首の動きだけで鞭の先端は音速を越えて虚空を叩いた。
バオッ‼という轟音と共に、アドラーの一撃より遙かに大きい大爆炎が引き起こされ、その近くにあったオブジェや観葉植物は一瞬の内に焼失し、壁の一部を溶かして大きな穴が空けられた。
直撃すれば即死は免れないと悟るには、これ以上ない十分なパフォーマンスだ。
「……へえ」
それでもリザの表情に焦りの色は見られない。それどころか、自由自在に調整可能という情報から【灰かぶり姫】の弱点を看破していた。
(絶えず流動し続けるする炎を一定の形に維持するのは、相当な集中力が必要なはず。加えて他の要素まで組み込む必要があるならそれは測り知れない……。なら、やることは簡単。まずは、その集中力を乱す……!)
そう作戦を立てた彼女は、邪悪な笑みを浮かべて、
「……何アンタ?大道芸人でも目指してるの?冒険者なんかより素質あるわよ」
オリヴィエを挑発し始めた。
「何ですって?」
「ハッ、それにペラペラと魔法の解説までしちゃって。もしかして貴族の余裕ってやつ?どうでもいいけど負けた時の言い訳にしないでよね」
「ッ……」
対するオリヴィエも、その挑発につい心を乱し掛けたが、
「……ふふ、優雅に平民を踏みにじれることが貴族の特権ですもの。癪に障ってしまったかしら?下民に飼われた子犬さん」
怒りを抑えながら澄ました顔で煽り返した。
「あァ?」
「大道芸人……。今だけはそれもいいかもしれませんわね。わたくしが躾のなってない駄犬を調教して差し上げますわ。感謝なさいな」
本来、オリヴィエは感情的になりやすい性格だ。しかし、兄とは違い、心と体を切り離した状態で魔法を使うといった芸当はできない。そのため、【灰かぶり姫】を使用するにあたって彼女が心血を注いだことは、昂った感情を即座に落ち着かせることである。動揺を誘うような安易な作戦では、オリヴィエ=サザーランドは崩れない。
挑発が失敗に終わったリザは心の中で舌打ちをした。
(案外、精神力が強いわね。ま、仮にもこの女はトップギルドの冒険者。あれくらいで勝負がついてもつまらないけど)
オリヴィエもまた、内心でリザを毒づく。
(このわたくしを揺さぶろうだなんて百年早いですのよ子犬が)
心理的な前哨戦は幕を閉じ、これより火蓋を切るのは純粋な武の衝突である。
「「…………」」
数秒沈黙して睨み合い、そして二人は同時に動き出した。
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『75話 ローグVSアドラー』に続く
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