49話 お返し
「アイリス=グッドホープです……。よろしくお願いします……。――あ、あの大丈夫ですか?」
「はは、平気だ……。俺はイザク=オールドバング……。よろおええええ」
「全然平気そうじゃない⁉」
「イザク殿、まだ無理はなさらずに」
ローグ、アイリス、キヨメ、そしてイザクの四人は、リザが眠っている廃墟の物陰に集まっていた。
未だ目を覚まさないリザに目を向けながら、ローグが口を開く。
「リザは、神種にやられたのか……?」
その問いに、アイリスは身を縮こませてかぶりを振った。
「神種とサラマンドラがここを離れた後……、ヘラクレスに所属しているという二人の冒険者に襲われたんです。鉄を操る人と腕をカマキリみたいに変える人でした」
「な……ッ、本当かそれ⁉何で奴らがここに⁉」
「ここには、キヨメちゃんを探しに来たと言っていました」
「え、拙者ですか?」
いきなり名前を上げられ、目をパチパチさせるキヨメ。
「何でも、キヨメちゃんがヘラクレスに入るはずだった、と。ローグさんはこのことを知ってたんですか?」
「あー……」
ローグとキヨメの目が合う。
これ以上、秘密にしておくのは無理だと悟ったローグは、正直に打ち明けることにした。
「……まあ、全部知ってた。お前らに黙ってたのは、Aランクギルドに所属してるキヨメを、無理に新規ギルドに入らせようっていう考えに反対されると思って」
「そうだったんですか……」
するとキヨメが彼の耳元で囁く。
「よろしいのですか、ローグ殿。ヘラクレスの極秘クエストとやらのことがバレてしまうのでは?」
「は?……あー」
(そんなことも言ったなぁ)
ローグは苦笑して、
「すまん、あれ嘘だ。そもそも俺ヘラクレスを追放された身だし」
「ええっ⁉」
「悪かったな。騙してこんなところまで付き合わせて。この【異界迷宮】から出たら、ヘラクレスに入るなりハウンドに戻るなり、好きにしてくれ。正直お前がいてくれたら心強いんだが、こればっかりは仕方ねえな。どのギルドに腰を落ち着かせるのかはお前の自由なんだから」
「拙者の……自由……」
ブツブツと呟くキヨメを尻目に、ローグは二つ目の質問をアイリスに投げかけた。
「だけどよ、一番わからねえのは何でお前らが襲われたりしたんだ?理由がねえだろ」
「そ、それは……」
アイリスは気まずそうに目を逸らす。ローグには、彼女が何か隠していることはわかっていた。それが、誰かの為を思ってであることも。
「頼むアイリス、本当のことを教えてくれ」
そして、ローグの真剣な目を見たアイリスが折れた。
「……ローグさんの名前を出した途端、急に襲われたんです。理由は……よくわかりません……」
「……ッ!」
そんな気はしていた。だが、そうであって欲しくはなかった。自分が憎まれているというくだらない理由だけで、アイリスとリザが襲われるなんてことがあっていいわけがないのだから。
「リザさんが私を庇いながら戦ってくれて……、それで――」
「その二人ってのは、今どこにいる?」
「……えっと、一人は向こうで……亡くなっています。リザさんと戦って。もう一人は、下へと降りて行きました」
「そうか……。ちょっと、その死体を見てくる」
それだけ言い残して、ローグはその遺体の元へと向かった。何となく放っておけないと思い、アイリスも彼の後を追う。
キヨメたちがいる場所からでも見えるところに、、真っ赤な遺体があった。死後数時間が経過し、全身至る所から噴き出した血は固まっていた。
「コイツか……」
「ローグさんのよく知ってる人でしたか?」
「……ギャロン=ホールズ。良くない噂の多い奴だったよ」
(だが、実力は確かだった。ヘラクレス以外のギルドなら間違いなくエース級。リザはアイリスを庇いながらコイツに勝ったのか……。すげえな……)
死体の周辺は、際立って破壊痕が凄まじかった。リザとギャロンの戦闘が如何に激しいものだったかを物語っている。
目を閉じれば、必死になって戦う赤髪の少女の姿が容易に想像できた。
だからこそローグは遺体を見下ろしながら怒りを込めた静かな声で言う。
「こんな奴に、これっぽっちも同情はねえな」
「そうですか……」
アイリスは、ローグが【豪傑達の砦】と敵対関係にあるとよく知っている。だが、まさかここまで過激に事を起こすほどの関係だったとは思ってもみなかった。
自分と同様に、ローグもギルドとの因縁でひどく悩んでいたのだと理解できた。
「すまん……。俺のせいで、本当に迷惑をかけた……」
すると、ふとローグが謝りだした。
「え……、な、何でローグさんが謝るんですか!」
「もしも……、俺への当てつけのせいでお前らが殺されてたらって考えると、心底怖くなった。今なら、お前のさっきの言葉の意味がよくわかる。だから、これだけ言わせてくれ。
生きててくれて、よかった」
「……!」
ローグの言葉を聞いたアイリスは、一瞬にして目頭が熱くなり、喉の奥が渇いていくのを感じた。
自分が抱えていた不安を理解してくれたことが、不謹慎であるとわかりつつも嬉しかった。
気を抜けばまた泣いてしまうと思い、慌ててまくしたてる。
「な、なんですかそれ!私の恥ずかしいセリフを真似してからかってるんですか!」
「……わはは、お返しだ!また泣いてもいいんだぞ。ほれほれ!」
ローグも自分が吐いたセリフが急に恥ずかしくなり、語気を強めたのだった。
「ぐ……、先に戻ってますから!まったくもう!」
やいのやいのと責められるので、アイリスは踵を返してキヨメたちの元へと引き返す。
「はははは……、…………」
その後ろ姿をおどけた目で見送っていたローグだったが、やがて鋭い視線に変わっていく。
今、彼の頭の中は、アイリスたちを襲ったもう一人の冒険者のことでいっぱいだった。
(ヘラクレスの冒険者で、モンスターの姿に化けられる奴なんて数人に絞られてくる。その中で、数種類のモンスターに化けられ、さらにギャロン以上の悪意を持った奴なんて一人しかいない……。何となくだが、予感はあった。だが、それが確信に変わった。
――あの時の狼冒険者は、間違いなくヒュースだ)
グッと拳を強く握る。血が滲んでくるほどに。
(他の奴に手を出すだと……?あの野郎……ッ、ぜってえ許さねえ……!俺を怒らせたことを、死ぬほど後悔させてやる……ッ!)
**********
『50話 ローグVSヒュース』に続く
**********




