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35話 【異界迷宮】攻略……⁉ 

 大穴に飛び込んだヒュースは、暗闇の中を落下していた。

 常人ならば、延々と続く闇といつ地面に衝突するかわからない恐怖でパニックに陥ることだろうが、ヒュースは異常なまでに落ち着き払っている。

 闇の中を見透かしているかのように、やがて到達する地面の方に顔を向けて。

 しかし、実際は見えているわけではない。把握しているのだ。


 ヒュースが現在、使用しているのは、『ノイジーバット』という中級モンスターの能力。

 周囲に超音波を反響させて、一定範囲の空間構造を正確に感知していた。


「やっとか」

 そう呟いて、ヒュースは両手を広げた。

 すると、彼の体に異変が起こる。

 両腕から両脚にかけて膜が張った。

 それは被膜と呼ばれる、コウモリ特有の翼のようなもの。


 ヒュースは被膜を羽ばたかせて、地面へと着地した。

 バシャ!と控えめな水飛沫が上がる。


「……!上のエリアを浸していた液体か」


 懐から取り出した発炎筒を点火し投げ捨てる。すると、岩壁から繋がる無数のルートが明るみになった。


「なるほど、これは厄介そうなエリアだ。攻略には苦労しそうだなぁ」


 見たところ何のヒントもないことから、大人数でしらみつぶしにするしか正解のルートは判明しないだろう。

 だが今回、ヒュースの目的は攻略ではなく、ただの人探しである。

 その人物がどのルートを選んだかを知ることができれば、何も悩むことはない。


「モード『グリーディーウルフ』」


 ヒュースは『ノイジーバット』の怪物化を解除して、新たなモンスターの姿へ変貌していく。

 体全体の骨格そのものが変異し、体表を銀色の体毛が覆い尽くす。

 手足には鋭い爪、顎からは大きな牙が覗く。

 伸縮性の衣服は、膨れ上がった骨格や筋肉にも破かれずにいるが、体長が3メートルを超えたためにぴっちりと伸びきっていた。

 人の面影はとうにない。これこそが希少魔法【怪物吸収(アブソーブ)】の真骨頂。モンスターそのものに変身する、完全怪物化である。


「匂いは……そこか」


『グリーディーウルフ』の能力で匂いを辿り、キヨメが足を踏み入れたルートを見つけ出す。


「そうだ、ギャロンさんに道標を残しておかないと」


 ヒュースはその洞窟の脇に、爪で一文字の傷をつけた。

 これで感知能力がないギャロンでも、追ってくることができるだろう。上のエリアから無事に下りられるかわからないが。

 そんなことをぼんやり考えながら、ヒュースは四足方向で地を蹴った。

 狭い通路を白銀の巨狼が駆け抜ける。

 そのスピードは時速120キロ。

 キヨメの元へと急速に迫る。




 再び誰もいなくなったそのエリアに、激しい水音を鳴らしながら一人の男が足を踏み入れた。

 いや、正確には戻ってきたと言った方が正しい。

 ぜえぜえと息を荒げる彼の名は、ローグ=ウォースパイト。


「やっぱ……戻ってねえか……!」


 キヨメがこのエリアに戻っているかもしれないと考えたローグは、全速力で来た道を引き返してきたのだ。

 だがやはり、キヨメの姿はそこにない。


 代わりに見つけたのは、浅く張ったワインの中で沈む発炎筒。未だ眩い火を放ち続けている。


「まだ火が点いてるってことは、ついさっきまで誰かここにいたのか」


 アイリスとリザが下りてきたのかもと思いながら、辺りを見回す。


 先ほどキヨメといた時に比べて、変わった点は三つ。

 足元を液体が張っていること。

 発炎筒が落ちていること。

 そして、とあるルートの脇に傷が刻まれていることだ。

 明らかに、誰かが道標として残したものだと察した。


「誰だが知らんが気が利くじゃねえか」




 洞窟を抜けたキヨメは、新たなエリアに辿り着いていた。

 広さは遺跡エリアと同程度。

 彼女の視界に広がるのは一面緑の景色だ。それは、何千単位で規則正しく列を成した小さな木の集まりだった。

 そのすべてにブドウが生っていることから、誰かが作ったブドウ畑であることが窺えた。

 最初のエリアと同様、空模様の天井に太陽のような輝きを放つ鉱石が埋め込まれているため、このエリア全体が陽の下にいるような明るさを保っている。


 しかし、何よりも目を引くのは、最奥にそびえる巨大な両開きの扉。

 高さ10メートルはあるその扉は、明らかに人が通るために設計されたものではないだろう。

 おそらくは先に出くわした神種のために作られたもの。もしくは神種自身が扉を作った可能性もある。


「なんと大きな扉。もしやあれが宝物庫というものか」


 キヨメの言う通り、紛れもなくソレは宝物庫を固く閉ざす扉である。

 つまりキヨメのいるこの場所が、第517【異界迷宮(ダンジョン)】の最終エリアということになる。


「たしかローグ殿は、鍵がなければ開かないと仰っていた……。ならばこのエリアにいても意味はないか。まずは早く皆さんと合流しなくては。――む?」


 そう、本来ならば鍵がなければ扉は開かない。

 引き返そうとしたところで、キヨメはある異変に気づいた。


「扉が……開いている?」


 両開きのその扉が、僅かに奥にズレているのだ。

 鍵穴とみられる部分には、結晶のような物体が挿し込まれている。

 これが意味することを、頭の弱いキヨメでも理解することができた。


「もしやこの【異界迷宮(ダンジョン)】は、既に攻略されているのでは……⁉」


 あの扉の先に一体何があって、誰がいるのか。

 その真実を確かめたいという欲求が、キヨメを駆り立てる。

 奥に向かって一歩を踏み出そうとした、その時だった。


「……ッ⁉」


 キヨメが背後から感じたのは、急速に接近する嫌な気配。

 人ともモンスターとも区別し難いが、ただその気配を放つ者が邪悪であることは、ひしひしと感じ取れた。

 そして、洞窟から姿を見せたのは狼の外見をした中型のモンスター。

 だが、そのポテンシャルはそこらの雑魚モンスターの比ではない。


「これはまた大きな狼。元の世界ではまず存在しない種だ」


 呟くや否や、キヨメは腰の妖刀を抜刀した。

 臨戦態勢に入った彼女を見て、その狼、もとい少年は大きな牙を備えた口を開く。


「刀を収めてくれる?キヨメ=シンゼン」


 その言葉に、キヨメの顔が驚愕に染まった。


「な、なんと……ッ⁉言葉を喋るモンスターが存在するとは!」


「違う違う。俺の名はヒュース=マクマイト。冒険者だ。訳あってお前を迎えに来たんだよ」


「なッ⁉モンスターも冒険者になれるのですか⁉」


「……なるほど、これは【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】の連中も手を焼くわけだ」


 話が通じないキヨメに、ヒュースは呆れて溜め息を吐いた。

 この姿のままでは埒が明かない。

 手っ取り早く誤解を解いてもらうべく、魔法を解除しようとした瞬間、


「――くははっ!」


 キヨメが妙な笑い声を漏らした。


「……?」

(何だこの女。急に雰囲気が荒々しくなった……)


 ヒュースの最大の失敗は、キヨメ=シンゼンという少女のことをよく調べずにやって来たことだ。

 そもそも、なぜキヨメが自分たちのギルドで面倒をみることになったのかを考えるべきだった。

 彼女の正体、性格、悪癖を知らずにいたことが、順調だったクエストに歯止めをかける。


「くはははははは!世にも珍しき存在に心が躍る!怪物にして冒険者の御仁!拙者と一つ手合わせ願う!」


 キヨメは狂気染みた喜びを露わに、刀を抜いた。


「……へえ、俺とやり合おうっていうの?」


 彼女が本気であると分かるや否や、ヒュースも臨戦態勢に入る。


「今、虫の居所が悪いんだ。手足の一本や二本、千切って連れて帰ってもいいよね?」





**********

『36話 リザVSギャロン』に続く

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