52話 愚かな後輩へ贈る
痙攣にも近い感覚で、ヒュースのまぶたがゆっくりと開いた。
(体が動かない……)
【怪物混成】状態ならば自己回復が早いはずであるのに、ダメージは一向に抜けない。
思い返せば、ローグに手も足も出なかった。言い訳の余地などない。誰がどう見ても二人の優劣は明らかだ。
「クソ……」
敗北を実感し、掠れるような声で呟いた。
すると、
「やっと起きたか」
少し離れたところから、忌々しい声を掛けられた。
首すらも動かせないので目玉だけでそちらを見ると、ローグが瓦礫に腰を下ろしていた。
「まだいたんだ……」
「悪いがお前の懐にあった最後の高等回復薬は使わせてもらった。【若雷】を使ったせいで、体中筋肉痛だったからな」
「わざわざそんなことを言うために、俺が目覚めるのを待ってたの……?」
「……いや、愚かな後輩に先輩としてのアドバイスを伝えておこうと思って」
ヒュースは不快そうに目を細める。
「……そういう上から目線がムカつくんだ。必要ないよ、俺には」
ローグは僅かに口端を吊り上げて、
「お前は、井の中の蛙なんだよ」
「!」
「俺もそうだった……。入団当初は自分が世界で一番強いと思ってた。天才。神童。周りが勝手にそうもてはやす。調子に乗って自尊心だけが大きくなっていき、実力が伴わないまま八豪傑の地位についた。お前はそうあることにまだ気づいてねえだろうがな」
自分の手を見下ろしながら淡々と告げるローグに、ヒュースは眉をひそめた。
「……どういう意味?」
「八豪傑には全員会ったか?」
「……?会ったことあるのは、ライラ、クラン、オリガだけ……。他の四人とはまだかな」
「なんだ、あの人たちまだ遠征から帰ってねえのか。……まあいいや。そのうち会うだろ」
「それが?」
「その四人の遠征組は十年以上も八豪傑の地位にいる。俺はあの人らと会った瞬間に自分が見ていた世界が如何に狭かったのかを痛感させられた。……上には上がいるんだよ、ヒュース」
ヒュースは黙った。ついさっき全力を捻じ伏せられ、それをわからされたばかりだったのだから。
「お前は俺を早熟型だって言ったが、実際その通りだった。当時の俺は、もう魔法スロットもすべて埋まっちまってそれ以上成長のしようがなかった。ただ人より魔法の数が多いだけ。強力な希少魔法や固有魔法のなかった俺には、どう足掻いても遠征組より強くなる余地がなかったんだ。
そのことでお前だけじゃなく、他の連中から疎ましく思われてることも知ってた。だからせめて八豪傑っていう名に恥じないように、持ってる武器で戦術・戦略を練って全霊でクエストに挑み続けた。地位だけでも、あの人らに肩を並べていることがちっぽけな誇りだったから」
だが、と区切ってローグはじっとヒュースを見据えた。
「結局、お前という新しい金づるを見つけたジジイに見限られたけどな」
「…………」
ヒュースは目を逸らすように天を見上げる。ローグは構わず続けた。
「ま、今となっちゃ、呪いを受けて魔法が全部なくなったのは、俺にとって良かったことかもしれねえな。なんせ久し振りに味わえたんだ、成長する喜びを。そして、俺はまだまだ強くなれる……!この先、楽しみで仕方ねえ」
そう言うと、ローグは立ち上がった。
「ヒュース。お前もまだ強くなれるんだ。俺ばかりに拘ってねえで、もっと凄い奴を目標にしろよ。世界は広い。世の中には、神種を軽くあしらう奴とか、戦闘系の魔法がなくてもめちゃくちゃ強い奴だっているんだからよ。
……さて、新しい仲間が待ってるから、そろそろ帰るわ。今回だけは見逃してやる」
「――!待て!」
踵を返して歩き出すローグを、ヒュースは慌てて呼び止めた。
「どうしてそんなことを言う……!俺を許したっていうのか!」
「……あァ?」
「ッ!」
それまでと一転して、怒気の籠った声にヒュースは身を強ばらせる。
ローグは背を向けたまま言った。
「勘違いするなよ。俺を殺そうとしたことも、アイツらを殺そうとしたことも、この先許す気はねえ。それを忘れることも許さねえ……!」
「だ、だったら何で……ッ⁉」
「…………」
数秒の静寂が訪れる。
ヒュースが眉をひそめていると、ローグが半身だけ向き直る。
「お前は俺とまったく同じ道を辿ってる。……流石にそこまでクズじゃなかったが、昔の自分の見てるようでむず痒いんだよ。それだけの話」
「……はあ?」
「せいぜい俺に完膚なきまでにボコられたことを胸に刻んでおけ、『怪童』さんよォ!わははははははッ!」
ローグは茶化すように嘲笑して去っていった。
ただ一人その場に残された少年は、吐き捨てるように呟く。
「……ホント、ムカつくなぁ」
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『53話 帰還』に続く
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