43話 人と竜と神
※次回サブタイ変更しました。
神種ディオニュソスの出現によりローグとキヨメに緊張が走った。
先の戦いでは、魔法攻撃が一切通用しなかった。彼らには神種を打倒する策が何一つないのが現状だ。
「下がってろ、オッサン。あのモンスターはやばい奴だ!」
「……なら、そうさせてもらおうか」
イザクは手を出そうか少し迷いつつも、ローグの忠告に従い一歩下がった。
「馬鹿正直に正面から突っ込むなよキヨメ。アイリスの竜種の力を利用しないと勝てねえ。まずは竜種を拘束してるツタを斬る!」
「承知しました!」
ローグとキヨメが作戦の確認をする背後で、飄々とした男の目が鋭くなる。
(神種相手にどこまでやり合えるか、お手並み拝見といこうか)
ローグは右手を逆手で突き出し、第二の魔法を発動した。
「――“紫電一閃”、【裂雷】」
直後、ローグの頭上から雷が落ちる。雷光と共に彼の右手に吸い込まれるように飛来したのは、刃のない刀。そして、刀身を指でなぞることで雷が迸り、あらゆるものを焼き切ることができる切れ味抜群の名刀が完成した。
「ひゅう」
小粋だと言わんばかりに、イザクが口笛で煽る。
それを皮切りにローグとキヨメがブドウ畑へ飛び出し、一直線に竜種サラマンドラの元に向かった。
『ZIGAAAAッ‼』
ディオニュソスが、叫び声を上げつつ右手の杖を振るった。すると、ローグとキヨメを覆い尽くすように、二人の周囲の木々から大量のツタが押し寄せる。対して二人は背中合わせに陣を組み、ツタの壁を難なく斬り払ってみせた。
「チッ、厄介だなこのエリア。ここにある植物全部、奴の好きに動かせるわけか!」
「む!直接来ます‼」
キヨメが声を上げた直後、猛スピードで突っ込んできたディオニュソスが、杖を突き下ろした。
その一撃は、易々と地面を割き砕く。神種ともなれば通常の攻撃でさえ、『整号』つきの魔法に匹敵する威力を有していた。
咄嗟にそれぞれ横っ飛びで躱した二人だったが、ディオニュソスを挟む形で分断されてしまった。
こうなると、怪物の視線は必ずどちらか一方に向けられる。神種に狙いを集中されることは、ローグとしては避けたかったことだった。
(俺かキヨメか、どっちが狙われる……⁉)
ギギギギ、と不気味な動きで髑髏の面を被った首が動く。ディオニュソスが狙いをつけたのは、キヨメだった。
「くはっ、望むところ……!」
キヨメは不敵に笑ってみせるも、刀を持つ手にグッと力が入る。
彼女は戦闘狂といっても、別に死にたがりなわけではない。まともに戦っても絶対に勝てないとわかっているならば、わざわざ命を捨てに行くような真似はしない。
今まさにその状況に直面しているわけだが、キヨメは退かなかった。なぜなら、これは一対一の戦いではないからだ。共に戦ってくれる者が、勝機を見出してくれると信じていたからだ。
ディオニュソスがキヨメの方に体を向けた時には、ローグは既にサラマンドラの方へ駆け出していた。最悪な展開になることなど、冒険者にとっては日常茶飯事だ。ならば、その状況で最善の行動を選択しなければならない。
現状の最善とは、キヨメが囮になっている隙に一早くディオニュソスの敵を増やすこと。自分たちの生存確率を上げるためにはそれがベストだった。
「おおおおッ!」
ローグは雷を帯びた刀を振るい、サラマンドラを拘束していたツタを切り裂いた。
『グルゥアアアアッ』
自由の身となった赤い翼竜が、その巨体で存分に暴れ始める。
「許せよアイリス!」
さらに、ローグはサラマンドラの皮膚を軽く斬りつけた。
酔いによって自我を失ってはいるが、サラマンドラは己に害をなす敵がいることを理解した。
ギョロリと、竜種の獰猛な双眸がローグへと向けられ、大きな顎がゆっくりと開く。
その動きが何を意味するかを、ローグはよく知っている。
「その予備動作はもう知ってんだよ!」
サラマンドラの口から光弾が放たれた。
竜種専用の魔法、【竜の息吹】だ。
凄まじい威力を誇るその攻撃だが、発射の直前に回避行動に移っていたローグには当たらなかった。だが、【竜の息吹】の射線上には、別の生物がいる。
ニヤリと、ローグは口元を吊り上げた。
射線上にいた生物、ディオニュソスが【竜の息吹】の爆炎に呑み込まれる。
「よっしゃあ!ざまあみろ!」
しかし、ディオニュソスは健在だった。直撃の寸前に魔法を通さない防御膜を展開していたのだ。
「竜種の魔法でも効かねえのか!だが、とりあえずうまくいった……!」
ディオニュソスはキヨメからサラマンドラへと標的を変えた。
再びツタがざわめき、サラマンドラ目掛けて生え伸びる。
「させるかよ!」
ローグがそれを瞬時に切り裂く。ツタによる拘束が不可能とみるや否や、ディオニュソスはサラマンドラの元へと砲弾のように突進した。
『グルゥアアアアアッ‼』
『ZIGAAAAAAッ‼』
サラマンドラの鉤爪とディオニュソスの杖が激しくぶつかり合う。
「よし、それでいい……!」
怪物には怪物を。
これこそまさにローグの狙った通りの展開であった。
「キヨメ!無事か!」
「ええ……なんとか」
キヨメは膝をつき、刀を支えにしていた。数秒とはいえ、神種と正面から打ち合いを演じ、時間を稼いだ彼女の功績は大きい。
「すまん。負担をかけた。これ飲んで回復しろ」
そう言って、ローグは回復薬が詰まった最後の小瓶を投げ渡す。
「かたじけない」
グイっと一息に中身を飲み干したキヨメはみるみる全快した。ふうっと大きく息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
「ローグ殿。今の戦闘で拙者の魔力が完全に尽きてしまいました。この先、あまりお役に立てないかと」
「いや、十分だ。見ろよ。あの髑髏野郎、さっきみたいに防御膜を張らずに殴り合ってる。多分打撃なら通るんだ。竜種のパワーなら魔法なしでも神種を倒せる。俺たちはうまく立ち回って竜種のサポートに徹すればいい!」
「おお、この短時間で勝利への道筋を立てるとは……!流石です」
「そう!俺はお前よりも賢いのだ!ちょっと褒められたくらいで調子に乗ってんじゃねえぞまったくぅ!」
「えぇ……っ⁉わ、わかっていますけど……」
(賞賛のつもりだったのに、なぜか怒られた……)
先ほどイザクに言われた言葉をローグがずっと気にしていたことなど、キヨメはこれっぽっちも知らなかった。
そんな二人の様子を離れたところから見据えていたイザクは、薄く薄く微笑んでいた。
「――まだまだ未熟……。だが、素質は十分。当たりだな。悠久の時を経て、お前の予言は正しかったと今、確信した」
ここにはいない誰かに語り掛けるように、声を飛ばす。
「礼を言うよ、ラヴィー。時代に取り残された俺に役目を遺してくれたことを。俺たちの意志は、あの子たちに継がせてみせる。
さて、ここが三度目の運命の分岐点。そろそろガキ共にカッコいいところの一つや二つ、見せておかにゃならんな……!」
そう呟いて男は、戦場に一歩を踏み出した。
それは、新たな時代を担う者たちに道を示すため。
そしてすべては、己が内に秘める大望を是が非でも果たすため。
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『44話 イザクVS二体の怪物』に続く
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