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69話 厄介な客

「ええっと……、メスの気持ち……?どういうこと?」


 サラマンドラから予想外の、というより意味のわからない要求を聞いたアイリスは、戸惑いを隠せなかった。


『うむ。実は俺様には、付き合ってニ百五十年になる彼女がいる。だが、二百五十年ともなると恋の倦怠期が訪れるものだろう?』


「いや、スケールが大き過ぎてピンとこないかな」


『そういうものなのだ。だから俺様はアイツを少しでも退屈させないようにあらゆる手を尽くしているのだが、今一つ反応が芳しくない。

 俺様のセンスが悪いのか。もしくは、もう俺様と別れたがっているのか……。くッ、最悪浮気をされているかもと考えると夜も眠れない……ッ!」


「へー……」

(繊細だな……、竜種(ドラゴン)……)


「教えろ小娘!メスを振り向かせるには、俺様はどうすればいい!」


「えぇ……、うーん……」


 腕を組んで頭を悩ませるアイリス。

 これまで男性と付き合った経験などない。ひとまず自分がされて嬉しいと思うことを答えることにした。


「サプライズ……とか?」


『そんなことはとうに試している。もっと他に具体的な助言はないのか?』


 ふん、と鼻を鳴らすサラマンドラ。やはりこんな青い小娘の意見などあてにならないと思っていると、


「あ、でも独りよがりなサプライズは逆効果だと思うよ」


「何……?」


「ちゃんと、彼女さんの趣味や好みをよく理解したうえでやらないと。それにサプライズするにしたって、相応しい場所や演出だって重要で――」


『ま、待て小娘……!メモする……!もう一度言え!』


 サラマンドラはそう言って、爪でガリガリと自分の鱗にメモを刻む。


 そんな一人と一体の様子をイザクはぼんやりと眺めていた


(なんか、思っていたより大丈夫そうだな……)


 万が一、アイリスが襲われでもされようものなら、すぐに割って入る準備はしていたのだが、傍から見ている限りその必要はなさそうだった。

 既に宝物庫に残していた宝も回収し終えている。

 手持無沙汰になった彼はその場でゴロンと横になった。


「……暇だ」





 時間は現在に戻り、王都セプテントリオン。

 ローグとリザは宝の換金を終えて、人通りの多い道を並んで歩いていた。


「よしよし、これでだいぶ軽くなった」


 ローグが背負うバックパックには大量の紙幣が詰まっているが、金銀財宝に比べるとその重さは半分以下だ。


「それじゃ次は、新規ギルドの申請だな」


「うへへ、へへへへ……。私の元には今、二億ドルクもの金がある……」


 隣では、リザがクスリをキメたような顔でブツブツ呟いていた。山積みの紙幣の束を見てからずっとこの調子である。


「お前一人の金じゃないからなっ……!」


 自分のバックパックを守るように言うローグ。


「わ、わかってるって……!襲いやしないわよ!」


「よかった、正気だったか!」


「……そんな危ない奴に見えた?」


「ブットんでイカれた奴に見えた」


「な……ッ」


 引き気味で言われてショックを受けたのか、リザは自分の頬を引っ張って表情筋を元に戻そうとする。


「やばい……。禁断症状がここまで深刻化してたなんて……。それもこれも貧乏のせい……」


「やっぱ正気じゃない……?」


「正気だから!そんな目で見るのはやめてくれない!」


 リザは一度大きく溜め息を吐いて、


「で、申請ってどこでするわけ?私知らないんだけど」


「ん?それはだな――」





 ここは、ギルド斡旋系支援者ギルド、【幸福の(フォーチュン・)羅針盤(ピクシス)】。

 このギルドの窓口には、入団希望者を既存のギルドへ仲介する『入団相談課』の他に、『創団支援課』という部署がある。

 創団支援課では、新たにギルドを作るための手続きを行う他、ギルドを創設してから半年の間、創設の手続きを行った職員が仕事の斡旋や経費の管理など、雑務の手伝いをしてくれるのだ。

 一見大変そうな仕事に思えるが、ギルドを作ろうという考えの者の数はかなり少なく、職員は暇を持て余すことが多い。

 そのため、入団相談課にて厄介な客の相手を繰り返して心労を患った者が、小休止として配属される課と化しつつあるのが現状だ。


 入団相談課にある十以上の窓口すべてに長蛇の列が出来ている中、隅でひっそりと窓口を構えているのが創団支援課だ。

 その窓口で、犬のような耳を生やした獣人の少女は、暇を持て余して座っていた。


「創団支援課に配属されて三日……。まだ一度もここを訪れる人がいない……。こうも暇だと逆に疲れちゃうなぁ」


 頬杖を突いて呟く彼女の名は、ノエル=ブルーノート。十五歳。

幸福の(フォーチュン・)羅針盤(ピクシス)】に入団して四ヶ月の新人である。


 彼女もまた、度重なる厄介な客の応対によって気を病んでしまい、創団支援課に配属されたのだった。


「もう向こうに戻してもらおうかな」


 チラリと入団相談課の窓口に目をやる。

 しかし、


「はあ!どういうことだコラァ!」


「お前じゃ話にならん!マスターを呼べェ!」


 荒ぶるクレーマーたちを見て、ノエルはふっ、と笑った。


「……やっぱりないかな。

 ――でもあそこのガラの悪そう人たちより、あの時の二人の方が怖かったなぁ。何か言葉に表せないような圧力?みたいなのがあって……」


 彼女が思い出したのは、どこでもいいから冒険者ギルドを紹介しろ!と要求してきた二人だ。真っ赤な瞳をした黒髪の男と、これまた真っ赤な髪をした小柄な少女。

 あの二人はどうなったのだろうかと考えるが、


「……うぅ、あの人たちを思い出しただけで心臓が痛いよぉ」


 胸がピシピシと痛み出し、机に突っ伏すノエル。

 彼らと連続して応対した時のことが、すっかりとトラウマになってしまっていた。


「もう少し、この部署で心を癒そう……」


 ノエルがそう呟いたところで、


「すんませーん!新規ギルドの申請したいんすけどー」


 と、声を掛けられた。男の声だ。


「――!」


 ここに配属されて初めての客に、ノエルは慌てて跳ね起きる。


「仕事中に昼寝なんて感心しないわね」


「は、はいッ!申し訳ございません!――って」


 創団支援課にの窓口を訪れたのは、男女の二人組だった。それも、彼女にとって見覚えのある者たちだ。


「あ、あの時の人たちッ⁉」


 ガタガタンッ!と怯えたようにノエルは椅子から転げ落ちる。


「「は……?」」


 それをを見た二人組の客、ローグ=ウォースパイトとリザ=キッドマンは、二人して顔をポカンとさせるのだった。




**********

『70話 ノエル=ブルーノート』に続く

**********



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