48話 再会
「ああああああ死ぬ死ぬ死ぬぅ‼早くスピード緩めろオッサン‼」
「イ、イザク殿ぉぉぉぉッ⁉」
「――――」
猛スピードで落下してくるのは青ざめた顔の三人。その内、叫び声を上げているのはローグとキヨメだ。もう一人の男イザクは、なぜか真顔のまま口を閉じている。
彼らの姿を見つけたアイリスは、三人が落下してくるであろう地点へ走っていた。
目に涙を溜めながら、派手に転びながら、駆ける。
それだけ、ローグとキヨメが無事だったことが嬉しかった。
(生きてる……!生きてる!今はそれを素直に喜ぼう……!)
ゴシゴシと袖で涙を拭い、再びローグたちに視線を戻す。
(……あれ?)
そして、何かがおかしいと気づいた。
(何で上から落ちてきたのかは今は置いておこう。それよりも、あんなスピードで落下して、うまく着地できるのかな……?)
三人は一向にスピードを緩める気配はない。落下地点にはクッションになる物もない。
(きっと何か考えが……。いや、でも、もう間に合わ……)
アイリスが危惧した通り、三人はそのまま地面へと落ちていった。廃墟の向こうでドドドォン!と激しい衝突音が響く。
サーッ、とアイリスの顏が真っ青になった。
「わあああ!二人ともーッ!」
「クソオヤジコラァ!スピード緩めんのが遅すぎんだよ!危うく死ぬところだっただろうがァ!」
「…………」
頭に巨大なタンコブを作ったローグが、イザクの襟首を掴んでブンブン振り回す。
「まあまあ、ローグ殿。無事にこのエリアまで戻れたことですし」
同じく大きなタンコブを作ったキヨメが諭すように言った。
「お前は自分の姿を鏡で見てから出直してこい!」
このエリアに入った時点で、イザクが【反転する星】の重力操作でスピードを緩める手筈になっていたのだが、彼は着地の寸前になってようやく魔法を使ったのだ。結果として、命を落とすことはなかったものの、めちゃくちゃ痛かった。
「ったく。どうせまた、俺たちをからかおうとしやがったんだよ、このオッサンはよォ!おいコラ、黙ってねえでなんとか言え!」
「おえええええ」
「うわっ、吐いた!何でぇ⁉」
「イザク殿⁉」
いきなり嘔吐したイザク。ローグは間一髪飛び退いて、ゲロ塗れになる最悪の事態を免れた。
イザクは泥のような顔色で、キヨメに向けてちょいちょいっと手招きする。
「む?何でしょうか?」
顔を寄せて、耳打ちをされるキヨメ。
「――――」
「ふむ……ふむ……なるほど」
「……何だよ?」
目の前で繰り広げられる茶番劇に、イライラしながらローグが聞く。
「酒が残った状態で浮いたり落ちたりしたから、気持ち悪くなったそうです」
「知るかァッ!」
「ぐぼあっ」
親指を立ててきた男を蹴り飛ばしたことで、ローグはようやく少し落ち着いた。
「結局しょうもない理由なのかよ。こんなゲロ野郎を一瞬でも凄いと思った自分が恥ずかしい……」
「え?今何と?」
小声で呟いたつもりだったのに、キヨメは耳聡くそれを聞きつけた。
別に、とローグは一言だけ返答する。
「しかし、拙者たちがいた時に比べて、辺りはかなり荒れていますね」
「俺たちが落ちた後も、あのモンスター共はしばらくここで争ったんだろうな」
「むう。なぜ、神種はここに現れたのでしょう?【異界迷宮】の主ならば宝物庫前にいるはずなのでは?」
「十中八九、そこのオッサンと遭遇したせいでここに逃げてきたんだと思う。宝物庫前であの神種を見た時、オッサンは驚くような素振りを見せなかった。多分、最初にあのエリアに辿り着いた時に、一度戦ったんじゃねえか。そうだろ?」
ローグが問いかけると、地面に伏したままのイザクは控えめに頷いた。
「その通り……。あのモンスターは……一度逃げ出したんだ。おえ……」
「ほら。良くも悪くも俺たちは、このオッサンに振り回され続けてんだよ」
言いつつ、彼は自分のその言葉が妙にしっくりときた。神種関連のことだけではなく、他にもイザクの意志が働いているのではないかという、ぼんやりとした違和感。
この【異界迷宮】に入った時からか、あるいはもっと以前からか。
だが、今はそんなことを考えるよりも先にやるべきことがある。
「さて、アイリスとリザを探さねえと」
「ちょ……、俺を、置いていかないで……」
「わかってるよ!ゲロ臭いおっさんを連れたまま、歩き回りたくねえの!後で拾いに来るからそこで待ってろ!」
と、その時、キヨメの耳がピクンと動いた。彼女は口元を緩めて、
「――どうやら、その必要はないようですよ」
「あ?」
「ローグさん!キヨメちゃん!」
二人の名を呼ぶ声に、ローグが振り返る。
そこには、膝に傷を作りながら駆けてくるアイリスの姿があった。
「アイリス!なんだよ、思ったより元気そうだな!」
「ご無事で何よりです!アイリス殿!」
息を切らしながら走ってきた金髪の少女。
「……っ!…………」
初めは笑顔を見せていたものの、ローグたちに近づくにつれて表情が険しくなっていった。
「あ、あの……、すみませんでした!」
開口一番、アイリスが口にしたのは謝罪の言葉だった。
「「……?」」
意味がわからず、ローグとキヨメは小首を傾げる。
「な、何で謝るんだ?」
「だ、だって……」
困惑したローグの問いに、アイリスは怯えたように震えながら答えた。
「だって……私のせいで、二人が死んじゃったんじゃないかって……!すごく、恨んでるんじゃないかと……思って……!怖くてたまらなかったんです……」
それを口にした彼女は、堰を切ったように涙を零し始めた。
「アイリス殿……」
少し面食らったキヨメだったが、すぐさま明るい笑顔を作ってみせる。
「……もう大丈夫です!拙者たちはこの通り、五体満足で生きております!何を恨むことがあるのですか!こうしてまた会えたことを嬉しく思っています!」
「うぅ、良かったぁ、キヨメちゃあん!」
キヨメの胸で泣きじゃくるアイリス。
「…………」
その光景に、ローグは何と声を掛けてよいのかわからず立ち尽くしていた。彼は今、激しい動揺の最中にあった。
【豪傑達の砦】に所属していた時、ローグは冒険者として高い地位を得た代わりに、陰口を叩かれたり、殺されかけたりと、仲間運には恵まれてこなかった。
そんな彼にとって、他人に自分の無事を泣いて喜ばれることなど、初めての経験だったのだ。
ぼんやりと二人の抱擁を見つめていると、ふと、キヨメの肩越しにアイリスと目が合う。
「ローグさん。生きていてくれて、よかった……!」
「――!」
ローグの思考が真っ白になった。アイリスの泣き顔が、強烈に胸に突き刺さる。
なぜそんな顔をされるのかわからない。そして最早、自分がどんな顔をしているのかすらもわからない。
ただ一つ確信できるのは、この瞬間のことを未来永劫忘れることがないほど、深く心に刻まれたことだけだった。
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『49話 お返し』に続く
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