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42話 イザク=オールドバング

「ハッハッハ。いや、すまねえ。酒には強い方なんだが、ここの酒はどうにも酔いが回りやすい。味は格別だがな!」


「あっそ。とにかく早くここを出ようぜ」


「よし、せっかくだ坊主。お前も一杯やっていけ!」


「聞けよ人の話を!自由かよ!」


 酔いが醒め始め、徐々に調子が戻ってきた様子のイザク。しかし、彼は能天気というか軽薄な性格だった。おかげで話は未だ進展していない。


「ありー?どの樽も空っぽじゃねえか。俺が寝てる間に盗んだりした?」


「知るか!アンタが全部飲んだんだろうがッ!」


「そうだっけ?ハハハハ!」


「ったく、酒はもう十分飲んだだろ。仲間を早く探しに行きたいんだよ」


 ふむ、とイザクは顎に手を添えて、


「……その三人の中に女はいるか?」


「え……?ああ、三人ともそうだけど」


「何してる坊主、早くしろ!」


「…………」


 自分のバックパックを背負って、立ち上がるイザク。酒が入っているとは思えない俊敏さに、再びローグの額に青筋が浮かぶ。


(仮にも妻帯者だろアンタは……!)


「おっと、いかん!宝を忘れるところだった。せっかく攻略した苦労が水の泡になっちまう」


 そう言って、イザクはせっせと転がっている財宝をバックパックに詰め込み始めた。


(やっぱり、このオッサン一人で攻略したのか……!一体、どうやって……。運よく神種(ゴッド)には遭遇しなかったとか)


 そんなことを考えているローグだったが、ふと別の疑問が浮かぶ。


「……あれ?オッサン、何で俺の他に三人いるって知ってんだ?」


 ピタッとイザクの手が止まった。彼は何やらしまった、という顔をして、


「あー……、なんとなくそんな気がしただけだ。今のは偶然だから忘れろ」


「はあ?何なんだよ。これだから酔っ払いの相手は疲れる」


 ローグがそう吐き捨てたところで、耳を聾する衝撃音が轟いた。思わず彼の体が強ばる。

 さらに、


『グルォォォォォォッ‼』


 聞き覚えのある咆哮が、一瞬訪れたしじまを切り裂いた。


「この叫び声……、まさか!」


 ローグは慌てて宝物庫を飛び出した。


 外の景色は一変していた。昼間のように明るかったはずが、今は夜のように暗くなってしまっている。

 そしてブドウ畑で暴れ狂うのは案の定、ローグの頭に浮かんだ通りの怪物だった。


「クソ!やっぱり!」


 赤い鱗に、大きな翼。アイリスが呼び出した怪物のそれに間違いなかった。

 深紅の竜種(ドラゴン)、サラマンドラ。


「ほォ、竜種(ドラゴン)か」


 遅れて出てきたイザクが、少し驚いたようにその名を口にした。いや、突然現れた竜種(ドラゴン)を前にしてこの程度の反応ならば、むしろ落ち着いているといった方が正しいかもしれない。

 すると、


「ローグ殿ー!」


 二人の元へ、キヨメが声を上げながら駆けてきた。


「大変です、ローグ殿!」


「ああ!わかってる!」


「遺跡のエリアまで繋がる道が見つかりません!」


「そっちか!てっきり竜種(ドラゴン)の方かと思った!」


「あ、それは問題ないかと」


「は⁉」


 キョトンとするローグを押しのけて、イザクがずいっと前に出た。


「その綺麗なお嬢ちゃんの言う通りだ、坊主」


「む、こちらの御仁はもしや」


「俺はイザク=オールドバングってんだ。仲良くしようぜ、お嬢ちゃん」


「拙者はキヨメ=シンゼンと申します。こちらこそ、どうぞよろしく」


 ガシッ、と握手を交わすキヨメとイザク。そこには緊張感の欠片もない。


「呑気に自己紹介してる場合じゃなーい‼あの竜種(ドラゴン)が見えねえのかお前らはァ⁉」


 声を荒げるローグに、イザクはやれやれといった顔で、


「落ち着け坊主。よく見ろ。奴は俺たちのことなんか目に入っちゃいない。ただのたうち回ってるだけだ」


 キヨメもそれに頷いて、


「ええ、どことなく酔っぱらっているような印象を受けます」


「お!俺もそう思ってたところだ。冴えてるなぁ、キヨメの嬢ちゃん」


 イザクとキヨメのやり取りに、ローグは眉根を寄せる。


「そ、そうなのか?」

(全然わからん……!)


「まったく、キヨメの嬢ちゃんに比べて坊主は馬鹿だなー」


「え――」


 それは、体の芯までガツン!と響いた。

 何気なく放たれた言葉が、かつてないほどローグの心にショックを与えたなどと、イザクは知る由もない。


(――何それ……。このアホ侍以下とか、心が……折れそうだよ)


 ローグがすっかり意気消沈するその横で、キヨメはニヤニヤした顔で照れていた。


「せ、拙者が賢者だなんて、そんな大したものではないですよ……!」


「ハッハッハ。面白い子だな。誰もそこまでは言ってないんだが。ところでキヨメの嬢ちゃんよ。お探しのルートはアレじゃないのか?」


 イザクが天井に向けて顎を差したので、キヨメもそちらに顔を向ける。


 このエリアを明るく照らしていたはずの鉱石が砕かれており、その部分に大きな穴がポッカリと空いていた。さらにその穴からは、微弱な光が漏れ出している。


「あそこにあった強い輝きを放つ鉱石は、『サンライトストーン』っていってな。どんな小さな光でも、結晶が複雑に組み交わさった鉱石内部で反射を繰り返し、光を増幅、そして太陽のような強い光を放つことができる。あの穴の向こうに、あちこちに光を行き届かせる発光物があっただろう?」


「はて……?」


 イザクの問いに、キヨメは首を傾げる。彼女の代わりにローグが顔を上げて答えた。


「いや、俺たちは向こうの洞窟から来たんだ。無数のルートに枝分かれしたエリアから、偶然ここに繋がる正解のルートを見つけて。だからオッサンが言ってる発光物っていうのは見ていない」


「無数のルート?そんなエリアがあったのか。じゃあお前たちは、俺や多分あの竜種(ドラゴン)のように、『サンライトストーン』を砕き割ってここに着いたわけじゃないのか」


「ああ。遺跡エリアのずっと下にそのエリアがあるんだ。俺とキヨメだけそこに落ちた。残りの二人は、今も遺跡エリアにいる……と思う。【異界迷宮(ダンジョン)】慣れしてる奴がいるから、そいつがその場に留まる判断をしてくれてるはずだ。何も問題が起きてなければの話だけど」


「ふむ……。お前たちの事情は概ねわかった。それなら、早いところその子たちと合流しないとな」


「だからさっきからそう言ってんだけど⁉」


「あーうるさい。馬鹿なうえにちっちぇえことを気にするようじゃあ、女にモテねえぞ」


「うがああああ!」


「ローグ殿!落ち着いてくだされ!」


「放せキヨメェ!さっきからこの俺をコケにし続けやがってクソオヤジがァ!」


「今はそんなことをしている場合ではないでしょう!イザク殿と合流できたのならば、すぐに戻らなければ!少し頭を冷やすべきかと!」


「ぐぬゥ……ッ。そうだな……!そうだけどさ……」

(そのセリフ、俺がさっき言ったんだよ!)


 声に出したいその気持ちをグッと堪える。

 ローグは深呼吸をして、どうにか落ち着きを取り戻した。


「で!どうやって戻ればいいんだ。ルートは俺たちが通ってきたものと、オッサンが通ったものの二つ。だがどっちにしても、空でも飛ばねえと辿り着けねえぞ」


「なら飛べばいいだろ、空」


「「……え」」


「だから、空を飛ぶんだよ」


 あっけらかんと言うイザク。ローグとキヨメは互いの顔を見合わせた。

 無精髭の男は淡々と続ける。


「俺の魔法なら可能だ。あの天井の穴に向かえばいいよな。じゃあいくぞー。ごー、よーん、」


「急に何⁉何のカウントダウン⁉」


「おお、空を飛びたいという密かな夢が、まさかこんなところで叶うことになるとは……!」


 慌てふためくローグに対し、ワクワクとするキヨメ。

 そんな二人にお構いなく秒読みは進む。


「さーん、にー、い……――ん?」


 しかし、カウントが0になることはなかった。

 イザクは何かに気づいて中断したのだ。


『グルゥオオオオオッ!』


 ひとりでに暴れ狂っていたサラマンドラが悲鳴のような咆哮を発した。よく見ると、その巨体をもの凄い勢いで生え伸びたツタが、全身を拘束するように絡みついていた。

 それは、この場の誰でもない意志によるものだった。


「あらら、お出ましか」


 忌々し気に呟くイザク。彼の視線の先をローグは怪訝な顔で追った。


「あ?」


 そこは、天井の穴。僅かに漏れていた光も届かなくなっている。何かがその光を遮っているのだ。

 そして、その何かはゆっくりと穴から姿を現した。


「……また、アイツか。竜種(ドラゴン)を追ってきやがったな……!もう二度と奴の顔なんて見たくなかったのによ!」


「くはは、再び相まみえることになるとは!」


 ローグとキヨメは、即座に臨戦態勢に入る。


 その怪物は拘束状態のサラマンドラには目もくれず、宝物庫前で佇む三人へ敵意剥き出しにしていた。髑髏の仮面を被り、ツタを衣服代わりに全身グルグル巻きの奇妙な格好。さらに右手に杖を、左手に杯を手にしたその異様な佇まいを彼らは忘れるはずもなかった。

 ゆっくりと舞い降りるように地に立ったその様には、神々しさすら感じられる。否、文字通り神の名を冠する怪物なのだから当然かもしれない。


『ZIGAAAAAAAッ‼』


 この【異界迷宮(ダンジョン)】の主、神種(ゴッド)、ディオニュソスが再び彼らの前に立ち塞がる。




**********

『43話 人と竜と神』に続く

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒューズ、人の姿に戻って近づいたほうが良かった気が・・・
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