64話 八豪傑 ライラ=ベル
八豪傑。
それは、アステール王国最強の冒険者ギルド、【豪傑達の砦】における最高位の冒険者八名の総称。
最強の中の最強である彼らは、国中の冒険者たちの羨望の対象であると同時に、憧憬の対象でもある。
絶対的な存在として君臨し続けなければならず、当然、敗北など許されることではない。
【豪傑達の砦】マスターであるハインリヒ=ファウストは、本拠地にて八豪傑の一人、ライラ=ベルからの報告を受けていた。
「そうか。ヒュースが戻ったか」
「はい。しかし、満身創痍の状態で帰還したため、現在医療チームが治療に当たっています。同行したギャロン=ホールズの姿はなく、回復薬類もすべて使い切っておりました」
淡い金髪に翡翠の瞳をした少女騎士は、その内容に苦い顔をすることもなく淡々と告げた。
「何……?どういうことだ?」
「医療チームの話によると、二人はキヨメ=シンゼンを追って未登録の新生【異界迷宮】に潜行、内部にて神種と竜種の姿を確認したと。それ以外のことは何も話そうとしないようです。
もしそれらのモンスターに襲われたのならば、ギャロン=ホールズは殉職したものとみてよいかと」
それを聞いたハインリヒは、呆れたように呟く。
「八豪傑ともあろう者が、何という体たらく。これでは他の団員に示しがつかないな」
行方が知れないギャロンについては触れようとはしない。まるでその存在自体がなかったかのような振る舞いだ。
「ヒュース=マクマイトが、その名を背負うに値しなかったということでしょう」
ライラは目を伏せて静かに意見を述べた。
ハインリヒはギロリと、目の前の少女を睨み据える。
「……ワシの采配が不満か?ライラよ」
「滅相もありません」
常人ならば震え上がってしまう威圧感にも、ライラはたじろぐことなく返答した。
「……フン、まあよい。それよりお前に緊急クエストを言い渡す。内容はその【異界迷宮】の攻略だ」
「了解しました」
突然の仕事にも、ライラは二つ返事で了承した。
たった今、自身の口で神種と竜種がいると告げたばかりであるというのに。
それはつまり、その二体を同時に相手取っても問題ないという、絶対的な自信の表れでもある。
「同行するパーティの人選はお前に一任する。遠征選抜者以外ならば、自由に人材を連れていって構わん」
「単独の潜行で問題ありません。半端な戦力ではかえって足手まといになるのが目に見えておりますので」
「ほう、子鹿と罵られていた小娘が、言うようになったではないか」
「また懐かしい蔑称ですね。同期に天才と呼ばれた努力家がいたおかげで、私も必死でしたから」
ライラは僅かに口元を綻ばせて、一昔前の記憶を懐かしむ。
「……今はもう、その男はここにいませんが」
「誰のことだか心当たりがないな」
その言葉にライラが目を細める。
明らかに、ハインリヒの声には苛立ちが混じっていた。
機嫌を損ねるのも厄介なので、ライラは話題を変えた。
「お気になさらず。話を戻しましょうか。緊急クエストの件は承知しましたが、キヨメ=シンゼンの件はいかが致しますか?」
「それについてはもう気にする必要はない。先刻、【猟犬の秩序】の『無明剣』から連絡があった。ウチで預かる話は忘れてくれて構わないそうだ」
「……また急な話ですね。まさか、ヒュースがやられたことと何か関係があるのでしょうか」
「さあな。詳しい事情は問い質しておく。ひとまずお前は、緊急クエストに集中しろ」
「……了解しました」
ライラは軽くお辞儀をして、ハインリヒの部屋を後にした。
ヒュースのクエスト失敗の件に疑問を呈した彼女だったが、実はその真相に心当たりがあった。
(ヒュースの性格からして、クエストが失敗したのなら何かしらの言い訳を並べるはずだ。何も話そうとしないということは、二種のモンスターに相当なトラウマを植え付けられたか、もしくは、格下と見下していた誰かに敗北したか。後者なら、それがキヨメ=シンゼンである可能性が高いが……)
ふっ、と笑みを零して、
(どうしても、おもしろい可能性に期待してしまうな)
ライラの頭に浮かんだのは、自分の同期だった黒髪で赤目の少年だ。
その少年が南東に向かったという噂からして、あり得ないことではないと彼女は思う。
そんな密かな期待感を抱いている、その時だった。
『門番より全団員へ緊急連絡。繰り返す、門番より全団員へ緊急連絡』
「ん……?」
本拠地中に響き渡ったのは、通信用の【異界道具】によるアナウンス。
『八豪傑、アドラー=サザーランド様が遠征よりご帰還なされました!』
「これはまた癖の強い人が帰ってきたものだ。アドラーさんの遠征に同行したアイツも無事に帰ってきたのだろうか」
ライラは、廊下から見える外の景色に目をやって、
「……お前は今、どこで何をしているんだ。――ローグ」
**********
『65話 【猟犬の秩序】のマスター』に続く
**********




