39話 信じ難い一撃
「――!」
モンスターと化したことで得られた本能か。ヒュースは自身が攻撃する刹那に、動物的な危機察知能力を発揮した。
すぐに回避行動に移らなければならない。脳が、細胞が、総出でそう警告を発する。
それでも、遅すぎた。
気がつけば、キヨメは刀を振り下ろしていた。こちらは、残像すら見えない速度。まるで時を飛ばしたかのような、見事な唐竹切りだった。
放たれた斬撃はヒュースの右前脚を容赦なく斬り飛ばし、このエリアの果てまで勢い減ずることなく奔り抜ける。
下手な小細工は必要ない。大巧弱拙。キヨメらしいシンプルだが至高の一撃だ。
「ぐおおおおおおッ‼」
傷口から血を撒き散らし、ヒュースが絶叫する。
決着。そうみるや否や、キヨメは刀の血を振り払って鞘に納めた。
「これにて終い。ローグ殿には及ばずとも、なかなかに楽しかった。綺麗に斬ったつもりですので、適切な処置を致せばすぐに繋がるでしょう」
「……ッ!」
キヨメの口から出た名を聞いたヒュースは、痛みと怒りで我を忘れるほど、キレた。
「この俺がローグ以下だと……⁉ふざけるなァッ‼ハウンドの落ちこぼれ風情が、何勝ったつもりでいる‼もうクエストなんてどうでもいい‼次は殺す気でやってやるよ‼」
そう声を荒げると同時、ヒュースの体の切断面がボコボコと膨張してそこから肉が伸びた。そして、斬れ落ちた前脚と接着すると、釣り上げるように引き戻し、元の状態へと前脚が体と繋がった。
「な、なんと……!自力で再生するとは!」
『グリーディーウルフ』。優れた身体能力と、狙った獲物を地の果てまで追いかける探知能力・執念を有する上級モンスター。しかし、その最大の特徴は驚異的な再生能力にある。肉片が存在する限り何度でも再生を繰り返すため、決してまともに戦ってはいけないとAランクギルドの冒険者からも畏怖されるモンスターだ。
その力を意のままに行使できるヒュースは、不死身の冒険者といっても過言ではない。そんな彼に先日つけられた異名は『怪童』。無数の怪物の能力を持つ故につけられた異名で、本人も満足しているようだが、ローグの異名『神童』になぞらえていることには気づいていない。
「ハ、ハハハハァッ!俺は……不死身だ!さあ、続きをやろうか!」
「……不思議と、貴公ではもう胸が高鳴らない。しかし、お望みとあらばいくらでも相手を致しましょう」
「殺してやる!ウルォオオオオオオオッ!」
雄叫びを上げたヒュースが、殺意をもって襲い掛かる。キヨメが腰の刀に手を伸ばしたところで
「――“雷轟天征”!【鳴雷】!」
「「⁉」」
二人の真横から聞こえたのは、魔法を唱える男の声。
そちらへ目を向けたヒュースは、そこに自身が嫌悪してやまない人物を見咎めた。
(ローグ=ウォースパイト――⁉)
黒髪赤目の男は、右手に眩い雷を帯電させながら一直線に侍と狼の元へと突き進む。
「ぉおおッ!」
狙いは、キヨメに襲い掛からんとしていた白銀の巨狼。ローグはその正体に気づかぬまま、有無を言わさず強力な雷撃を放った。
「なッ⁉」
(魔法だと⁉)
驚くヒュースに雷撃が直撃する。
「ルォアアアアアッ‼」
想像を絶する激痛に、叫ばずにはいられなかった。
(何だ……この威力はッ⁉奴の今まで発現していたどの魔法よりも、強いッ!……いや、それよりも!この……短期間で、魔法を⁉)
ローグが魔法を失ってからまだ一週間と経っていない。『呪い』を受けて、新たな魔法を発現させるまでがあまりにも早過ぎるのだ。そもそも新たに発現する可能性すら低いというのに。
ヒュースが発現した魔法は十六年の歳月の中でたった二つだけ。それに比べると、ローグの魔法発現速度は段違いだった。
――まさかこの男は、俺よりも天才だったとでもいうのか……⁉
不安と懐疑心と劣等感が、胸の内で混沌と渦を巻き、やがてヒュースの意識は途切れた。彼が最後に見たのは、悠然と佇むローグの姿。
倒れ往くモンスターに向かって、ローグは怒気を込めて言い放った。
「俺の仲間に手ェ出してんじゃねェぞ、犬っころ……!」
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『40話 気になること』に続く
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