40話 気になること
ズゥン!と音を立てて、白狼と化したヒュースの巨体が倒れる。
「『グリーディーウルフ』か。厄介なのがいたもんだな」
「流石はローグ殿。あっという間に倒してしまうとは」
「わはは。コイツを倒すには、サクっと意識を絶つのがポイントなんだよ。でも、お前がそんなにやられるとは驚いた。流石に相性が悪かったか?」
ローグは傷だらけのキヨメを見て言った。
「お恥ずかしながら、この傷は自分でつけたものでして」
「……毎度、お前の言うことは理解できないわ」
呆れた視線を向けられているとは露知らず、キヨメは自身の回復薬を飲んで傷を癒す。浅い切り傷程度ならば、通常回復薬でもみるみる完治させることができた。
「それ飲んだら、アイリスとリザを探しに行こう」
「ぷはっ、ローグ殿。その前に二つお伝えしたいことが」
口元を腕で拭いながら、キヨメが口を開いた。
「何?」
「まず、そこのモンスターが言葉を話したのですが」
「……またわけのわからんことを」
「しかし、自分は冒険者だとか何とか言っておりましたよ」
その言葉を聞いた途端に、ローグは固まった。彼は狼のことをてっきりモンスターだと思って倒してしまったのだから、そうなってしまうのも無理はない。
「…………え?じゃあ、コイツは……」
「まさか、モンスターも冒険者になれるとは、世の中不思議なことだらけだ」
キヨメは腕を組んで、いやー驚いたといった感じで一人頷く。
「そうじゃねえよ!この狼は人だ!魔法の中にはモンスターに変身できる希少魔法があったりするんだよ!」
「なんと、そういうことでしたか!」
「俺たち以外の冒険者ってもしかしてイザクさんじゃねえのか!やべえ、思いっきり電撃食らわしちゃったぞ!」
「ご安心なされよローグ殿。この者、イザクという名前ではありませんでした」
「そ、そうなの?よかった……」
お探しのイザクではないとすると、自分たちの他に別のパーティがこの【異界迷宮】に潜っていると推測するローグ。
「たしか名前は、ハ……ヒ……フ……?あれ?何と言っていましたっけ?」
「名前くらい覚えてやれよ……。どこの誰だか知らんが、運が悪かったと思ってもらうしかないな」
とは言いつつも、ローグには怪物の姿に化ける冒険者に心当たりがある。チラリとその少年の顔が頭に浮かぶが、こんなところにいるはずがないと思い込んだ。
もしもこの狼が、右肩にある【豪傑達の砦】の紋章を下にして倒れていなければ、ローグは即座にヒュースであると気づいていたことだろう。
続いて、キヨメがとある方角に指を差しながら、
「そして二つ目なのですが。アレを見てください」
「ん?……うおっ!宝物庫の扉か!気づかなかった!」
「……案外、ローグ殿も鈍感なのですね」
「うるせー。それで?さっきも言ったが鍵がなけりゃ入れないからな」
「拙者が言いたいのは、その扉が開いているということです」
「はあ?」
そんなわけないだろ、と思いつつ、ローグはじっと目を凝らす。しかし、確かに見た。僅かに開いた扉、鍵穴に挿し込まれた鍵とみられる結晶。
それらのことから、ローグもキヨメと同じ見解に至る。
「攻略……されてるな……」
「やはりそういうことになりますか」
ローグは、白目を剥いて気絶している狼に目を向けて、
「もしかして、この狼冒険者が攻略してたのか?」
「おそらくそれは違うかと。拙者がこのエリアに入った後に、その者がやってきましたので」
「そうか」
(なるほど……。さっきのエリアの発炎筒と道標はコイツが残したものか)
再び、巨大な扉に視線を戻す。
「となると、あの中にいるのはコイツの仲間か、もしくは……」
ローグが皆まで言わずとも、キヨメはコクリと頷いた。
「拙者もその可能性が高いかと」
密林エリア。
遺跡エリア。
無数の分かれ道エリア。
今まで通ってきたどのエリアにも、彼の手がかりは残っていなかったため、正直どこを探せばよいのか途方に暮れていた。
しかし、ここにきて見つけた唯一にして最大の手がかり。これを目の前にして、無視することもしたくなかった。
「よし。キヨメは遺跡のエリアに戻れる道がないか探してくれ。俺が宝物庫の中を調べてくる。
そこに、イザクさんがいるかもしれない」
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『41話 その男』に続く
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