33話 ヒュースの悪意
文明の名残がある遺跡エリア。
ディオニュソスの酒により泥濘んだこの場所で、リザ=キッドマンとヒュース=マクマイト、ギャロン=ホールズが対峙していた。
「キヨメがヘラクレスに入る?どういうこと?」
目を細めて尋ねるリザ。
ギャロンは気怠そうに頭を掻いて、
「……元々その女は【猟犬の秩序】所属の冒険者だが、訳あってウチでしばらく預かることになってんだよ。それがいつまで経っても来ねえからこうして探しに来たわけだ」
「ハウンドって、№2冒険者ギルドの⁉キヨメが……⁉」
そこでリザはハッとした。
(そういえばあのアホ男、セラさんの家で妙に挙動不審だった気がする。さては知ってたなアイツ!)
脳裏に浮かんだローグの間抜け面に舌打ちをしていると、ギャロンが口を開いた。
「次はこっちの質問だ。キヨメ=シンゼンと貴様らの関係は?」
「キヨメとは昨日あったばかりよ。ギルドに所属してたなんて知らなかった」
「会ったばかりの奴と【異界迷宮】に潜ったってのか?やはり素人だな」
「ええ、私たちはまだギルドにも所属してない」
ヒュースはつまらなさそうな顔で、
「これ以上の問答は意味ないですね。先を急ぎましょうかギャロンさん。キヨメ=シンゼンがどんどん遠くへ離れていってます」
「そうだな。厄介なエリアに入られる前に捕まえねえと」
「え――」
そのやり取りを聞いたリザは眉を吊り上げた。
目の前の男たちは、当然のように話しているのだ。
キヨメが生存しているという事実を。
「ちょっと!キヨメは生きて――」
「キヨメちゃんは無事なんですかッ⁉」
リザの声を遮って、声を上げたのはアイリスだった。
彼女は小さな希望に縋るように、必死な形相を浮かべている。
それに対しギャロンは鬱陶しそうに、
「あァん?生きているとわかってるから俺たちは【異界迷宮】にまで潜ってんだろうが」
「――!そうですか……!良かった……!良かった……ッ!」
「……?」
噛み締めるように泣き喜ぶアイリスを見て、屈強な男は眉根を寄せた。
彼からすれば、なぜ涙を流すのかなど皆目見当がつかないだろう。
「行きますよ、ギャロンさん」
「ああ……」
キヨメを追うべく、穴に向かって歩き出すヒュースとギャロン。
アイリスは彼らを慌てて呼び止めた。
「あ……!待ってください!」
「しつけェぞ!これ以上邪魔するなら殺すぞガキ共‼」
ギャロンの怒号にもアイリスは億さなかった。
どうしても確認したいことがあったから、どうしても無事でいて欲しい人がもう一人いたからだ。
「あの!ローグさんが無事かどうかはご存じですか!」
その名を聞いた【豪傑達の砦】の冒険者二人は足を止めた。
「ローグだと……?まさか、ローグ=ウォースパイトのことか?」
「そうです!ローグさんもキヨメちゃんのように感知できないでしょうか!」
「……おいおいおいおい、あの男が一枚噛んでやがったとはな。キヨメ=シンゼンを唆したのも奴か!」
参ったといった様子で額を抑えたギャロンは、恐る恐るヒュースを見た。
ローグの名が出たことで、臨時パーティを組んだ少年に対して懸念が生まれたからだ。
ギャロンが目を向けた先に、彼が危惧した通り不穏な気配を放つ少年の姿があった。
「随分と……不快な名前が出てきたなぁ」
ヒュースの声色は、低くドスがきいたものへと変わっていた。
その声から感じるのは、敵意や殺意といった負の感情。
まずいな、と感じたギャロンだったが、
「――ああ、そうか。そういうことか。くっ、アハハハハ!」
何かに気づいたヒュースが突然、笑い始めた。
意味がわからず、ギャロンだけでなくアイリスとリザも眉をひそめる。
「何だ?どうしたヒュース?」
「ギャロンさん。ローグ=ウォースパイトはこの二人、そしてキヨメ=シンゼンとギルドを作る気だったんですよ。そうすれば、マスターの仕掛けた網を抜けることができる」
「……!ああ、なるほど。考えたな」
「確かに、その手には感心したけど、あの男の思い通りに事が運ぶのは不愉快だなぁ」
ヒュースはそう言って、邪悪な笑みをアイリスとリザに向け、
「――だから、君たちを殺すことにした」
「「ッ⁉」」
凄烈な殺意を向けられたアイリスとリザは、うなじの毛が逆立つのを感じた。
目の前の少年は、何の躊躇いもなく言ってのけたのだ。
人を殺すという台詞を。心から。
「俺はあの男が大嫌いなんだ。俺より劣っているくせに、先に入団したってだけでへらへらとした顔で物を言う。だから、この手で追い出せた時は気持ちよかったなぁ……。惨めに喚き散らしながら追放される様は、思い出しただけでも吹き出しそうになる」
「「…………」」
両手を広げて、感傷に浸るように言うヒュースの顔は、より悪辣に歪んでいた。
薄気味悪さを感じる少年の雰囲気に、アイリスとリザは固唾を飲む。
彼はさらに続けて、
「たーだ、あの男が希望を見出そうとするのは気に入らないなぁ。というわけで、君たちは俺の手で死んでしまいます」
ヒュースの滅茶苦茶な言動に、リザの堪忍袋の緒がついに切れた。
「あァ⁉ふざけんなッ!私たちはアイツの希望になったつもりはない!ただ自分たちのために動いてアイツと出会った、それだけよ!」
「ノンノン。残念だけどローグ=ウォースパイトと出会ったことを不幸と思ってもらうしかない」
そして、狂気に溢れた少年は殺意を込めて魔法を唱えた。
「――“魂魄接合”、【怪物吸収】」
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『第34話 リザ=キッドマンは静かに怒る』に続く
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