表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/124

56話 アイリス=グッドホープ 後編

 十五歳になったアイリスは、冒険者になりたいという思いを母に打ち明けた。

 知りたかったのだ。父が命を捨ててまで守ろうとした、『仲間』というものを。


 実の兄に続いて、夫まで亡くした母は当然猛反対した。娘まで喪うまいと必死だったのだろう。

 それでもアイリスの意志は固く、初めて本気で母と衝突した。

 結局、母は最後まで認めてくれなかったため、アイリスは無理やり家を飛び出した。それから一度も母に顔を見せていない。





 父のギルドは既に解散していた。

 仕方なく他の冒険者ギルドの門を叩くが、アイリスのステータスに目を通すと誰もが嘆息した。

 唯一、良い反応を示したのは【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】という弱小ギルドだった。二十回以上もギルドの入団試験を落ちていたアイリスは、嬉しさのあまりなぜ自分の入団が認められたのかを気に留めることはなかった。


「マスター。どうしてあんな子の入団を認めたんですか?アレでは【異界迷宮(ダンジョン)】では役に立ちませんよ」

希少(レア)才能(ギフト)》持ちがいるだけで、少しは依頼の数も増えるだろ。ギルドに籍を置かせるだけでいい。あんなゴミに、冒険なんかさせる必要はない」


 入団して数か月経っても、アイリスはパーティを組んで【異界迷宮(ダンジョン)】へは潜れなかった。迷い猫探しや靴磨きなど、最低レベルのクエストしか受けられず、報酬も雀の涙ほど。


 このままでは冒険者ギルドに入った意味がない。

 そう思ったアイリスは、当時から【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】で一番の腕前だったジャンに頭を下げて、パーティに入れてもらうように頼み込んだ。


「わかった。だが、戦えないお前には荷物持ちとしてサポートをしてもらう。今日から俺たちは仲間だ!」


 その言葉を聞いた時、ようやく父に近づけた気がしてアイリスは胸を高鳴らせた。


「あんな奴をパーティに入れてどうすんだよ、ジャン」

「そうよ。邪魔になるだけだわ」

「サブ、キャロル。お前ら、資源運びが面倒だって前から愚痴ってただろ。雑用は全部アイリスにやらせればいいんだよ。……それに、いいストレス発散ができると思ってな」


 念願だったパーティでの冒険は、アイリスの想像していたものとは大きく異なっていた。

 モンスターに襲われても仲間たちは助けようともしてくれず、荷物を少しでも落とそうものなら暴言が飛んでくる。

 

 楽しくなんてない。むしろ辛いことばかりだ。

 これが仲間というものなのだろうか?父は本当に、こんな人たちのために命を投げ出したのだろうか?

 そんな疑問ばかりが頭にチラつくようになっていった。




 いっそのことギルドをやめてしまおうかと考えていたある日、小さな酒場で食事をしていたアイリスは、隣のテーブルのこんな会話を耳にした。


「ねえリザ、知ってる?この前、私たちと同じ十六歳の冒険者が異名をもらったんだって。それも三人も。たしか、【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】所属のジュウゾウ=ハザマとナナハ=シラヌイ。それから【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】所属のロー」


「ぐああああ!聞きたくない!聞きたくなぁい!そんな不愉快な話するなー!」


 赤い髪の小柄な少女が騒ぐので、アイリスはつい二人の少女の会話に聞き耳を立てた。


「あはは!ゴメンゴメン。ホント同世代の武勇伝が嫌いだねー」


「……アンタ絶対私をからかってるでしょ?」


「そんなことないって。それにしても、こんな辺境の町にまで名が届くってすごいよねー。私たち支援者ギルドの団員からしたら縁のない話だよ」


「フン!そんな奴らよりも絶対私の方が強いんだ!いつか冒険者になって、そいつらをボッコボコにして見返してやる!」


「何もしてない向こうからすればたまったものじゃないね……。でも冒険者に憧れるのもいいけどさ、リザくらい生産系《才能(ギフト)》に恵まれていれば、そっちの道でいっぱいお金を稼いで幸せに暮らせるんじゃない?」


「……《才能(ギフト)》に沿った道に進んでも、必ずしも幸せになれるわけじゃないわ。大事なのは、自分が『何をしたいか』でしょ。それを貫いてこそ、本当に幸せになれると思う」


 赤髪の少女の言葉が妙に、アイリスの心に響いた。

 やはり、どうしても父の抱いた気持ちを確かめたい。

 彼女はなにがなんでもジャンたちに、自分を仲間だと認めさせてやろうと決意した。


「まあ、何を目指すかは自由だとして、とりあえずまともな生活が出来るほどのお金を稼がないとね」


「うぐっ……」


「そんなわけで、こんなチラシを見つけてきたんだ。【山猫の台所(リンクス・キッチン)】っていう設立したばかりの支援者ギルドで、団員を募集中なんだって。ここに採用されたら報酬が今のギルドの五倍になるよ。リザ、一緒に受けに行かない?」


「…………行く」





 その後二年もの間、アイリスはジャンたちの荷物持ちを続けた。

 彼らとの繋がりが太く強くなっていると信じて。


 そして、彼女にとって最大の危機であると同時に、最大のチャンスと呼べる出来事が起きた。

 シルバーバッグの急襲だ。

 ここで彼らを助けることができれば、せめてその勇姿を見せることができれば、必ずや自分のことを仲間だと認めてくれるだろう。

 そんな密かな期待を抱いて、モンスターに恐怖しながらも立ち向かっていった。


 だがしかし、それも失敗に終わった。

 挙句の果てには、仲間討ちのレッテルを貼られてギルドを追放される始末だ。


 二年以上の努力が水の泡になったことで、アイリスの心はついに折れてしまった。


(私はただ、自分の命を捨ててでも助けたいと思える仲間が欲しかっただけなのに)


 このまま母の元に帰ろうかとも考えたが、何も答えを得られないまま帰る決心がどうしてもつかなかった。




 働き口を探して、【幸福への(フォーチュン・)羅針盤(ピクシス)】を訪れたアイリスは、偶然それを見つけた。

 ギルドを囲う外壁にあった一枚の貼り紙だ。

『新規冒険者ギルド設立につき、創設メンバー募集』という大きな見出し。その下に小さく書かれた、『来る者拒まず』という文字に心を惹かれた。


 父の気持ちを確かめたいという思いが、ほんの小さく再燃した。


(このまま終わりたくない)


 誰も気にも留めないようなその貼り紙に、アイリスはもう一度だけ縋ってみることにした。




**********

『57話 そして奴らは立ち上がる』に続く

**********



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ