59話 アイリスの仲間たち
夜が明け始めた頃、アイリスは、イザクと共に【小心者の子馬】の本拠地があるデネボラにやってきた。
ほんの三週間前までこの町で生活をしていた彼女にとっては、懐かしさなど微塵も感じない。むしろ、冒険者だった時の記憶が呼び起こされるようで、あまり良い気はしなかった。
「イザクさん、この町に何の用があるんですか?それにローグさんたちはどこに?」
「はっはっは。そのうちわかるさ」
「もう、さっきからそればっかりじゃないですか……」
笑って誤魔化すイザクに、アイリスは口を尖らせる。
すると、近くの家の窓から男が顔を覗かせ、二人に話し掛けてきた。
「アンタら旅の人かい?悪いことは言わねえ。今はこの町に近づかない方がいい」
「え?どういうことですか?」
「この町にある【小心者の子馬】っていう冒険者ギルドが、賊に壊滅させられたんだよ!」
「ッ、本当ですか⁉」
「ああ!まだ詳しいことはあまりわかってねえが、賊は三人。赤い目の男と赤髪のガキ、それと侍みてえな格好をした黒髪の女だそうだ!」
「…………えぇ」
アイリスは、口をあんぐりと開けて固まった。
(……め、めちゃくちゃ心当たりある人たちなんだけど――⁉)
男は少し怯えた様子で続ける。
「町の自警団が探してるがそいつらはまだ捕まってなくて、ここらをうろついてるって噂だ!出くわさないように気をつけな!」
それだけ言い残して、男は家の中へと引っ込んだ。
イザクの方に顔を向けると、
「まあ、そういうことだ」
彼は片目を閉じてそう言った。
「やっぱり……」
「アイリスの嬢ちゃん、どうしてアイツらがそんなことをしたのか、よーく考えてみることだな」
「……?……あ」
そして、アイリスは何かに弾かれたように駆け出した。
半壊した【小心者の子馬】の本拠地周辺はもちろん、町中を探し回った。
足を止めることなく、一心不乱に。
ただ一刻も早く、あの三人に会いたかったのだ。
「⁉」
それは突然だった。
アイリスは、真横から伸び出た腕に掴まれ、路地裏へと引き摺り込まれた。
思わず悲鳴を上げそうになった彼女だったが、ギリギリでそれを抑える。
腕を伸ばしてきたのは、アイリスが探していた者だったからだ。
「ローグさん!」
「しーッ。静かにしろ。見つかるだろうが」
小さめの声で言われ、アイリスも声のボリュームを落とす。
「あ……すみません……」
「何でお前がこんなところにいるんだ?」
「えっと、イザクさんに連れられて……」
「ふーん……。ちょうどいい、ほらこれ」
「……!なんで……」
ローグが手渡したのは、奪われた黒いケープだった。
「ジャンとかいう奴に、質屋に売ったことは吐かせたんだが、どの店か言う前に気絶されてな。仕方なく、手分けして探してたんだ。町の連中に追われながら探すの大変だったんだぞ。あ、ついでに宝も取り返したから。今、キヨメが持ってる」
「いえ……そうじゃなくて……、どうして私なんかの為にそこまでしてくれるんですか?あんなにたくさん、迷惑を掛けてしまったのに……」
「あのなぁ……、俺は別に迷惑を掛けられた覚えなんてねえ」
「だって……、サラマンドラのこととか、宝を奪われたこととか……」
「何だよ。俺もキヨメもあれくらいで死ぬような弱い奴だと思ってたのか?そっちの方が傷つくなー」
飄々と言い放つ声が、アイリスの調子を狂わせる。
「そ、そんなことはないですっ。皆さん、私の常識が通用しないほど強いですから」
「そう、お前の常識は通用しねえんだよ。お前が一人で迷惑を掛けたと思ってるだけで、俺たちは何とも思ってねえんだ」
ローグはアイリスの目を見据えてキッパリと言った。彼はさらに続ける。
「むしろ感謝してんのさ。無事を喜んでくれたこと、庇ってくれたこと、励ましてくれたことに。そうやって良くしてくれた仲間が傷つけられたんだ。そりゃムカつきもするだろ」
「その通り!」
ローグの言葉に賛同したのは、いきなり飛び降りてきたリザだ。
「私たちは宝を取り返しに来たんじゃない。敵を討ちに来たの」
「リザさん……」
「あはっ!なんだか久し振りに喋った気がするわね!アイリス!」
「ごぶっ!」
いきなりリザに抱きつかれたアイリスは、赤い頭が顎に当たって声を上げる。
「あ、ゴメン」
「おい、大声出すなお前ら」
「うるせー赤目。お前がやられても仇は討ってやんねー」
「……ハァ?」
ローグの額に青筋が浮かぶ。
「やられねえよ。少なくとも誰かみたいに起きたら【異界迷宮】の外でしたなんてことにはならねえ」
「あァん⁉」
「おォん⁉」
「あの……、ケープもこの通り、取り返して頂きましたし、早くキヨメちゃんと合流して帰りましょうよ」
睨み合うローグとリザをオドオドしながら諫めるアイリス。
すると、
「皆さま~」
「あっ!噂をすればこの声、キヨメちゃんですよ!ホラ――」
声の方に振り返ったアイリスは、ギョッとした。
路地の奥から、駆けてきた彼女の後ろには、この町の自警団である大勢の男たちがついて来ていた。
「逃げるわよアイリス!」
「え!別に私は追われてるわけじゃないんですけど」
「連帯責任!そもそも誰の為に乗り込んだと思ってんの!」
リザはアイリスの腕を引っ張るように駆け出した。ローグもそれに続く。
「アホ!撒いてから来い!」
「も、申し訳ありません!」
大変な状況ではあるが、アイリスは思わず口元を綻ばせていた。
最早、アイリスの頭からは既に不安や罪悪感と言った感情はない。
ただ、胸の奥から沸き起こるのは一つの思い。
この人たちになら、自分は命を懸けてでも力になりたい、と。
アイリスはようやく、父の気持ちを真に理解することができた。
逃げる四人の様子を住居の屋根から見下ろす人影があった。
その数は五人。全員が腰に刀を差して、東洋風の防具を身に纏っている。そして肩には刃を咥えた犬の紋章。
五人の中でも、先頭に立つ若い男は珍妙な格好をしていた。
防具は身に纏わず、着流し姿。その上から首に幾つも数珠を掛け、さらには両手首にまで数珠を何重にも巻き付けている。
黒髪で酷い癖毛のその男は溜め息交じりに呟く。
「騒ぎを聞きつけて来てみれば……。何をしとんねん、あの阿呆は」
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『60話 キヨメの答え』に続く
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