61話 取引
トウヤはデネボラの町で待機させていた四人のパーティメンバー、二番隊と合流した。
共同住宅の広い屋上で、メンバーの一人である茶髪の女侍が尋ねる。
「隊長、よろしかったのですか?キヨメを行かせてしまって」
「あんな必死に頼まれたら断れへんわ。俺、心が広いから」
手すりに腕を掛け、町並みを見下ろしながらトウヤが返答した。
「……心が広い人は、自分でそんなこと言いません。それにマスターの許可なしに話を進めて大丈夫なんですか?」
「かかか!帰ったらあのタヌキジジイにどやされるやろなぁ。でも皆一緒に怒られれば、怖くないやん」
「…………」
「あれぇ、無視かい。隊長悲しい」
「――じゃあ、手土産でも持って行ってやったらどうだ?」
それは、ここにいる五人の誰の声でもなかった。
トウヤ以外の四人は、咄嗟に腰の刀に手を添える。
「何者だ⁉姿を現せ!」
茶髪の女侍が辺りを見回しながら声を荒げる。しかし、他の人影はどこにも見当たらない。
「……これはまた、驚きの登場の仕方やな」
ただ一人、屋上の淵にいたトウヤだけが、謎の声の人物の姿を見咎めていた。
橙黄色の髪をオールバックにして、無精髭を生やした長身の男。
その男は、共同住宅の外壁を垂直に歩いて登っていた。ポケットに手を突っ込みながら、悠々と。
「あれだけの騒ぎを起こせば、すぐ駆けつけてくれると思っていた。……よっと」
手すりを跳び越え、五人と同じ様に地に立つ。
「ッ……!」
臨戦態勢に入るパーティメンバーたち。
「落ち着かんかい、お前ら。……オッサン。一体、どこの誰や?」
「イザク=オールドバング。マスターとして、キヨメの嬢ちゃんは責任を持って面倒を見るから安心しろ」
「なるほど……、アンタがあいつらの親玉かい。問題児やけどよろしゅう頼むわ。……で、何の用や?そんな挨拶だけ言いに来たんとちゃうやろ」
「話が早くて助かる。今日は取引に来たんだよ」
「取引?」
イザクは指を二本立てて、
「俺の要求は二つ。まず一つ、【小心者の子馬】のマスター及びその冒険者たちに示談金を払ってもらいたい。俺たちの正体を明かすことなくな。つまり、出来る限り平和的に昨晩の事件を解決し、ローグたちに関する一切の捜査を取りやめさせてくれ。№2ギルド様ならできるだろ?」
「ちょお待てや。何で俺らがそんなことせなあかんねん。アンタらのメンバーが勝手に…………あ……」
何かに気づいたトウヤは、みるみる顔を青くしていった。
「隊長……?」
トウヤとは反対に、イザクはニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべる。
「まさか無関係だなんて言うわけじゃないよな?キヨメの嬢ちゃんはまだ、【猟犬の秩序】に籍を置いている状態だ。まだ正式なギルドじゃない俺たちよりも、問題があるのはむしろお前たちの方なんだよ」
それを聞いたメンバーたちは次々と、膝から崩れ落ちた。
「あのアホォ……」
「最後までこれか」
「やっぱりキヨメはキヨメだったか」
顔色を悪くした茶髪の女侍は、同じく顔色の悪いトウヤに耳打ちする。
「残念ながら彼の言う通りです。これは流石に、無視できない問題かと……」
「ぐぬ……」
「はっはっは。だが本命は二つ目なんだなー」
「ちょ、まだ上があるんか……。勘弁してくれや」
苦笑して言うトウヤ。しかし、次の瞬間、彼は瞠目することになった。
きっかけは、イザクが懐から取り出した一巻きの羊皮紙。
それを目にしたトウヤからは、僅かに感じられていた余裕が消え失せた。
「おいおい……。マジで何モンやアンタ……」
イザクは不敵に笑って、それを拡げてみせる。
そこには、見慣れない理解不能な記号の羅列。
「やはりトップギルドともなれば知ってるようだな。正真正銘、本物の『星導文書』だ。実はまだ公になってない新生【異界迷宮】がこの近くに発生している。その宝物庫にコイツがあった。お前たちに言わせれば、当たりの【異界迷宮】だったわけだ。
……で、俺が知りたいのは、これを所有している、または存在を知っているすべての組織について」
トウヤは胡乱気に目を細めて、低い声で問い質す。
「……そんな情報に釣り合うだけの見返りがある言うんか?」
「今俺が持ってるこの『星導文書』をお前らにやる」
「はあ?全然釣り合ってないでオッサン……!」
「不服か?」
「アホ抜かせ。そんなモン、こっちに得がありすぎる。文句なく取引成立や」
「そいつはよかった」
そう言って、イザクは羊皮紙を丸めてトウヤに投げ渡す。
目の前の男の意図がまったくわからない。
猜疑心を抱きながらも、トウヤは約束通りの情報を開示した。
「……ウチは二枚所有しとる。言うても、団員全員が存在を知っとるわけやない。マスターを含めて一番隊から四番隊までや。他のギルドがどういう情報管理体制かは知らんけどな」
「そのギルドっていうのは?」
「他の全Aランクギルド。所有枚数は【豪傑達の砦】が三枚、№3ギルドの【孔雀の印】が一枚。俺が……というより【猟犬の秩序】が知っとるのはこれだけや」
それを聞き終えるたイザクは、満足気に一度大きく頷くと、再び微笑を浮かべた。
「結構。おかげで知りたかったことはすべて知れた。お前たちとは今後とも是非、良好な関係を続けていきたいな」
「…………」
取引を終え、イザクが立ち去った後、トウヤはじっと謎の文章が記載された羊皮紙を見下ろしていた。
茶髪の女侍が、静寂を破るように口を開く。
「結局、あの男の意図はわからないままでしたね。我々が血眼になって探している『星導文書』をこうもあっさり手放したりして」
「……言い換えれば、手元に置いておく必要がなくなったとも言えるな」
「……ッ!まさか、解読したと……⁉」
「それはわからん。だが、もしそうだとしたら……」
トウヤは羊皮紙を丸めて、デネボラの町並みに視線を移す。
「キヨメの入った新規ギルドは、俺らAランクギルドをごぼう抜きしたことになったわけや。水面下で行われとる、この競争においてなぁ」
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『62話 宴』に続く
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