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73話 【毒蛇のひと噛み】のローグ

 ローグがハッとした時には、首根っこを誰かに引っ張られて座り込んでいた。

 直後に無数の炎の鳥が、コンマ数秒前まで自分がいた場所に殺到し、たちまち大爆炎を引き起こす。

 その光景を前に、危うく命を落としていたかもと思いゾッとしていると、


「ったく、何ボケっとしてんのよ」


 背後から声を掛けられ、ローグは振り返る。


「リザか、助か」


 思わず言葉を止めた。

 そこに、顔の左側に火傷を負ったリザの姿があったからだ。


「おい、その怪我……!」


「あー、平気平気。どうなってるかわからないけど、見た目ほど痛くはないから」


 何食わぬ顔で手をパタパタと振って、元気だとアピールするリザ。その両手には、拳銃は握られていなかった。

 炎の鳥が迫る直前、リザは拳銃を二丁とも放り捨て、ローグとホテルの受付嬢を掴んで離脱していたのだ。

 ほんの一瞬の間に、愛銃を捨てる決断力、そして身を挺して自分たちを守ってくれた彼女の勇気に、ローグは脱帽するばかりだった。


「すまん……」


「私はたださっきの借りを返しただけ。それより、」


 リザは紫紺の双眸をギロリと輝かせて、


「らしくないわね。昔何があったか知らないけど、やっぱあの男にビビってんの?」


「いや、だからビビってるわけじゃ――痛ァッ!何で蹴ったの⁉」


 ローグの背中に一発蹴りを入れたリザは、ムスッとした顔で言う。


「№1ギルドを目指すんでしょ?なら倒してきなさいよ。……通過点じゃない、あんな奴」


「――!」


 その言葉に、思わず眉を吊り上げるローグ。意外にも元気づけてくれているのかと思ったが、


「私たち【毒蛇のひと噛み(ヒドラ・リベリオン)】が進むうえで、奴らはいつかぶつかる壁よ。この場で立ち塞がるなら今乗り越えればいいだけの話。それとも、やっぱアンタは口先だけの貧弱野郎だったわけ?」


「ねえそれ、励ましてんの?貶してんの?」


「貶してる」


「…………えぇ」


 リザ=キッドマンは正直な少女である。言葉通り、彼女は本気で貶していた。しかし、その裏にあるのは、『しっかりしろ』という隠れたメッセージ。

 少し呆気に取られたものの、ローグはリザなりの励ましをしかと受け取った。


「……ははッ!生意気な……!」


 口元を歪めて、ゆっくりと立ち上がる。


「ああ、そうだ。お前の言う通りだよ。俺はもう、あの頃とは違う……!」


 進むべき道を突き進むのみと、ローグは完全に吹っ切れた。最早、胸の内に渦巻いていたアドラーに対する畏怖は微塵もない。

 代わりに沸き起こるのは、仲間の顔に傷をつけられた怒りだ。

 ローグの雰囲気が変わったことで、リザは僅かに口端を綻ばせる。


「フン、遅いっての。さっさとあのバカ兄妹をブッ飛ばすわよ」


「応よ!」


 闘志を滾らせた二人の視線はまっすぐと、燃え盛る炎の向こう側にいるであろうサザーランド兄妹へと向けられた。


「それぞれサシでいいわよね?」


「ああ、俺が兄でお前が妹な。雷であの炎を吹き飛ばしながら奴らを分断する、その隙に銃を拾ってこい」


「ん」


「じゃあ行くか。――“雷轟天征”、【鳴雷(ナルイカヅチ)】!」



 炎を挟んだ向こう側で、アドラーとオリヴィエはローグたちの出方を窺っていた。


「なかなか動いてきませんわね。もう逃げ出してしまったのでは?」


「いいや、それはないよ。この第一棟の周囲を外部から見られないように炎の壁で囲んでいる。もし、破って逃げられたらすぐにわかるからね」


「そうですか……。それでは奴ら、一体何をしていらっしゃるのかしら?」


 そう呟いたオリヴィエは、ふとある物に気づいた。それは地面に転がったリザの二丁の拳銃だ。


「あの子犬が持っていた銃ですわね。冒険者相手には有効かもしれませんが、【異界迷宮(ダンジョン)】では使いづらいことこの上ないはず。……あら?この銃、もしかして……」


 おもむろに銃の元へと近づいていくオリヴィエ。

 その時、アドラーは炎の向こうで何かが光るのを見咎めた。


「ッ!下がりなさい!オリヴィエ!」


「えっ」


 珍しく声を大にする兄に、オリヴィエは反射的に一歩下がった。

 直後、炎の壁に風穴を空けた雷撃が、彼女の目の前を通り過ぎる。


「雷⁉ローグにそんな魔法はなかった!子犬の魔法ですわね!」


 肝を冷やしながら声を上げるオリヴィエは、雷撃の出どころへと目を向けた。しかし、そこにいるのは、彼女の予想に反したローグ=ウォースパイト。


「チッ!あわよくば当たればと思ったんだが」


「なッ⁉貴方、雷系の魔法なんて持っていな――」


 驚愕の声は、突然見舞われた強烈な回し蹴りに遮られた。咄嗟に両腕で防御したものの、あまりの威力に踏ん張りがきかず、オリヴィエの体が地面を転がった。


「ぐッ⁉」


「へぇ!意外にいい反応するじゃない!」


 不意を突いたと思ったリザは、防御されたことに少しばかり感嘆する。すぐさま二丁の拳銃を拾うと、オリヴィエに追撃をかけるべく地を蹴った。


「――妹を傷つける者は殺す」


「!」


 しかし、怒りのスイッチが入ったアドラーが、リザに向けて横撃を仕掛けた。

 再び生み出された無数の火の鳥たちが、一斉に放たれる。


「ハッ!今度は全部撃ち落としてやるっての!」


 迎撃のために足を止めたリザだったが、


「お前はオリヴィエに集中しろ!」


 二人の間に割って入ったローグが、右腕を払うように広範囲の雷撃を繰り出し、火の鳥を一羽残らず掻き消した。


 同じギルドで数年共に過ごしたローグとアドラー。それ故、互いに手の内を把握しているつもりだったが、見たことのない魔法を使用するローグに、アドラーは眉根を寄せた。


「……ローグ。その魔法どうしたんだい?君の魔法スロットはすべて埋まっていたはずだけど」


「アンタが遠征に行ってる間にいろいろあったんだよ。呪いを受けたり、追放されたり、……とにかくいろいろな」


「呪い……、ああ、【呪われ人(カースド)】か。なるほどなるほど、大体何があったか想像がつくよ。それじゃあ、運よく新しい魔法を発現できたわけだ。悪運は強いようだね」


「はァ?実力だよバカ」


「……ふふ」


 アドラーは笑った。

 口元を緩めたまま、彼は殺気を轟と解放する。


「……すぐ調子に乗る癖は相変わらずだ。まるで成長がない。その悪癖は死なないと治らないのかい?」


 しかし、ローグは臆さない。


「いいや、変わったよ。俺は、【毒蛇のひと噛み(ヒドラ・リベリオン)】のローグ=ウォースパイトだ」


 その赤い瞳が見据えるのはアドラーなどではなく、その遥か先にある頂点の座なのだから。


「アンタ俺たちの邪魔なんだよ。悪いが今ここで、ブッ潰す」





**********

『74話 少女たちの舌戦』に続く

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