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71話 サザーランド兄妹

 日が沈み始め、王都が茜色に包まれる。

 ローグとリザは新規ギルドの創設申請完了後、本拠地(ホーム)となる物件を探して不動産屋を回っていたのだが、結局これといった物件は見つからなかった。

 今日のところはひとまず中断となり、約束通り最高級ホテルである、アステロイドホテルへとやってきた二人。

 しかし、


「本日、全室満室でございます」


「うそぉ⁉」


 ホテルの受付嬢から非情の宣告を受けたリザが、カウンターの前でガックリと膝から崩れ落ちた。


 王都東部エリアにあるこのアステロイドホテルは、四つの宿泊棟から成る超巨大施設で、内部にはプールやカジノなど様々な娯楽施設を有する、国内最高峰のホテルだ。

 貴族や大富豪、一流の冒険者など格式のある客が数多く訪れ、さらには王族がお忍びで足を運んでいるという噂も流れている。

 一応、一流の冒険者という扱いだったローグも何度かこのホテルに宿泊したことがある。

 そんな彼と、庶民派で宿泊経験のないリザとでは、満室と告げられた時の反応はまるで正反対だった。


「あーあ。そういうことなら仕方ねえな。普通の宿探すか」


「ぐううう、せっかく人の金で豪遊できると思ったのに……」


「その正直さは尊敬する」


 ローグがケロリとしているのに対し、リザは相当ショックを受けていた。

 それを見かねた受付嬢は、言い訳するかのように満室の理由を説明し始めた。


「通常ならば、満室になることは珍しいのですが、実は昨日から一棟丸ごと借り切ったお客様がいらしておりまして」


「丸ごとォ⁉どこのどいつよそのアホ金持ちはァ⁉」


「く、詳しいことはプライバシーもありお答え出来ませんが、ただ長旅から帰られたばかりの冒険者の方々だそうです」


「!」


 その言葉にローグは眉をピクリと動かした。


(冒険者の長旅……?それって……)


「ちょっとその冒険者呼んできなさいよ!他人の迷惑を考えないバカに一言文句言ってやるから!」


「やめろ!迷惑かけてるバカはお前だ!すいません、この子ちょっとアレなもので!」


「は、はあ……」


「どういう意味だ赤目コラァ!」


 戸惑う受付嬢の前で、ローグが暴れ狂うリザを羽交い絞めにして抑え込む。

 すると、


「――あら?あらあらあらあら!騒がしいと思って来てみれば、見覚えのある殿方がいらっしゃるじゃありませんか!」


 不意に愉快気な声が掛けられた。


「ッ!」


 ローグにとっては聞き馴染みのある声だった。

 ギクリとした彼は、うんざりしたようにそちらを見る。

 煌めくような長い金髪に、赤いドレス。華美な雰囲気を纏いつつも、どこか幼さを感じさせる少女。


「げ、やっぱりお前か、――オリヴィエ」


「ご機嫌いかが?ローグ=ウォースパイト」


「ああ、たった今、最悪な気分になった」


 互いの名を呼び合う二人に、リザは眉をひそめた。


「ねえ、誰あの女?」


「……オリヴィエ=サザーランド。【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】所属の冒険者で、あのサザーランド家の長女だ」


 名門貴族、サザーランド家。その名を知らぬという国民は少ない。

 数ある貴族の中でも、人脈・金脈が飛び抜けて優れており、一般の企業だけでなく様々なギルドとも通じている社会の裏の顔とも言うべき一族である。


「サザーランド……!へえ、ヘラクレスの冒険者のうえ、貴族か……。私の嫌いなものを詰め合わせたような女ね……!」


 さっそくリザが敵意を剥き出しにオリヴィエを睨む。


「これはまた可愛らしい狂犬だこと。あぁ、子犬と言うべきかしら?ローグ、貴方いつの間に犬飼いへ転職なさったの?なんて!うふふふふふっ!」


「はァ⁉誰が犬よ高飛車女!」


「まったく、キャンキャンと喧しいったらありませんわね。せっかく貸し切りにして楽しんでいるのに、台無しですわ」


「……!じゃあアンタがそのバカ冒険者か!」


「ちょ、落ち着けって。こんなところで暴れるな」


 オリヴィエは微笑みを浮かべたまま、腕を組んで右手を頬に添える。


「こんなところ……。そう、こんなところですわ。ローグ、どうして貴方のような方がこの最高峰のホテルにいらっしゃるのかしら?ご自分の身分を弁えていなくて?」


「まだ貯金はたんまりあるんだよ。どう使おうが勝手だろ」


「……ああ、そういえば確かに、どういうわけか八豪傑の地位に就いてらしたものねえ。――わたくしよりも弱いくせに」


「…………ハァ?」


 ローグの額に青筋が浮かぶが、拳を強く握ってグッと怒りを堪える。

 彼はふうっと息を吐いて、


「……お前がいるってことは、あの人もここにいるのか?」


「ええ、もちろんですわ。遠征の疲れを癒すために宿泊しているのですから」


「うっわ、それは嫌なことを聞いた。じゃあお前を倒したら、兄貴が出張ってくるわけか」


「ふふ、本当に口だけは達者だこと。それに、お兄様を恐れているのも相変わらずですわね」


「別にビビってねえし。あのイカレた男と関わりたくないだけだし!」


「ごめんあそばせ。トラウマを思い出させてしまいました?貴方、随分とお兄様にいたぶられていましたものね」


「…………」


 それ以上ローグは言い返すことはなく、黙って身をひるがえした。


「あら?逃げ出してしまいますの?すっかり負け犬根性が染みついてしまっているようですわね」


 挑発を続けるオリヴィエ。

 しかし、ローグは無視してリザに声を掛ける。


「……リザ、行くぞ」


「はあ?嫌よ」


「……おい、まだ泊まれないことゴネてんのか?」


「違うっての!アンタあそこまで言われてムカつかないの⁉何でさっきの三人組みたいにやり返そうとしないのよ⁉」


 叱咤のような問いに、ローグは目を逸らして答えた。


「……いいんだよ、今回は」


「ハァ⁉何で⁉」


「いいんだって!……それに他の人の迷惑にもなる」


「……チィッ」


 リザはやり切れないといった顔で大きな舌打ちをした。

 確かに、ここは大勢の人が宿泊する施設だ。荒事を起こしてパニックにさせるわけにもいかない。

 そう思って、仕方なくローグの後について行こうとする彼女だったが、


「あらあら?貴女も逃げ出すのね」


「…………」


「微笑ましいですわ。負け犬同士、仲がよろしいようで」


「――ッ」


 繰り返される挑発に、足を止めてしまった。


「ダメだ私……。やっぱり我慢できないわ」


「あ?」


 リザはホルスターから拳銃を一丁抜いて、銃口をオリヴィエへと向けた。


「アンタ、ムカつくわ!」


「おい、よせ!」


「うふふ、ローグよりは骨がありそうですわね。いいでしょう。相手をして差し上げますわ、子犬」


 物騒な展開に、側にいた受付嬢は喋ることもままならず立ち竦む。

 その様子に気づいたローグが、慌ててリザとオリヴィエの間に割って入った。


「やめろ!さっさと帰るぞ!」


「根性なしは引っ込んでなさい!あの女は、私が()()()()!」


「ッ!バカ――」


 瞬間、オレンジ色の強烈な光が辺りを覆い尽くした。


 直前にリザが見たのは、彼女の腕を引っ張るローグと、その背後に飛来してきた燃える鳥だった。

 その鳥が地面にぶつかるや否や、たちまち荒れ狂う炎となって、何もかもを呑み込んでいったのだ。


「――え」


 一瞬にして世界が一変していた。

 リザが瞬きをした後にはもう、彼女は仰向けになって転がっており、そしてホテルのロビーは火の海と化していた。


「何よこれ……?」


「クソ、お前が怒らせるからだ」


 茫然と呟く声に反応したのはローグだ。

 彼はリザの上に覆いかぶさるような体勢だった。


「アンタ、何してんの⁉」


「助けてやっだんだから、礼くらい言えって」


 状況はイマイチわからないが、ローグが庇ってくれたということはリザも理解できた。


「……ぐう、よくわからないけど、……ありがと」


「すっげえ嫌そう……。まあいいや、とりあえずこの人も無事だ」


 リザの隣には受付嬢の姿もあった。気を失っているが、外傷は見当たらない。


「ねえ、何が起こったの?」


 二人は立ち上がりながら、辺りを見回す。


「責任取れよ。お前が呼び寄せたんだ」


「何を?」


 ローグは無言で、その答えを親指で差した。

 リザがそちらを見ると、この火の海の中で、汗一つかかずに余裕の笑みを浮かべたオリヴィエが佇んでいた。

 彼女の周りだけ、炎が不自然に無事な空間を作り出している。


「あの女がやったの……⁉まさか、ここまでするなんて……!」


「違う。これをやったのはオリヴィエじゃねえ」


「え?」


 その時、人がいるとは思えない大火の中から、男の声が聞こえてきた。


「――君たちが悪いんだよ」


「……!来やがった!」


「――君たちが、僕の大事な妹に手を出そうとするから」


 それは、とても優しい声色であるというのに、身の毛がよだつほど冷たいものだった。

 炎がトンネルを作り、そこから一人の男が近づいてくる。


「やりすぎですわ、お兄様」


「ごめんよオリヴィエ。これもすべて君を思ってのことなんだ」


 その姿は、オリヴィエよりも濃い黄金の髪と、端正な顔立ちかつ艶やかな美貌を持った若い男だった。細身で高身長の体型を引き立たせるような、金の装飾が施されたくすんだ赤の紳士服が、彼の持つ優雅さと華やかさをより強烈に助長させている。


 ローグはその男を真っ直ぐ見据えて、忌々し気に吐き捨てる。


「見境ねえのかイカレ野郎が……ッ!」


「ローグ。僕が言い聞かせたことをもう忘れたのかい?ふふ、いけないなあ。しょうがない子だ。それなら、何度でもその身に刻み込んであげるよ。もちろん、そっちの躾のなっていない子も一緒にね」


 男の名はアドラー=サザーランド。【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】所属の冒険者にして、八豪傑の一人。

 そして、オリヴィエ=サザーランドの実の兄である。


「……いいかい君たち」


 地獄のような火の海の中でアドラーは、幼い子供に子守唄を聞かせる母親のような微笑みと声をローグとリザに向けた。しかしその内容は、とても子供に聞かせられるようなものではない。


「妹に手を出す奴は余さず殺す。それが同じギルドのメンバーでも殺す。マスターでも殺す。親友でも殺す。親でも殺す。世界中の誰であろうと殺す。

 だって妹さえいれば、僕はそれでいいのだから」





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『72話 八豪傑 アドラー=サザーランド』に続く

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