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45話 最大魔法

 最大魔法。

 それは、その人物が有する魔法の中で、最も強力な魔法のことを指す。

 切り札たるそれを使用するのは、目の前の敵を必ず仕留めると決意した時だ。


「こいつでとどめだ。

 ――“黒孔(こくこう)新星(しんせい)”、【崩壊する星(コラプサー)】」


 イザクがその魔法を唱えた瞬間、ローグとキヨメはかつてないほどの悪寒を感じた。

 それはイザク本人からではなく、ディオニュソスの腹部辺りから感じられたものだった。


「何だ……ありゃ……?」


「黒い球……でしょうか?」


 ローグとキヨメが視界に捉えたのは、ディオニュソスの目の眼下に浮かぶ漆黒の球体。大きさは、玉蹴りで使うボール程度。しかし、その小ささからは信じられないほどの存在感と圧迫感が醸し出されていた。

 神種(ゴッド)よりも遙かに危険なものであると、二人の本能が警告を発する。


 反対にディオニュソスは、物怖じすることなく無事な左手を翳した。その手に持った黄金の杯から、ドバァッ!と膨大な量のブドウ酒を氾濫させる。溢れた酒はたちまち津波となって、ローグたちの元へと押し寄せる。


「一瞬でなんて水量を出しやがんだ⁉つーかあの液体はアイツの仕業だったのか!」


 怪物がたちまち赤紫色の濁流を生み出したことに、ローグはまたも目を瞠った。イザクの魔法に圧倒されてはいたが、ディオニュソスもまた遥か高次元の存在であるのだ。

 しかし、その神すらも嘲笑うかのように、イザクは口元を歪めた。


「もう何をしても無駄だ」


 その声に呼応するように、ブドウ酒に呑み込まれながらも今なおディオニュソスの眼前に浮かぶ黒球が唸りを上げ始める。直後、ローグたちの元まで押し寄せようとしていた濁流がピタリと止まった。そして、波打ち際で波が引いていくように、濁流がディオニュソスの元へと後退していく。

 だが、奇妙なことに杯からの氾濫は続いている。そうであるというのに、ブドウ酒の体積はみるみる縮小していく。


「何が起こってる……?」


 そう呟いたローグは、ふと妙な違和感を覚えた。体が見えない何かによって前方に引っ張られるような感覚。彼の隣ではキヨメも同様に眉をひそめていた。

 背後の二人に、イザクが言う。


「動くなよ。それ以上前に出ればお前たちも巻き込まれる」


「……何に?」


「不可避の破壊」


 ついに、すべてのブドウ酒が掻き消えた。それは吸い込まれるように黒い球体へと引き摺り込まれ、触れた途端に目に見えぬほど分解され消滅していたのだ。


 球体が放つのは強力過ぎる重力だった。【崩壊する星(コラプサー)】。近くの有象無象を見境なく引き寄せ、破壊の限りを尽くして虚無へと還す固有魔法。


 やがて球体周辺の大地が砕け、ブドウ畑もろとも渦を巻くように分解吸収していった。そこだけ別世界のように、空間が著しく歪んでいる。


『ZI……GAGA……GAッ‼』


 球体の最も近くにいた怪物、ディオニュソスは強力な引力に必死に抵抗していた。しかし、その体は徐々に破壊の兆しを見せ始める。

 手放してしまった黄金の杯が、有無を言わさず呑み込まれ、それを手にしていた左手も後を追うように千切れて分解された。球体は、切断面から飛び散った紫色の血さえも容赦なく貪り食らう。そしていよいよ体中に亀裂が入り、最期の瞬間が訪れようとしていた。


 イザクは崩壊が始まった神種(ゴッド)の姿を憐れむような目で見つめていた。


「所詮は心を持たない畜生。力だけじゃ、この領域までは辿り着けない。お前たちみたいな存在に生まれなくて俺は、心底よかったと思うよ。来世は人として生まれてこい。――じゃあな」


『――――』


 ディオニュソスは、最早声も発することができずに最後までイザクを凝視していた。二つの視線が交差していたのはほんの数秒。髑髏の仮面の奥で揺らめく不気味な二つの光は、いつしか潰えた。

 怪物の四肢が裂け、頭が砕け、体が崩れる。

 圧倒的な破壊の力の前に、神種(ゴッド)は成す術なく球体に引き摺り込まれ消滅していった。


 イザクが最大魔法を発動してから決着まで、わずか三十秒足らずの短い時間だった。ローグはその一部始終を瞬き一つすることなく、しかと目に焼き付けていた。


 彼は理解する。

 今、目の前にいるこの男こそ、手本とすべき存在。

 いつの日か超えるべき、高き壁であると。




**********

『46話 【異界迷宮】完全攻略』に続く

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