72話 八豪傑 アドラー=サザーランド
アドラーの猟奇的な発言に、流石のリザも戦慄を覚えた。
「何言ってんの……⁉何なの、コイツ……⁉」
「……アドラー=サザーランド。オリヴィエの兄貴で、八豪傑の一人。そんでもって、妹のこととなると見境なくなる頭のおかしい野郎だよ」
辺りを焼き焦がす熱気、加えてアドラーに対する緊張感による汗を滲ませたローグが答えた。
「……!じゃあ、あのヒュースとかいう奴と同じくらいの強さってこと?それなら――」
「ヒュースとはレベルがまるで違う。同じ八豪傑でも、アドラーは遠征パーティのリーダーも任されてる。……とにかくアイツはヤバいんだ。ここは一旦逃げるぞ……!」
だが、リザはつーんとした顔で、
「なにアンタ……?もしかしてあの男にビビってんじゃないでしょうね?」
「ッ、いやいやまさか……。ただ、昔いろいろあってだな……」
言葉を濁すローグに、リザは眉をひそめる。
そんな二人に、アドラーが優しく微笑みながら声を掛ける。
「強がらなくてもいいよローグ。足が震えているじゃないか。またあの時みたいに生死の境を彷徨いたくはないだろう?」
「震えてねえよシスコン!大体アレは、オリヴィエがからかってきたから軽くデコピンしただけだったんだ。それを滅茶苦茶してきやがって……ッ!」
「ふふ、家族愛に溢れていると言って欲しいね。オリヴィエは命よりも大事なたった一人の妹。言うなればどんな上質な宝石だろうと遠く及ぶことのない至上の財……!それを傷つけられたとなれば、有象無象の命なんて取るに足らないゴミクズさ」
「まあ、お兄様ったら!そんなに褒めても何も出ませんわよ」
「側にいてくれるだけで僕は幸せだよオリヴィエ」
目の前で繰り広げられる寸劇に、リザがイライラを募らせる。
「このバカ兄妹、さっさとブッ飛ばしていいかしら……!」
「なかなか生きが良いね。ローグ、どこで見つけてきたんだい、そんな子。でもオリヴィエと違って育ちが悪そうだ」
「あァ?」
「それは俺も同感」
「あァ⁉」
「ゴフッ⁉」
ローグがリザから強烈な蹴りをもらったところで、アドラーが動き出した。
「さて、それじゃあそろそろ、再教育の時間といこうか。――“着飾れ”、【灰かぶり姫】」
そう唱えた瞬間、彼の周囲に無数の小さな火球が生み出された。
やがてそれらの火球は生物のように流動し、鳥を模した輪郭を形成する。
「炎の……鳥⁉」
驚きの声はリザのものだ。残る二人は当然ながら、その魔法の正体を知っている。
だからこそ、オリヴィエは誇らしげに笑みを浮かべ、ローグは苦々しく奥歯を噛み締めた。
「――――」
ローグの脳裏によぎるのは、かつてアドラーに重傷を負わされた時の映像。その忌まわしい記憶が、彼の反応を鈍らせた。
「散れ」
アドラーが呟くと同時に、無数の炎の鳥たちが一斉に四方八方へ飛び出した。それぞれの動きはバラバラで、とても一人の人間が操っているとは思えない。超人的な空間把握能力と動体視力が成せる業だった。
鳥たちは主が敵と定めた者たちへと特攻するべく、それぞれが生きているかのようにローグとリザに迫る。
リザは咄嗟に、残るもう一丁の拳銃も引き抜いたが、
(多過ぎる!それにこのスピードで統一性のない動き、撃ち落とし切るのは無理!)
状況を見極めるや、距離を取るべく大きく後ろへ飛び退いた。
しかし、彼女はすぐにギョッとすることになった。
同じ行動を取るだろうと信じていたのだが、ローグは気を失っているホテルの受付嬢の側で突っ立ったままだったのだ。
(あのバカ!何やってんのよ!)
リザは慌てて足を止め、片方の銃口を後方へと向けた。
「【整理整頓】!」
一定箇所の物体の位置を入れ替える魔法で、シリンダー内の魔弾の位置を入れ替えた。次弾に装填されたのは、旋風弾。
引き金を引き、大気の噴流が放たれる。
砲弾のようにリザがローグの元へと戻った瞬間、
(クソ、間に合うか――⁉)
無数の鳥たちが一斉に突撃し、大爆炎を巻き起こした。
眼前に広がる大火を見て、オリヴィエがつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「あらあら。思ったよりも呆気ないですわね」
「……いや、そうでもないみたいだ」
「え……?」
アドラーは目を細めて、
「的確な判断能力に度胸もある。……あの赤い髪の子、思ったより優秀だね」
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『73話 【毒蛇のひと噛み】のローグ』に続く
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