37話 最強の魔弾
ギャロンは、ザリ、という地面が擦れる音を聞いた。
立ち止まり、振り返ろうとした彼を、地面と水平に突き抜ける竜巻が襲い掛かった。
「うおおおおおおおッ⁉」
竜巻に呑み込まれたギャロンは、乱回転しながら吹き飛ばされていく。
その竜巻の根元には肩で大きく息をするリザ=キッドマンがいた。噴出した風の勢いで後方の廃墟に突っ込んでしまっている。
強力な竜巻を発生させる魔弾、旋風弾。その威力、利便性、共にリザの所有する魔弾の中でもトップクラスだ。しかし、その扱いは非常に難度が高い。今のリザではまともに扱うことは困難を極めた。
「リ、リザさん……」
アイリスは未だ出血し続ける左肩を手で抑えながら、廃墟の壁にもたれかかるリザの元へ歩み寄った。
ぐったりとした様子のリザは、息も絶え絶えに口を開いた。
「……ボロボロね、アイリス」
「リザさんこそ」
「ねえ、何で……隠れてなかったの?」
「それは……」
リザの問いに、アイリスは一瞬戸惑いをみせた。
「たとえ自分を犠牲にしてでも、パーティの仲間を守る。それが父の遺した教えだと思うからです……」
「……?なんだかよくわからないわ。ここから出たら詳しく聞かせてよ」
「……そうですね。全部話します」
アイリスが微笑んだ直後、瓦礫を蹴飛ばしながらギャロンが戻ってきた。
「クソガキがァッ!まだ動けたのか!」
「――ッ!」
「アイリス。もう怖がる必要はない。私はアンタを見捨てるつもりもない。……ローグとキヨメもきっと同じことを言うと思う。そうでしょ……?」
優しく掛けられたリザの言葉に、アイリスは目頭が熱くなるのを感じた。
そんな言葉を掛けられたことなど、冒険者になって今まで一度たりともなかったからだ。
「はい……!」
「私が必ず守ってあげる……。――だからもう、出し惜しみはしない」
リザはそう言って、右手に持った拳銃をギャロンへと向けた。
「魔弾ごときで勝てるとでも⁉︎俺の最大魔法で挽肉に変えてやるよガキ共ォッ‼」
咆哮に近い声を上げ、ギャロンはその両手に膨大な魔力を充溢させる。
ゾン!と悍ましいプレッシャーが満身創痍の少女たちを包み込む。
思わず息を呑むアイリスに、傍らで銃を構えるリザは口を開いた。
「無駄よ。どんな魔法も、この魔弾の前では無力」
赤髪の少女は不敵に笑って、魔法を連続で唱えた。
「――【補充】。――【整理整頓】」
一度目の魔法で、ポーチからとある魔弾を構えた拳銃のシリンダーに転送。二度目の魔法でそれを次弾に装填した。
これで、リザができるすべての準備は整った。
何らかの小細工を見て取ったギャロンは、構わず自身の最強魔法を行使する。
「今更どんな魔弾を撃とうと無駄なこと!これで死ねェッ!
――“万象を穿て”!【鋼鉄の螺旋極撃】‼」
膨大な魔力を糧に繰り出されたのは、とてつもなく巨大な黒鉄の塊。先端が尖っており、螺旋状の刃と溝を備えたその鉄塊は、高速で回転しながら突き進む。
ギャロンが放ったこの魔法は、【剣士】の《才能》を持つものならば誰であろうと発現する可能性がある魔法だ。
しかし、『整号』が添えられていることからわかる通り、その魔法は希少魔法や固有魔法に匹敵し得る威力を秘めていた。
しかし、圧倒的な魔法を前にしながらも、リザは凄絶な笑みを浮かべた。
なぜなら、ギャロンが魔法を放った時点で、既にリザの勝利が確定していたからだ。
「残念だけど、これで詰み……!」
リザの声に呼応するかのように、銃口が吼えた。
発射された弾丸は一直線に進み、ギャロンの魔法と衝突する。
(ハッ、止められるわけねェだろ)
ギャロンがそうほくそ笑んだ次の瞬間、巨大な黒い鉄塊はパッと跡形もなく消え失せた。
砕け散ることもなく、忽然と。
「――――は?」
ギャロンは間抜けな面で目をひん剥いた。無理もないだろう。ほんのコンマ数秒前まで、自分の勝利が揺るぎないものだと信じていたのだから。
だが、これで終わりではない。リザの放った魔弾は、まだ生きている。
その弾丸は、意志を持っているかのように滅茶苦茶な軌道を描きながら、ギャロンの体に撃ち込まれた。
体内侵入時の痛みは一切ない。未知の攻撃に、ギャロンは戸惑いを露わにする。
「何だ……⁉何をした⁉」
「……その魔弾の名は、壊源弾。私の祖母、シャーリー=メイベルだけが鋳造できた秘蔵の魔弾よ」
「シャーリー……メイベルだと……⁉」
それはかつて凄腕のガンマン冒険者として名を馳せた、伝説と呼ぶに相応しい女性の名だ。その孫を名乗る少女は淡々と言う。
「壊源弾は触れた魔法を吸収し、その魔力を込めた者をどこまでも追尾する……。さらに吸収した魔力を毒素に変えて、持ち主の魔力を膨張、そして暴発、……やがては死に至らせる」
「あァ?信じられるかそんな――」
ボコン!と、
突如、ギャロンの体内で小規模の爆発が起きた。傍目には何が起きたのかわからないが、彼は盛大に吐血した。
「う、うぼォォッ。ハァ……ハァ……。何が……起こったッ?」
「崩壊が始まったの……。もう、誰にも止められないわ」
「まさか本当に……⁉じ、じゃあ俺は……ッ」
「――ええ。残り短い人生、せいぜい殺した人たちに詫びなさい」
冷たく言い放ったリザの言葉に、ギャロンは顔を真っ青にした。
「い、嫌だあああああああッッ‼」
確実にやってくる死の恐怖に、大男は惨めに泣き叫ぶ。
だがしかし、体の崩壊は止まらない。小規模だった爆発は連続し、回数を重ねる毎に規模も大きくなる。
まさに地獄の苦しみ。即死であった方が、むしろ親切だと思えるほどに。
「悪党の断末魔ほど、聞くに堪えないものはないわね」
だが、絶叫は長くは続かなかった。
「もう目を開けていいわよ」
リザが隣で目を伏せていたアイリスに言った。
恐る恐る目を開いたアイリスの視界に、血と涙に塗れて息絶えたギャロンの姿が映る。
「刺激が強かった?」
「いえ……。ただ、人って簡単に死んでしまうな……と思って」
「……かもね」
リザは少しの間を置いて、暗い話題を変えるために口を開いた。
「……この魔弾は、私の祖母しか造れなかったものなの。祖母が他界した今、もうこの世に壊源弾を造れる者はいない。これで、残りは二発しかなくなったわ」
「そんな大事な物を使っちゃってよかったんですか?」
「気にしないでよ。それだけ私は、アンタのことを気に入っちゃったってことだから。
……それより、もう限界だわ。悪いけど、奴の懐から高等回復薬を持ってきてくれる?このままじゃ私たち二人とも……失血死しちゃうからさ」
リザは、精一杯笑ってみせる。激痛でかなり辛いはずであるのにそんな笑顔を見せてくれたことが、アイリスにとってこの上なく嬉しかった。
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『38話 キヨメVSヒュース』に続く
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