60話 キヨメの答え
デネボラの町から少し離れた森の中。
ローグ、アイリス、リザ、キヨメの四人は追手を撒いて、ようやく腰を落ち着かせることができた。
「大丈夫?アイリス」
一人だけ肩で大きく息をするアイリスに、リザが心配そうに声を掛けた。
「はい……、少しフラッときただけですので……」
「まだベッドで休んでた方がよかったんじゃない?」
ローグが鼻を鳴らして、
「オッサンが連れてきたらしい。何を考えてるのか知らねえけど」
「そのイザク殿はどちらへ?」
「それが町の入り口で別れたきりで……」
キヨメの問いにアイリスが答えたところで、外から声が掛かった。
「――手間かけさせおって。ようやく見つけたでぇ」
訛りのある言葉。四人が声の方を振り向くと、そこには数珠を幾つも身につけた若い黒髪の男が立っていた。
「トウヤ殿!なぜこちらに⁉」
その姿を見て、キヨメが真っ先に声を上げた。
「お前が行方をくらませるから捜しとったんじゃボケぇ」
「そうでしたか……。それは、ご迷惑をお掛けしてしまいました……」
「まったくや。ま、元気そうで安心したけどな。……お?」
トウヤはローグの方に顔を向けて、
「なんや、見知った顔がおるなぁ。一体全体どういうことや?」
「……合同演習の時以来っすね。トウヤさん」
「そんな嫌そうな顔せんでもええやんけ。噂で聞いたんやがヘラクレスを追放されたそうやな、『神童』(笑)さん」
「鼻で笑うなァ!」
知ったように言葉を交わすので、リザが小声でローグに尋ねる。
「誰この人?知り合い?」
ローグは忌々し気に、
「【猟犬の秩序】、二番隊隊長、『無明剣』のトウヤ=ムナカタ。気に入らねえが、この国で五指に入る強さの冒険者だ」
「あ!その名前聞いたことある!魔法なしの単純な実力なら、【猟犬の秩序】のトウヤか【豪傑達の砦】のアベルかで、意見が分かれるのよね。私は当然、トウヤ派だけど!」
「そこのお嬢ちゃん、なかなか見る目あるやんけ!ウチのギルド入るか?可愛がったるで」
「いや、コイツは単にヘラクレスが嫌いなだけ」
「そ。誘ってくれるのは嬉しいけど、もうこいつらとギルドを作るって決めてるから。ていうか、ハウンドは【剣士】の《才能》がなきゃ入れないんじゃなかったっけ?」
「それは残念や。俺の権力で無理やり入れたってもよかったんやけどな。しゃあないか。……しかし、ギルドを作る、ねえ」
トウヤは再び、キヨメに視線を戻した。
「お前がそこにおるんは、そういうことか?――まさかもう、ウチに戻る気はないんか?」
「トウヤ殿……それは……」
キヨメはチラリとローグを見る。
脳裏に浮かぶのは、【異界迷宮】で話した今後についての会話。
ローグたちとギルドを作るか、トウヤと【猟犬の秩序】に戻るか。
彼女は今まさに岐路に立たされていた。
ギュッと目を瞑って答えあぐねる侍少女を前にしても、ローグは、そしてアイリスとリザは口出ししなかった。
三人とは違い、キヨメには帰れるギルドがあるのだ。無理強いさせるようなことはできない。
やがて、キヨメはゆっくりと目を開く。
次の瞬間、彼女はトウヤに向かって土下座をした。
「申し訳ありません!トウヤ殿!拙者に、ギルドを辞めさせてください!」
ローグ、アイリス、リザが眉を吊り上げたのに対し、トウヤは表情を変えずに続きを促した。
「ほう、それで?」
「拙者は、この方たちのことを心底気に入ってしまいました!微力ながら、力になりたいのです!手前勝手なことであると重々承知しております!しかし、どうかお許しくださいますようお願い申し上げます!」
「……ふむ。キヨメ、ギルドを自分から抜けるっちゅうなら、落とし前をつけてもらわなあかんなぁ」
ドスの効いた声で言うトウヤに、ローグとリザが身構える。
「おい!いくらなんでもそれは――」
「なーんて!冗談冗談!」
「はぁ……⁉」
「顔を上げぇ、キヨメ。どっかのギルドと違って、俺らは団員の成長を第一に願っとる。それが師匠の教えでもあるしな。お前がそうしたいと思ったなら、そうするべきや」
キヨメは体の力を抜き、ゆっくりと顔を上げる。
「トウヤ殿……。ありがとうございます……!」
「とはいえ、マスターに何も言わずにギルドを抜けるのはナシやで。一度、本拠地に戻って挨拶に来い」
「はい!」
「かかか!頑張れよ!」
トウヤはニッコリと笑うと、踵を返して歩き出す。
「ほんなら俺は帰るとするわ。君らも、ウチのアホ侍をよろしゅう頼むな」
そう言い残して、プラプラと軽く手を振りつつ、森の奥へと消えていった。
「なんというか、終始あの人のペースでしたね。私、口を挟む隙もありませんでした」
「オッサンといい、強い奴はどいつもこいつも独特の空気を纏ってんだよなぁ」
アイリス、ローグがぼんやりと呟いた。
「とにかく、これでキヨメも正式に仲間になったわけね!これからよろしくゥ!」
バン、とリザはキヨメの背中を軽く叩く。
「はい……!それでは……」
キヨメは三人の方に向き直ると、片膝と右拳を地に着けて、高らかに声を上げた。
「改めまして!拙者、名を神前清女と申します!冒険者ギルド【猟犬の秩序】にてほんの一時、八番隊の隊長を務めておりました!生まれは極東の小国ヒノクニ。幼き頃より剣の道に人生を捧げてきた故、取り柄と言えば腕っぷしだけにございます!未熟ながら皆様のお荷物にならぬよう、命の限り尽力させて頂きます!」
「「「……おぉ」」」
ローグ、アイリス、リザの三人は、つい圧倒されていた。
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『61話 取引』に続く
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