47話 大きな怒りと小さな救い
目が覚めて、そこに神種と竜種の姿を見咎めたヒュースは、一目散に元来た洞窟へと駆け戻っっていた。
最終エリアからはかなり距離を離したところで、洞窟の壁にもたれるようにずるずると倒れる。ローグから受けたダメージが未だ抜けきっていなかったのだ。
完全怪物化を解除し、巨狼の姿から元の人の姿に戻る。
「まさか、神種と竜種がいる【異界迷宮】だったなんて思いもしなかった……」
息を荒げながら呟いて、懐から高等回復薬が詰まった小瓶を取り出した。それを一息に飲み干し、すべてのダメージを完治させる。
「八豪傑になって、異名ももらったばかりなのにツイてない……」
ヒュースはしばらく壁に背中を預けたままにして、乱れた呼吸を整えた。
「――――」
落ち着きを取り戻したことで、かえって忌まわしいことを思い出してしまった。それは、ローグに倒された時の映像。同時に、あの瞬間、自分自身が感じたことも。
――奴の方が俺よりも天才だというのか……。
「……、……ッ」
ローグに対して、また、くだらないことを考えた自分に対しての怒りや憎しみが、際限なく胸の内で沸き起こっていく。
「奴の方が……天才だと……⁉なに馬鹿なことを考えてるんだ!俺の方が上に決まってる!あれは不意打ちで負けたからだ!まともにやり合えば、俺が勝つはずなんだッ!」
洞窟中に響き渡ったその怒声は、まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。
「神種共にローグが襲われているように見えたが、みすみす殺される男じゃない。どうにか逃げ切るはずだ……。――そうでなくては困る……」
目を血走らせ、歯を剥いてヒュースは唸る。
「ハハ、ハハハハ。待ってろ……。俺が、この手で殺してやる……!ローグ=ウォースパイトッ!」
飲み水として用意していた水で布を湿らせ、それをリザの額に被せる。アイリスがこの単純作業を行うのは、これで五度目だった。
しかし、リザは一向に目を覚ます気配はない。
「…………」
リザはいつ目を覚ますのだろうか。ローグとキヨメは無事でいるだろうか。
終わりの見えない不安に、アイリスの心が挫けそうになる。
「どうして、私は……もう一度縋ってしまったんだろう……」
震える唇でポツリと呟いた。
アイリス=グッドホープは【小心者の子馬】からの追放を宣告された時、既に絶望のどん底にいた。母の反対を押し切り冒険者となったというのに、期待していたものはそこにはなく、むしろ失望さえしてしまったからだ。
故郷に帰ろうと思っていた。母の手伝いをしながら、適当に生きて、適当に死ねばいいと。
しかし、偶然見つけた新規ギルド設立の貼り紙が、アイリスを引き留めた。
このまま終わるのは嫌だ。
そんな思いが、彼女をもう一度だけギルドに入る決心をさせた。
結果、その判断は間違っていたと後悔している。
口を閉じると訪れる静寂が、彼女の心を一層蝕んでいく。
せめて、誰かの声が聞きたいと切に思った。
と、その時、奇妙な音が聞こえた。
「……?」
アイリスは、顔を上げる、
音は次第に大きくなっていき、それが誰かの声であるとわかった。
一人ではない。複数の叫び声。男性と女性のものだ。
この遺跡エリアの上空、先が見えないほどの吹き抜けとなっているところから聞こえてきた。
天を見上げ、目を凝らす。
そこには小さな点が三つ。
叫び声が大きくなっていくと共に、その姿がはっきりとアイリスの瞳に映る。
「――!」
勢いよくアイリスは立ち上がった。
落下してくるのは人。それも三人。
その内の二人は紛れもなく、彼女が無事でいて欲しいと願っていた人たち。
「あああああああッ‼」
「ぬおおおおおおッ‼」
叫びながら落下してくるその二人は、ローグとキヨメだった。
「よかった……、生きてた……」
ローグとキヨメが無事な姿を目にしたアイリスは、思わず涙を零した。
自分のせいで、死なせてしまったと思っていた。
取り返しのつかないことをしてしまったと胸が張り裂けそうだった。
しかし、二人の姿を確認したことで自分が殺してしまったわけではないと、不安を一つ取り除くことができた。
この時アイリスの心はようやく、ほんの少しばかり救われた。
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『48話 再会』に続く
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