66話 ジュウゾウ=ハザマとナナハ=シラヌイ
【猟犬の秩序】の本拠地は木造平屋の広大な屋敷だ。四十人以上の団員、全員分の個室を完備しており、敷地の一角を占める大庭園には一年中花を咲かせ続ける【異界迷宮】産の巨大な桜の木が植えられている。
その屋敷と桜の木によって成される本拠地の外観は、非常に美しく見応えがあるため、国内でも有数の観光スポットとしても国民たちに親しまれている。
クラノスケとの話を終えたトウヤが、屋敷の縁側で桜を眺めている時だった。
「トウヤさ~~~ん‼」
怒号にも似た大声が屋敷中に響き渡った。
ドタドタと廊下を駆ける騒々しい足音は、徐々にトウヤの元へと近づいていく。
「あー、喧しいのが来よった。風情が台無しやな」
トウヤがそう呟いた瞬間、廊下の角をズザザッと滑るように曲がって、灰色の着流し姿の男が姿を現した。
「いた!探したぜェトウヤさん!」
「ジュウゾウ、お前は声がデカすぎんねん」
黒髪をたてがみのように逆立て、荒々しい眉毛をしたその男。
名をジュウゾウ=ハザマ。【猟犬の秩序】六番隊隊長を務める将来有望な若手冒険者だ。
「あの話本当かよ!」
「あ?」
「キヨメの奴がウチを抜けるって話だよ‼」
まだマスターであるクラノスケと、自分のパーティメンバーしかその話は知らないはずだが、どこからか漏れてしまったらしい。
トウヤとしては、このようにいちいち事実確認に来られることが面倒だったので、団員たちが一堂に会した時を見計らってキヨメの件を伝えようとしていたのだが、こうなってしまってはもう遅い。
これからいろんな奴から質問攻めに遭うんだろうなーと思うと、ついつい溜め息が漏れる。
「……まあ、それはほん」
「どうなんだよ‼おい‼」
トウヤが喋ろうとするが、ジュウゾウは話を聞かずに襟元を掴んでブンブンと揺すってくる。
「ちょ、おちつけ――」
「あのバカが何かやらかしたのか⁉まさかそれで追放したんじゃねえだろうな⁉だとしたら見損な」
「バカはお前なのだ‼」
「ぐぼァッ⁉」
突然、第三者の声が割り込むと同時に、ジュウゾウは蹴り飛ばされて庭に頭から突っ込んだ。
「……ぐぅ、ナナハてめえ!何しやがる!」
「あれじゃあトウヤさんが話せないのだ。ジュウゾウくんは少し落ち着いた方がいいのだ」
「だからって全力で蹴るこたねえだろ!」
ジュウゾウを蹴り飛ばしたのは、黒と白の入り混じった法衣を身に纏った少女。
黒い髪の先端を短く縛ったおさげの彼女の名は、ナナハ=シラヌイ。七番隊の隊長である。
「いちいち声がデカいのだ。それでトウヤさん。キヨメが抜けるというのは本当なのか?」
ナナハがトウヤに顔を向けて尋ねた。
「本当や。でも俺らが追放したわけやないで。アイツから別のギルドに入りたいって言ってきたんや」
「なるほど……」
腕を組んで一度大きく頷くナナハ。
「あの子がそう決めたのなら、何も言うことはないのだ。な?ジュウゾウくん」
「……ああ。ならいいんだけどよぉ……」
口ではそう言いつつも、ジュウゾウはまだどこか納得しきれていない様子だ。
それを見たトウヤはニヤッと笑って、
「そういえば、キヨメが入ることになったギルドにローグ=ウォースパイトがおったわ。たしかお前らと同い年やったやろ?」
「なははは!それは面白い組み合わせなのだ」
「待て!じゃあキヨメはヘラクレスに入ったのか⁉」
「ローグくんはヘラクレスを追放されたから、多分違うのだ」
「何ィ⁉ローグが追放だァ⁉どういうこった⁉」
「ジュウゾウくんは少し新聞を読むようにした方がいいのだ……」
話が逸れ始めたので、トウヤが軌道修正する。
「追放の理由は知らんが、なんでも新しいギルドを作るらしい」
「へぇ……!ローグとキヨメが作ったギルドかァ!面白れぇ!」
「単純な奴やな、お前は」
楽しそうな声を出すジュウゾウに、トウヤが苦笑しつつ言った。
「ジュウゾウくんとローグくんは仲良しなのだ」
「あァ⁉仲良くねえよ!適当なこと言うなナナハ!」
「トウヤさん、そのギルドの名前は何なのだ?」
ジュウゾウが、無視するなコラァ!とぎゃあぎゃあ喚く中、トウヤは気にせずナナハの問いに答える。
「それは聞いてへんな。ただ」
トウヤは正面にそびえる巨大な桜の木を見上げながら、
「奴ら間違いなく、俺らがいるステージまで上がってくるで」
トウヤのその言葉に様々な意味が込められているということは、ジュウゾウとナナハには知る由もなかった。
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『67話 アイリスの挑戦』に続く
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