57話 そして奴らは立ち上がる
まるで走馬灯のような夢を見ていたアイリスは、ベッドの上で目を覚ました。
「ご気分はいかがですか~、アイリスちゃん」
「……セラさん」
すぐ横から聞こえてきたほんわかした声は、白髪の若奥様であるセレーナ=セプティムスのものだ。
彼女がいることから、ここがイザクとセラのログハウスだと察した。
アイリスは体を起こそうとすると、
「~~~ッ⁉」
ひどい頭痛に見舞われた。
頭に手を添えてみれば、包帯が巻かれているのがわかった。
「まだ体を動かしてはいけませんよ。リザちゃんが連れてくるのがもう少し遅ければ、手遅れになるところでした。それほど危ない状態だったのですよ」
「リザさん、目を覚ましたんですか……?」
「はい。他の皆さんも帰ってきていますよ~」
「そうですか……。良かった……」
「アイリスちゃん。あの人を……イザクを連れて帰って来てくれたこと、本当に感謝しています。ありがとうございました」
微笑んで礼を言うセラ。しかし、アイリスは目を逸らして、
「やめてください。私は……何も出来ませんでした……」
「……?」
消え入りそうな声はセラの耳には届かなかった。
「とりあえず、皆さんを呼んできますね~」
「あ、待ってください!」
椅子から立ち上がろうとしたセラを慌てて呼び止める。
何かを恐れている様子の少女に、セラは小首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「私は、【異界迷宮】の中で迷惑をかけたうえに、宝まで奪われてしまいました。……怖いんです、皆さんと顔を合わせることが」
「誰も責めるようなことは言っていませんでしたよ~。むしろアイリスちゃんを心配するばかりです」
「そうでしょうね……。皆さん良い人たちですし……」
アイリスはシーツをギュッと握りしめ、
「だから、わからないんです……!どんな顔で会えばいいのか!どんな言葉で謝ればいいのかが!前のギルドではへらへらとしていればいつもそれで済んだのに!そうすることしか知らないから、いっそボロクソに罵倒してくれた方が楽なんですよ!」
目に涙を滲ませて声を荒げたアイリスは、ハッとして顔を俯かせる。
無意識にセラに当たり散らしてしまったのだ。自分でも、こんな風に感情を露わにしてしまうとは思ってもみなかった。
それだけ彼女の精神がすり減っていることでもあるのだが。
そんなアイリスの言葉を聞いても、セラは眉一つ動かすことなく微笑んでいた。
「なら、いつものようにへらへらとしていればいいんですよ」
「……えっ?」
やはりセラを怒らせてしまったのかと、顔を上げたアイリスだったが、どうやらそうではないらしい。
「人というのは誰しも、泣き顔よりも笑顔を好むものだそうです。困った時は笑っておけばいいと、イザクが言っていました」
セラはアイリスの乱れた金髪を手櫛で梳きながら、懐かしむように語り始めた。
「私は昔、あるギルドに所属していました。入団当初はメンバーたちから避けられていたのですが、当時からギルドマスターをしていたイザクの言う通りに、どんな時でも微笑むようにしました。すると彼らは次第に、私を仲間として認めてくれるようになったのです。
そんな私の経験論からすれば、アイリスちゃんが前のギルドでしてきたことは間違ってはいなかったと思いますよ~。問題があるのは、その努力を蔑ろにしてきた方たちの方でしょうね」
「――!」
碧い瞳が見開かれた。
ある意味たった一人でもがき続けた二年間。
それを肯定されたことで、アイリスの涙腺が決壊する。
「……それじゃあ、私の二年間は、無駄じゃなかったんですか?」
「はい」
「……私にも心からの仲間が、出来るんですか⁉」
「もちろんです」
「ひうっ……、うあああああああんっ!」
「は、入り辛くなってしまいましたね……」
アイリスたちがいる部屋の外側の廊下には、ローグ、リザ、キヨメの三人がいた。
中から聞こえてきたアイリスの泣き声に、キヨメは扉の取っ手からそっと手を離した。
「ごめん。あの子の心が傷ついてたことは、私が一番知ってたんだ。私がもっと早く目覚めてればこんなことにはならなかったのに」
「そんな、決してリザ殿のせいではありません。どうかお気になさらず」
「……うん、ありがとキヨメ」
三人はそれぞれ口を閉ざして壁にもたれかかる。
窓から差し込む月の光がその空間を青白く照らし、アイリスが涙する声だけがうっすらと響き渡った。
するとローグが、すぐ隣にある窓の外に目をやりながらポツリと呟いた。
「……初めてだったよ」
リザとキヨメは目線だけを彼に向ける。
「無事に帰ったことを誰かに泣いて喜ばれるなんて、今まで一度もなかった。そのせいかな……。あの時のアイツの顔が、頭から離れん」
【異界迷宮】の遺跡エリアにて、イザクを連れてアイリスと再会した時の彼女の顔を、ローグは今でも鮮明に思い起こすことができた。
「アイツは……良い奴だよ」
リザがローグの言葉に頷き、自分の体験を語る。
「そうね。私も、ヘラクレスの連中に襲われた時、あの子は命懸けで私を庇ってくれたし」
さらにキヨメが続く。
「拙者も、落ち込んでいる時にアイリス殿が励ましてくださりました」
「「キヨメも落ち込むんだ」」
「……なぜそこまで息を合わせられるのかは、今は追及しないでおきます」
リザがこほんと咳払いして、懐から馬の絵が描かれたバッジを取り出した。
「……私が起きた時、アイリスはこれを握って倒れてたわ。多分、宝を奪った奴と揉み合いになってこれを掴んだんでしょうね」
「ギルドの徽章ですか」
「ええ。絵柄からして、セラさんの言ってた【小心者の子馬】ってギルドだと思う」
「……あ、今思い出した。どっかでその名前を聞いたことがあると思ってたが、アイリスの所属してたギルドだ」
「それ本当……?じゃあコイツら、アイリスを追放した挙句、宝を奪い取ったっていうの?」
「そうなるな」
「むう……」
再び三人は沈黙した。
そこに、階段をゆっくりと上がってきたイザクが姿を見せた。
「若人たちが揃いもそろって何を神妙な顔しとるのかね」
「イザク殿。もう酔いは醒めましたか?」
「ああ、もう万全よ。そんなことより、お前らいつまでここにいるんだ?」
ローグ、リザ、キヨメは揃って眉をひそめた。
イザクは呆れたように頭を掻いて、
「ギルドの仲間が傷つけられたんだ。そしたら、その仇を討つのがギルドってもんだろうが」
「【異界迷宮】の外でギルド間抗争をしろってのか?オッサン、流石にそれは問題になるだろ」
「何寝惚けたことを言ってんだ。俺たちはまだ正式にはギルドとして成り立っちゃいない。それに、取られた物を取り返しに行くだけなんだから、何も悪いことはない」
「……それもそうだな」
ローグはリザとキヨメを見て、
「なら、行くか?駄馬退治」
彼女たちは黙って頷く。
するとイザクがニヤリと笑ってこう言った。
「俺はまだマスターじゃないが、お前たちに一つ条件を出しておこう。
――派手にやってこい」
**********
『58話 世間を賑わすある事件』に続く
**********




