62話 宴
アステール王国南東部の小さな町、スピカ。
人口百五十人にも満たない超ド田舎である。
しかし、今宵に限ってはどこの町にも負けないほどの活気で盛り上がっていた。
町民たちが集まっているのは、一面緑色の牧草地の一点。
催されているのは決して祭りや神事といった行事ではなく、それはとある夫婦のための送別会だった。
「一週間ぶりに顔を見せたと思ったら、そんな急に出て行くことなんてないのに。寂しいじゃないか!ええ?イザクくん」
「これからやらなきゃならんことが、たんまりとあるのさ。短い間だがこの町には世話になったよ。ほら町長、どんどん飲んでくれ!」
スピカの町長の杯に、イザクが瓶のビールを注ぐ。二人共、既にすっかりと出来上がっている。
「あ、なくなっちった。セラ~!追加の酒じゃんじゃん持ってこぉい!」
「ええ、ただいまお持ちしますね~」
「いやいや。セラさんも今日の主役なんだから、そんなことは町の者に任せてこっちに来て飲みなさい!わしの隣が空いとるぞい、って旦那の前で何言ってんだってね!」
「ダハハハハハハ!町長最高!よしセラ、一緒に飲むぞ!」
「そうですね~。ならお言葉に甘えさせてもらいます。町長さんの醜い顔もこれで見納めとなってしまうことですし~」
「相変わらずトゲがあるねセラさん!だがそこがいい!」
中央に用意された大きなテーブル。そこに、イザクとセラ、そしてスピカの町長含め町の老人たちが同じ席に着いていた。
周りでは子供たちが駆け回り、男たちは踊り騒いで、女たちがおしゃべりしながら料理を作る。町民全員が、イザクとセラのために開かれたこの宴を心の底から愉しんでいるようだった。
その大きな人の輪から少し離れた場所で、ローグは杯を手に地べたに座っていた。
「また酔い潰れるぞ、あのオッサン……。つーか、あの人らがこの町に来たのは一か月前だろ?そんな大した付き合いじゃないのに、何でここまで盛大な送別会に発展してるんだ?」
「お二人の人柄が良いからでしょう。なんでも、町を去ると告げてから一時間としないうちに、町民全員へ知れ渡ったそうですよ」
同じく杯を手に、隣に座るキヨメが言った。
「人柄か……」
豪放快活なイザクや物腰柔らかなセラが気に入られるのはわかる。しかし、ローグが引っかかるのは、二人が何を考えているのかわからない点だ。
先ほどもイザクと合流するなり、トウヤと話しをつけて昨晩の一件を解決したと告げられたばかりだ。
あまりの手際の良さに、ローグはどこか薄気味悪さすら感じていた。
(あの二人は謎が多すぎる……。何者なんだ?)
そんなことを考えていると、キヨメがポツリと呟いた。
「あぁ、拙者も早くお酒が飲みたい……」
羨ましそうな彼女の視線は、まっすぐイザクたちに向けられている。
「そっか、お前まだ十六歳だから飲めないのか」
「ええ。ギルドにいた頃も、トウヤ殿たちが美味しそうに飲んでいるのを眺めているだけでした」
この国では、飲酒を許されているのは十七歳からだ。まだ十六歳のキヨメは皆と同じ様に酒を飲むことができず、ジュースで我慢している。
だがもう一人、杯に酒ではなくジュースを注いでいる人物がここにいた。
「ところで、ローグ殿はお酒を飲まれないのですか?」
「ッ……」
ローグはギクリと肩を震わす。
「?」
「……飲めねえんだ、酒」
「おや、そうでしたか」
「いや、飲んでもうまく酔えないっていうか、なんていうか……」
「ふふっ、誰にでも苦手な物はありましょう」
「…………うん」
別に悪いことではないが、酒が飲めないというのはどこか恥ずかしい。
そんなローグの心情を察してか、キヨメは深く踏み込まないでくれたのだが、
「ムフフフフフ!おしゃけが飲めないなんてまだまだ子供でしゅね、ローグしゃん!」
呂律が回らずに、煽ってくるのは顔を真っ赤にしたアイリスだった。
「……で、コイツは何でこんなことになってんの?まだ二、三口飲んだだけだよね?」
「やーい子供子供~。ムフフフフフ~!」
ニヤニヤと笑みを浮かべたアイリスは、頻りにローグの頬を指で突っついている。
「おい、段々コイツの良い子ちゃんメッキが剥がれてきてない?さてはこっちが本性か……!」
「余程気分よくお酒が飲めたのでしょうね――なんて、それっぽいことを言ってみました」
「子供~」
「しつけェ!」
一方、リザは料理を提供する町の女性たちと作業をしていたのだが、
「ここでヨーグルトを加えれば、程よい酸味とまろやかさがプラスされるわ。ヨーグルトは何かと便利で準備の段階でお肉に揉み込んでおけば柔らかくなるの」
いつの間にか、ビーフシチューを題材とした即興料理教室が開かれていた。
「なるほどぉ」
「牧羊が盛んな町なのに知らなかったわね~」
「リザちゃん詳しい~」
生徒と化した町の女性たちは、メモを取りながら感心を露わにしていた。
それに気を良くしたリザはペラペラと、料理に関するうんちくを話していく。
「他にも、牛乳の代わりに白ワインを使って、舌触りが良い仕上がりにするっていうやり方もあったりして――」
リザ=キッドマンが持つ《才能》の一つ、【料理人】。これは決して、あらゆる料理に関する知識を得るというものではない。あくまで、包丁さばきや正確な体内時計など、料理を補助するための技能を有するというだけである。
その食材はどのように調理するのか、何の調味料を加えれば美味しくなるのかといった知識は、一から学ぶしかない。
今、彼女が披露しているのは、三年間飲食系のギルドで培った知識。必死に勉強して得た技術の一端ということだ。
(そういえば、客以外に料理するなんて初めてかも。金の為に渋々料理の知識を身につけたわけだけど、こんなに喜んでくれるのなら私の三年間も案外、無駄な時間じゃなかったのかな)
そんなことを思うリザは、ししっと笑みを零した。
(アイツらにも私が作った料理食わせてやるか)
そして、即興料理教室が終了し、リザはビーフシチューが入った小鍋を持ってローグたちの元に向かった。
「喜びなさいアンタ達!私が腕によりをかけて作ってやったぞ!」
そう意気揚々と小鍋を掲げたリザだったが、
「おええええええ!」
「アイリス殿⁉」
「ああああッ!コイツ、俺の服にゲロ掛けやがったあああああ!」
「…………」
何やら惨劇を繰り広げる三人を見て、彼女はくるりと体を反転させた。
(……やっぱ一人で食べるかー)
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『63話 【毒蛇のひと噛み】』に続く
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