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58話 世間を賑わすある事件

 スピカの隣町、デネボラ。

 辺境の町であるため人口が多いわけではないが、数多くの露店が立ち並んでそれなりに賑わいをみせている。

 そんな町の中央に【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】の本拠地があった。

 ギルドの一階はまるまる酒場のようになっており、五十人以上のギルドメンバーが今宵も杯を片手に騒いでいた。


「ハハハハハハ!凄いじゃないかジャン!これだけの財宝があれば、本拠地(ホーム)を王都に移転できるぞ!いや、念願の専用【異界迷宮(ダンジョン)】購入を検討するのもありだな!」


 喧騒の中でも一際愉快気に声を上げているのは、ギルドマスターである太めの中年男、ハンニバル。彼はテーブルの上にアイリスから奪い取った財宝を散らかして悦に浸っていた。


「これでこのハンニバルの名も一躍有名に……ん?どうした?浮かない顔をして」


「いえ……少し気になることが」


 そう口にしたのは、どこかそわそわした様子でハンニバルの向かいに座るジャンだ。


「サブとキャロルから大まかな事情は聞いている。アイリスのことなら気にする必要はないさ。幸い目撃者はいないんだ。たとえ奴が死んでも、お前が罪に問われるようなことはない。それに、もしもの時のシナリオも考えてある」


「と、言いますと?」


「俺が考えたのはこうだ。アイリスは【異界迷宮(ダンジョン)】から命からがら帰還したが、そこで悲運にも力尽きてしまった。お前たちは偶然そこを通りかかって、落ちていた財宝を拾っただけ。これで何も問題ないだろう。ハハハハ」


「……しかし、奴に掴まれた時にギルドの徽章(きしょう)を落としてしまったようで。万が一、奴の仲間に見つかれば、報復に来る可能性もあるかと」


 ジャンの言葉を聞いたハンニバルは思わず吹き出した。


「フフハハハハ!あのゴミに本気で手を貸す奴などいない!ましてや、法を犯してまで報復に来る奴なんているはずがない!

 知っているだろう?【異界迷宮(ダンジョン)】外でのギルド間抗争は法で固く禁じられている!ヘラクレスでさえ、こちらの世界では直接的な暴力は振るえないんだ!ジャン、あまり俺を笑わせないでくれ!ハハハハハ!」


「……フッ、そうですね」


 ハンニバルがあまりにも笑い飛ばすものだから、ジャンも不安を忘れて笑みを返した。


「今宵の酒はうまい!……よし!」


 ハンニバルはゆっくりと立ち上がり、すうっと大きく息を吸い込んだ。


「お前らァ‼今日は好きなだけ飲めェ‼すべて俺のおごりだァ‼なんせクズのおかげで懐が潤ってるからなァ‼」


 その言葉で、場が一層盛り上がった。

 さらにハンニバルは、グラスを掲げて、


「我らがアイリスに乾杯‼なんてな!ギャハハハハハハハ‼」


 ギャハハハ!と笑い声が重なって弾ける。

 その下卑た喧騒は、ギルドの外にまで響くほどだ。


 そこにいる誰もが、心の底から嗤っていた。突然得た資金に疑問を抱くこともなく、その金が自分たちの為に浪費されることを望んでいた。


 満足気に席に着いたハンニバルは、財宝を撫で回しながら、杯のビールを一気に飲み干す。

 彼は切に思った。こんなに美味いビールならば、いつまでも飲んでいたいと。


 途方もない爆音が本拠地を揺るがしたのは、その時だった。

 雷光と共に、正面玄関が吹き飛ばされたのだ。


 全員が身を強張らせ、一瞬にしてその場が静まり返る。

 外界の暗闇を背にして佇むのは三つの人影。

 その内の、真ん中にいる赤い目をした男の右手には雷が纏われていた。


小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】の冒険者たちが、呆気に取られる中、ハンニバルが声を荒げた。


「て、てめえら!俺のギルドに何しやがるッ!」


 その声に、赤い目の男、ローグ=ウォースパイトが返答する。


「いや、ノックしても返事がなかったんで」


「はあ⁉聞こえるわけねえだろ!バカかてめえは!」


「確かに、楽しそうな笑い声が外まで漏れてたな」


 そう言うローグの目は完全に据わっていた。彼の両脇にいるリザとキヨメも同様だった。


「そもそもてめえら何者だ⁉賊か⁉俺たち相手にタダで済むと思って――」


 ハンニバルの怒声は、ガン!と響いた銃声によって遮られた。突然の攻撃を受けた彼の体はボールのように床を跳ね転がって奥の壁まで激突し、気絶した。


「……喧しい」


 引き金を引いた張本人であるリザを見て、【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】のメンバーたちは戦慄した。誰一人として、その瞬間を捉えることができなかったからだ。

 それはギルド一の実力を誇るジャンとて同様であった。そして、息を呑んでリザを見ていた彼は、あることに気づく。


(あの赤い髪のガキ……、まさかアイリスが連れていたガキか……⁉)


 ドクン、とジャンの心臓が跳ね上がる。


(こいつら、まさか……!)


 ジャンの嫌な予感は、ローグの言葉で確定することになった。


「さて……、よくも仲間を笑ってくれたな。――ついでに、俺たちのことも笑ってくれよ」


「ッ!」


(やはりこいつら、アイリスの――!)


 ローグは雷を強く迸らせ、キヨメはゆっくりと抜刀する。

 三人の敵意を受けて、【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】の冒険者たちは一斉に逆上した。


「こんな賊共なんざ、殺しちまえ‼」


「【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】に喧嘩を売ったこと、後悔させてやれ‼」


 ただ一人、一番の実力者であるジャンだけは逆上するようなことはなかった。リザの動きを見て、彼の戦意は既に削がれていた。

 半端に実力があるからこそ、わかってしまった。

 自分がどう足掻いても勝てないほど、奴らは強すぎると。奴らを怒らせてしまった時点で、自分たちの運命は決まっていたのだと。


 押し寄せる五十人余りの冒険者を前にして、ローグはリザとキヨメに注意を促した。


「お前ら、分かってると思うけど殺すのはナシだからな」


「ええ、承知していますとも」


「半殺しはアリ?」


 リザの問いに、ローグは数舜だけ考えて、


「――アリ」





 翌日、新聞の一面にとある事件が大々的に飾られた。

 それは、たった三人の賊により、Dランク冒険者ギルド【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】が一夜にして完全崩壊を喫したというもの。

 重傷者は多数出たものの奇跡的に死者はゼロ。また、ギルドの金庫にも一切手が付けられてはいなかった。


 冒険者ギルドが襲撃されるという前代未聞のこの事件は、たちまち国中に知れ渡り、しばらく世間を騒がせることになった。

 それと同時に、国民たちの間に様々な疑問が生まれた。

 なぜこのギルドは襲われたのか。この賊たちは一体何者なのか。

 それらの真実が明らかになることはなかったという。




**********

『59話 アイリスの仲間たち』に続く

**********



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― 新着の感想 ―
[一言] 某名状しがたきもの「(誰がやったのか)ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」
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