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41話 その男

 ギャロンの所持品から高等回復薬(ハイポーション)をいくつか入手したアイリスは、それを自分とリザに使用した。重症だったはずの傷はみるみると癒え、疲労感だけが体に残る。


 廃墟の陰に腰を下ろしているアイリスの横で、リザは水で濡らした布を額に乗せてすうすうと眠っている。

 重度のアルコール中毒症状の上、激しい戦闘を終えたリザの負担は計り知れない。しばらくは目を覚まさないだろう。

 戦える状態ではない彼女たちにとって不幸中の幸いであるのは、このエリアにモンスターがいないことだ。そのおかげで、こうして気を尖らせることなく休息をとれる。


(ローグさんは無事かな。ヘラクレスの人が言った通り、キヨメちゃんが生きてるならローグさんもきっと)


 ローグとキヨメを探しに行きたいところだが、今の状態ではここを動かない方が賢明だ。彼らが無事に戻って来てくれることを願うしかない。


 だが、アイリスにはもう一つ気がかりなことがあった。


(それにサラマンドラも心配だ……)


 それは、アイリスが幼い頃に契約した赤い翼竜の行方。彼女としてはサラマンドラを元いた【異界迷宮(ダンジョン)】に戻してやりたいが、神種(ゴッド)を引きつけてくれている以上、それはできない。またこのエリアに神種(ゴッド)が戻ってきてしまう可能性が考えられるからだ。


 アイリスは、隣で眠るリザにチラリと目をやった。


(何もできないことが悔しい。それどころか、皆の足を引っ張るばかり。私がいなければリザさんにここまで負担がかかることはなかったはずなんだ)


 膝を抱えて、身を縮こまらせる。


(皆が良い人だってことはわかってる。【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】にいた時より居心地もいい。だからこそ、そんな人たちに迷惑をかけてしまうことが怖くてたまらない……!)


 そして、膝を抱える手にギュッと力が入る。それは、ある決意の表れだった。


(すみませんリザさん。もし無事にギルドが設立出来て、人数合わせの役目が終わったら私は……、ギルドを抜けます。

 ――皆の、私を見る目が変わってしまう前に)




 アイリスが意志を固めていた頃、ローグは宝物庫の扉の前にいた。

 分厚く巨大なその扉からは、奥から光が漏れ出している。陽の光とも違う、荘厳さを感じさせる光。その正体が冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい、金銀財宝であるとローグは知っている。


(宝物庫にはまだ宝が残ってる。まだ誰も持ち出しちゃいないんだ。本当にイザクさんは中にいるのか?)


 いつまでもここで考えていても仕方がない。ローグは不安と期待を胸に、宝物庫の中に足を踏み入れた。


「――!」


 そこは、今までのどのエリアよりも狭い空間だった。天井はかなり高いが、奥行きはそれほどない。

 模様も景観もない殺風景な空間だが、至る所に乱雑に転がっている無数の金銀財宝が、その空間を煌びやかに映えさせる。

 鮮やかな宝石、黄金の瓶、銀の王冠、その他様々な財宝や秘宝。ここにある物をすべて持ち帰れば、ローグたち四人は一生遊んで暮らせるだろう。


 だが、今の目的は宝ではない。ローグは、宝の山には目もくれず、目的の人物がいないか見回しながら奥へと進んだ。


「――あ」


 そして、見つけた。天井まで繋がる四つの支柱の一つに、もたれかかるように座っている長身の人影を。


 橙黄色の髪をオールバックにし、無精髭を生やした中年の男。

 ログハウスでセラに見せてもらった写真の顔と相違なかった。


「いた……。イザク=オールドバング……!」


 ついに目的の人物を見つけ、思わず笑みがこぼれるローグ。


 しかし、男は先ほどからピクリとも動かない。

 まさか遅すぎたのか、と最悪な想像が浮かび、慌てて駆け寄った。


「おい!大丈夫かアンタ!しっかりし――って酒クサァッ‼」


 その男、イザク=オールドバングからは漂ってきたのは強烈な酒の匂い。よく見れば死んではおらず、ぐうぐうとヨダレを垂らして眠っている。


「まさか、一人でこの量を全部飲んだのか……?」


 男の周囲に転がるのは大量の空の酒樽。金の装飾が施されたその樽は、この宝物庫にあったもののようだった。

 呆気に取られたローグだったが、すぐに別の感情が湧いてきた。


「……なるほどぉ、そうかそうか。俺たちが大変な目に遭ってた間もこのオヤジは一人晩酌を楽しんでたわけか」


 気持ちよさそうに眠っている男の顔を見ると、急にむかっ腹が立ってきた。

 何よりも気に障るのは、セラが心配しているというのに呑気に酔いつぶれていたことだ。

 最早、優しく起こしてやろうという気は微塵も沸かない。


 そんなわけで、ローグは強烈な平手打ちを食らわせてやった。


「ふんッ!」


「へぶッ」


「起きろコラァ!」


「…………う」


 さらに耳元で大声を出したことで、男はようやくその目をうっすら開けた。しばしボンヤリとした後、彼はゆっくりと口を開く。


「…………誰?」


「イザク=オールドバングで間違いねえな?俺はローグ=ウォースパイト。わざわざアンタを探しに来たんだ。奥さんも心配してる。とっとと帰るぞ」


「イザク……?誰だソレ……?」


「えぇっ⁉」


 予想外の返答に、ローグは素っ頓狂な声を上げた。

 男はようやく意識がはっきりしてきたのか、重い瞼をゆっくりとこじ開け、


「……あぁ、合ってるわ。俺はイザクだった」


「か、からかってんのか、酔いどれが……ッ」


「気持ち悪ぃ……。坊主、水……」


 イザクはローグの憎まれ口など何処吹く風で、手を差し伸ばしてきた。

 いつまでも話が進まないため、ローグの額に青筋が浮かぶ。


 そもそも酔っ払いとまともに話をしようというのが間違っていたのだ。


「うぅ……早くぅ……」


「(イラリ)」


 ならば、無理やり酔いを醒ましてやるしか他にない。


「お望みの水じゃい!」


 ローグは差し伸ばされた手を無視してバシャアッ、と水筒の中身をイザクの頭へとぶちまけた。


「目ェ覚めたか?オッサン」


 酔っ払いの中年は、目をぱちくりとさせて、


「……覚めた」





**********

『42話 イザク=オールドバング』に続く

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