53話 帰還
「ハァッ……ハァッ……!出口が見えてきましたよ!」
「イザク殿……ッ!もう少しの辛抱です!」
「ぜー……ぜー……、もうダメ、吐きそう……」
アイリス、キヨメ、イザクは最初のエリアである密林エリアを必死に走っていた。
三人とも息を荒げているのは、追われているからだ。
足音を掻き消すように無数の羽音を響かせるのは、人間大の大きさをした夥しい数の蜂だった。
『アーミーワスプ』。鋭い毒針を有し、常に集団で移動する。個々の戦闘力は中級程度だが、集団であれば上級に匹敵する厄介なモンスターである。
偶然にも『アーミーワスプ』の巣の近くを通りがかってしまったことで、アイリスたちは標的とされてしまったのだ。
「き、気持ち悪……」
急に走ったことでイザクが再び吐き気を催し、三人の移動速度は落ちていた。
「むう……」
このままでは追いつかれると悟ったキヨメが口を開く。
「アイリス殿。拙者の代わりにリザ殿をお願いできますか?」
「えっ、いいけど、どうするの?」
「拙者はここで奴らを食い止めます。魔力が切れてしまった以上、リザ殿を抱えたままではそれを果たせそうにありません」
「ひ、一人じゃ無茶だよ!」
二人の会話に、顔色の悪いイザクがで割って入った。
「俺も手伝おう……、キヨメの嬢ちゃん。走るより、ここで援護する方が楽かも……」
「しかし、それではアイリス殿が」
キヨメは、アイリスに心配の眼差しを向ける。
「大丈夫だよ、キヨメちゃん。ここまで何も役に立ってないから、せめてリザさんとこの宝は私一人でもしっかり守るよ!」
これ以上、皆に迷惑をかけたくない。その一心からの言葉だった。
そんなことを思っているとは夢にも思っていないキヨメは、ニッと笑って頷いた。
「承知しました……!また後ほどお会いしましょう!」
リザをアイリスに任せて、イザクと共に『アーミーワスプ』の群れに向き直る。
「二人とも無事に帰ってきてください!」
自身の大荷物と宝が入ったイザクのバックパックを背負い、そしてリザを抱きかかえたアイリスは、【異界迷宮】の出口へと一人走っていった。
「…………」
アイリスが遠ざかっていく様をイザクは横目で見やっていた。
「イザク殿!蜂たちが来ます!」
「ああ……」
荷物運びには自信のあったアイリスだが、流石に今抱えている重量はきつかった。
滝のように汗を流しながら、アイリスは懸命に走る。
そして、
「――!」
出口である黒いモヤ、【異界門】を視界に捉えた。
自然と足に力が入る。
ラストスパートをかけるように速度を上げ、【異界門】へと突っ込んだ。
景色が密林から洞窟の中へと一変する。
リザを連れて【異界迷宮】の脱出に成功したのだ。
「よかった……、ハァ……、モンスターに遭遇しなくて……」
今すぐに腰を落ち着かせて息を整えたいところだが、そうもいかない。
また冒険者と鉢合わせして、襲われたりなどしたらひとたまりもない。
(皆を待っていたいけど、今はリザさんの安全を確保しなきゃ)
アイリスは息を乱したまま、セラの待つログハウスまで戻るために再び歩き出す。
洞窟を出ると、陽の光に出迎えられた。
【異界迷宮】内の疑似的な陽の光より、やはり元の世界の方が心地良い。
優しく包まれているような気持ちになり、アイリスは思わず口元を緩めた。
「――ハハハ!こいつは驚いた!なーんでお前が出てくるんだ、アイリス!」
不意に掛けられた言葉に、少女は身を強ばらせた。
自分を見下すような、聞き覚えのある声。
おそるおそるアイリスが顔を向けると、そこには見知った顔が三人。
声を掛けたのは、剣を携えた青年ジャンだ。彼の両隣には、弓矢を背中に担いだ青年サブと、レイピアを腰に差した少女キャロルがいた。
かつてアイリスが所属していたギルド、【小心者の子馬】のメンバーたちだ。
彼らの姿を見咎めた途端に、アイリスの表情が険しくなる。
「皆さん……、いらしてたんですね……」
「おいおい、そう怯えることないだろ。傷つくな~。一緒に冒険した仲じゃないか」
笑みを浮かべて言うジャン。他の二人も、妙にニヤニヤとしている。
「はは……、そうですね……」
嫌な予感がした。とにかく早く彼らから離れなければと思い、歩を進めようとする。
「……すみません、この人を早く休ませないといけないので、私はこれで」
「待てよ、アイリス。折角会えたのにつれないな」
しかし、すぐさまジャンに肩を掴まれる。
「あ、あの……」
「ところでさあ」
「――!」
ジャンの目を見た瞬間に、アイリスは背筋が凍った。
「そのバックの中身、俺たちにも見せてくれないか?」
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『54話 アイリスと【小心者の子馬】』に続く
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