2話 ローグとアイリス
夜明け前の街。うっすらと空が青みがかり、朝霧があちこちで漂っている。
メインストリート沿いの店はどこも未だシャッターを締め切っており、王都は静寂に包まれていた。
そんな中、王都の南部では多くの馬車と荷車、そして慌ただしく動き回る人たちがいた。彼らはアステール王国の最南端エリアまで向かう隊商だ。
出発を目前に控えた隊商に、荷物袋を肩に担いだローグが近づいていく。
「おっちゃん。短い間だが厄介になるよ」
「おう。そこの馬車の荷台にでも乗ってくれ」
ローグは商人の一人に話し掛け、指示された通りに馬車の荷台へと乗り込んだ。
屋根付きのその荷台は、大量の荷物がその空間の半分ほどを占めているものの、自分一人がくつろぐ分には何の不自由はない広さだ。
昨日、南部へ向かう隊商があることを聞きつけたローグはその日の内に、旅の途中まで同行させてもらう許可を取っていた。
「あんちゃん。どこまで向かうんだっけか」
先程話し掛けた商人の男が、荷物の確認をしながら尋ねてきた。
「南東の方にあるスピカっていう小さな町だ。そこにはどれくらいで着くんだ?」
「あ~、あの牧羊が盛んなところか。多分、丸三日はかかると思うぜ」
「三日⁉なげ~!」
「はは、俺たちにしてみれば三日なんて短い短い。旅商人の仕事は大半が移動だからな。
……ああ、そうそう。あんちゃんの他にもう一人スピカに向かうっていう子がいたな」
「へー、そうなんだ」
「金髪で色白の女の子なんだが……、まだ来てないみたいだな」
商人の男が辺りを見回すもそれらしい姿は見当たらない。
すると、甲高い笛の音が鳴らされた。旅の出発の合図だ。
「ありゃ。あの子、間に合わなかったか。気の毒に」
商人の男は口ではそう言いつつも、大して同情する素振りは見せずに馬車の御者席へと上がっていった。
一列になった隊商は先頭から移動を始め、やがてローグが乗った最後尾の馬車も動き出した。
(その子も俺と同じ目的だったりしてな……)
ひと眠りでもしようと、ローグは荷物を枕代わりにして目を閉じる。
「待ってくださ~~い」
寝ようとした矢先、微かに聞こえてきた声にローグはパッと目を開けた。
「何だぁ?」
声のした方を向くと、必死に隊商を追いかけてくる金髪の少女がいた。御者を務める商人の男には聞こえていないのか止まる気配はない。
「乗せてくださ~い!」
大きなバックパックを背負った彼女は、徐々に馬車との距離を詰めていく。
金髪で色白の女の子。商人の男が言っていた人物と特徴が一致する。
しょうがないなと思いつつ、ローグは荷台からぐっと右手を伸ばした。
「おい!掴まれ!」
「は、はいっ……!」
少女が差し伸ばした手を掴むと同時に、一息に荷台の中へと彼女を引き上げる。
「おぶッ」
「あ、ゴメン」
勢い余って顔面を床に強打させてしまい、ローグが軽く謝った。
しかし、彼女は特に気にする様子もなく、ばっと起き上がってローグへと向き直る。
「いやぁ、助かりました~。荷物をまとめてたら、遅れちゃいまして」
「どんだけ荷物を詰め込んでんだよ……。重過ぎてこっちが持ってかれそうだったぞ」
少女のバックパックはパンパンに膨れ上がっており、隙間から杖やら剣やらが飛び出している。
彼女は少し照れくさそうに、
「あはは、すいません。重い荷物を運ぶことが特技なもので」
「何だそりゃ……。そんなことより、アンタもスピカまで行くんだろ?」
「そうですけど、どうしてご存じなんですか?そもそもあなたは荷台で何を?」
大きなバックパックを降ろした彼女は、首を傾げて聞いてきた。
「俺もスピカに行くためにこの隊商に着いて来てるんだよ。多分、アンタと同じ目的だ」
「え?もしかして、あなたも新規ギルド立ち上げのチラシを見て?本当ですか!」
嬉しそうな声を上げる金髪の少女。
冒険者ギルドを一から立ち上げようなどと考える者はとても少ない。その一番の理由が金銭面の問題だ。自ギルド専用【異界迷宮】を買い取ることができない下位ギルドは、必然的に他ギルドと競争しつつ【異界迷宮】へ潜らなければならない。そうなれば資源も奪い合いになり、危険度も格段に増してしまう。
そのため、専用の【異界迷宮】を既に所有しているギルドへの入団を希望する冒険者がほとんどで、自分たちで冒険者ギルドを作ろうなどと考える物好きは珍しいのだ。
「私、アイリス=グッドホープといいます。十七歳です。ついこの間まで【小心者の子馬】というギルドに所属していました。いきなり同じ考えの人に会えるなんて嬉しいです!」
アイリスが右手を差し出してきたので、ローグはその握手に応じた。
「ああ。俺はローグ=ウォースパイトだ。歳は十八。よろしく」
敢えて所属していたギルド名は明かさなかったローグだったが、
「……そのコート、こっちの素材のものじゃないですよね?かなり高レベルの【異界迷宮】でしか入手できない素材だと思うんですけど……、もしかしてローグさん、上位ギルドに所属していたんじゃないですか?」
彼の着ている黒地のコートに目を留めたアイリスが、鋭い推理を働かせてきた。
「ま、まあ一応、そんなとこかな」
「へー!すごい!どこのギルドですか⁉」
「えっ!えーと……」
(どうしよう。ヘラクレスにいたってことがバレたら間違いなく辞めた理由を聞かれるよな……。追放された、なんて恥ずかしくて言えん……!)
ローグが目を泳がせていると、
「あれ?そういえばローグって名前、どこかで聞いたような……」
「え」
アイリスが自分の顎に手を添えて、唸り始めた。
「あ!思い出しました!【豪傑達の砦】が全ギルドに対して引き抜きの警告をした人だ!……って、ええっ⁉ヘラクレスゥ⁉」
「……はぁ。あのクソジジイ、本当にやってくれるな」
案の定、何で⁉どうして⁉と迫ってくるアイリスを手で抑えつつ、ローグは【豪傑達の砦】のギルドマスターであるハインリヒに恨み言を呟いた。
「【豪傑達の砦】といえば、№1冒険者ギルドですよ⁉辞めるなんてもったいない!確かに良くない噂もありますけど」
「そういうことだよ……。その噂の通り、俺はあそこを追放されたの」
もういいや~、という感じで投げやり気味に言うローグ。彼はさらに続けて、
「……あのギルドは実力第一主義でな。ギルドにとって利用価値がなくなった奴は容赦なく切り捨てられる」
「そんな……。でも引き抜きの件はどういうことなんですか?矛盾してますよ!」
「俺がジジイに……ギルマスに喧嘩を売ったから、その嫌がらせだろうな。どこのギルドにも入団できないようにあんな真似をしたのさ」
「ひどい……!たった一人のためにそこまで……。それじゃあ、ローグさんがギルドを立ち上げたい理由って」
アイリスが哀愁漂う瞳で尋ねると、ローグは拳をグッと握り、
「――ああ!【豪傑達の砦】を地に堕とすためだ‼」
力強く告げた。
「あれぇ⁉冒険者業を続けるためじゃないんですか⁉」
「そんなもん二の次だ!俺はあのジジイの泣きっ面を見られればそれでいいの‼」
「そ、そうですか……」
「ふんっ、見損なったか?」
意地悪そうな笑みを浮かべて言うローグ。人の良さそうなアイリスは幻滅するかと思っていたのだが、
「いえ、気持ちはよくわかります……」
「……え?」
彼女の返答はローグの予想外のものだった。
「私もギルドを追放されたので、見返してやりたいって気持ちは痛いほどわかりますよ」
笑みを浮かべて言うアイリスだが、その笑顔が偽りのものであることをローグはすぐに気づいた。
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