70話 ノエル=ブルーノート
「ギ、ギルドの本拠地がまだ決まっていないということですので、お、お手数ですが決まり次第、わたくしにお知らせ願います……。
え、えー、以上で、手続きの方は完了となります……。はい……」
新規ギルド申請の手続きを終え、ノエルが震える声でそう告げた。
(うぅ、やっぱりこの人たち、他の人と違って目力がギラギラしてて怖いよぉ。とりあえず何事もなく終わってよかった……)
そう安心したのも束の間、
「質問」
ローグが軽く声を上げた。
「はひッ⁉どどど、どうぞ……」
「……何もそこまでビビらなくても。俺、何かした?」
「アンタの目つきが悪いからでしょ」
隣に座るリザが笑いを堪えながらからかう。
ノエルが内心で、貴方もです、と思っているとも知らずに。
「うるせえなあ。……まあそれはいいとして、ノエルさんだっけ?これからしばらくは、アンタがウチのギルドの事務仕事を手伝ってくれるってことなのか?」
「はっ……!」
ローグの問いでノエルは気づいてしまった。これから半年間、この二人のギルドに関わり続けなければならないことに。
(そうだ、この先もこのおっかない人たちと付き合っていくんだ……。き、気が重い……)
ノエルは萎れた植物のような雰囲気で、
「……ローグ様の仰る通りでございます、……残念ながら」
「え?」
「ああっ!いえ!わたくしのような者が担当になってしまって申し訳ないという意味でして!誤解なさらないでください!」
「自分のこと悲観しすぎじゃねえ?」
「はは、よく言われます……」
「ふ~ん。そう」
「は、はい……!」
(あっぶなぁ!ナイス私!)
機転を利かせた言い訳をかませたことに、ノエルがホッと胸を撫で下ろした、その時だった。
「おい!いつまでやってんだよ!」
二人の背後から男の怒声が聞こえてきた。
ノエルがそちらを見ると、三人組の男女がそこにいた。いつの間にかローグたちの後ろに並んでいたらしい。
剣を携えた男と弓矢を担いだ男、そしてレイピアを腰に差した女だ。妙なことに、三人ともが体の至る所に包帯を巻いていた。
その怪我のせいか、彼らはやたらと気が立っているようだった。
「せっかく空いてるからこっちに並んだのに!これだったら向こうの列に並んでた方がマシだったじゃない!」
「あ……、ギルド紹介をご希望ですか?お生憎様でございますが、こちらの窓口はギルド創設をご希望の方の為の窓口となっておりまして――」
「はあ⁉少しくらい融通を利かせなさいよ!」
「そ、そのような規則でして……」
レイピアの女が声を荒げ、ノエルは委縮してしまう。
「チッ、大体コイツらもチンタラし過ぎなんだよ!」
弓矢を担いだ男が、ローグの後頭部をバシッと叩いた。
「あッ!」
思わず声を出したのはノエルだ。
(な、なんてことを……ッ!)
「何とか言えよコラァ!」
弓矢の男はさらに、ローグの椅子の脚部を蹴ったところで剣を持った男が声を上げた。
「おい、そのへんにしといてやれよサブ。キャロルもあんまり大声出すなよ。周りから見られてるぞ」
「……わかったよ、ジャン」
この三人組、それぞれ名をジャン、サブ、キャロル。いずれも元冒険者だ。解散、というより壊滅させられた冒険者ギルド、【小心者の子馬】に所属していたアイリスの元同僚である。
壊滅させたのは所属不明の三人なのだが、――その内の一人が目の前にいることを彼らはまだ気づいていなかった。
「――おい。人の耳元でギャーギャ喚くに留まらず、まさか手まで出してくるとはよォ」
ゴゴゴゴゴ!という音が聞こえてきそうなオーラを醸しだしながら、壊滅させた張本人の一人、ローグ=ウォースパイトがゆっくりと立ち上がり、振り返った。
「なんだァ?やんのかてめ――」
サブが言いかけたが、ローグの顔を見た瞬間、突然汗を噴き出して固まった。ジャンとキャロルも同様である。
「あ、ああッ!」
「貴方は……ッ!」
「ヒィッ⁉」
忘れもしない。自分たちををボコボコにして一夜でギルドを壊滅させた者の一人だ。よく見れば、隣にもその内の一人である銃使いの少女が座っていることに三人はようやく気がついた。
「そっちから喧嘩を売ったからには覚悟出来てん――」
「「「すいませんでしたああああッ‼」」」
ジャンたちは速攻でひれ伏すように降参した。
「早ッ⁉……謝るくらいなら最初から絡んでくるなよ」
「は、はい!またしてもご無礼を働いてしまったことを深くお詫び致します!」
「あ?またしても?」
眉をひそめるローグにリザが声を掛ける。
「アンタ気づいてなかったの?コイツら、私たちがぶっ潰した【小心者の子馬】ってギルドの連中よ」
「何ィ⁉てめえら性懲りもなく、まだ人様に迷惑かけるような真似してやがるのか!」
「も、申し訳ありません!二度とそのようなご迷惑をかけることは致しませんから!」
心底怯えた表情で、ジャンが懇願する。
そんな彼の様子を見たノエルは、ゴクリと息を呑んだ。
(一体何をされたのこの人たち……⁉っていうか【小心者の子馬】ってあの事件の⁉)
ローグは腕を組んで少し考えた後、
「……なら毎晩床に就く前に、アイリスに詫びてから眠ると誓え。そうしたら今日のところは許してやる」
「「「はい、誓います!」」」
「ん、行ってよし」
「ご慈悲に感謝を……!それと、お金のこともありがとうございました!それでは失礼します!」
ジャンがそう言うと、三人は逃げるように【幸福の羅針盤】を出て行った。
「なあ、お金って何のことだ?」
「さあ?」
ローグもリザも、イザクがトウヤと取引を交わして、【小心者の子馬】のメンバー全員に騒ぎを荒立てないための示談金を払ってもらっているということは、まったく知らなかった。
すると、
「ロ、ロロ、ローグ様、リザ様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
ノエルがおそるおそる口を開いた。
「ん?」
「先日の【小心者の子馬】という冒険者ギルドが壊滅した事件、新聞では犯人は不明となっていたのですが、ひ、ひょっとして……」
「「…………」」
ローグとリザは互いの顔を見合わせて、何かを決めたかのように無言で頷いた。
「あ、あの――」
ノエルの言葉を遮るように、ローグがバックパックから何かを取り出して彼女に手渡す。
突然だったので、ノエルはそれを確認する間もなかった。
「……受け取ったな?」
「はい……?」
キョトンとして手元を見下ろすと、自分の手の中に紙幣の束が握られていた。
占めて百万ドルク。
「ななな何ですかこれ⁉困りますッ!」
「そういうことだから!それじゃまたッ!」
そう言い残して、ローグとリザも逃げるように出て行った。
「ちょっとぉ!」
二人が消えて行った扉を見つめて、札束を握りしめた少女は嘆く。
「な、何かとんでもないことに巻き込まれてる気がする……」
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『71話 サザーランド兄妹』に続く
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