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31話 【豪傑達の砦】と【小心者の子馬】

 約四時間前。

 スピカの町の遥か上空を怪物が通り過ぎた。

 鋭い鉤爪と逞しい(くちばし)を備えた、全長5メートルほどの猛禽類。

 こちらの世界では存在し得ないはずの生物だった。

 その背には、髪を右半分だけ刈った大男、ギャロン=ホールズが腕を組んで佇んでいる。


「えれェ遠くまで来たもんだ」


『全くですね』


 ギャロンが独り言のような呟きに返答したのは、彼を背にしている巨鳥だった。


「で、ターゲットはこの町にいるのか?ヒュース」


『いえ、町から外れた山林地帯にいるようですね。しかし、そこで匂いが途切れている』


「何だそりゃ?山籠もりでもして死んでんじゃねえだろうな」


『ないですね。死臭に変わればすぎに気づきますから。う~ん、忽然とそこから姿を消したような感じかな』


「……まさか、【異界迷宮(ダンジョン)】か?」


『おそらく』


 ギャロンは内心で舌打ちをした。

 高等回復薬(ハイポーション)はいくつか所持しているものの、この人数と今の装備では未知の【異界迷宮(ダンジョン)】を冒険するには心許ない。


「厄介だな。どうする?一度引き返して態勢を立て直すのもありだが」


『何寝ぼけたこと言っているんですかギャロンさん。このまま向かいますよ。この距離を何度も往復する方が御免です』


「……わかったよ」

(チッ、生意気なガキだ……)


『ギャロンさん』


「な、何だ!」

 密かに毒づいたことを察されたかと思い、ギャロンはその逞しい体をビクッと震わせた。

 しかし、どうやらそうではないらしい。


『下、見てください』


 ヒュースにそう言われ、真下を覗き込む。


「ッ⁉おいおい、どうなってやがる……⁉」


 おそらくは緑豊かな草原だったのだろう。だが、今、目下に広がっているのは凄まじい災害にでも見舞われたかというほどの惨状だった。

 彼らは知る由もないが、今朝のローグとキヨメの戦いによる爪痕である。


「明らかに争った形跡だな。しかも、どちらも相当な使い手だ……!どんな戦い方をすればこんな有り様になるんだ。キヨメっていう嬢ちゃんの仕業か?」


『……フン、大したことはないでしょ』




 ヒュースが妙なところにムキになっている時、その真下から白髪の女性が二人を見上げていた。


「まあまあ、大きな鳥ですこと」


 見慣れない巨鳥の姿に感心しているその女性、セレーナ=セプティムス、愛称セラには一つ気がかりがあった。


「でも、あの方向。【異界迷宮(ダンジョン)】がある方ですよね。偶然だといいんですけど……」


 普段からにこやかな笑みを絶やさないセラだったが、今夜ばかりは顔に影が差すことが多かった。


「皆さん、どうかご無事で」


 冒険する実力のないセラは、ただ祈って待つことしかできなかった。




 後に第517【異界門(ゲート)】と呼ばれることになるその黒い霧のようなものの前に、一組のパーティがいた。

 人数は三人。

 剣士の青年、弓使いの青年、そしてレイピアを持った少女という構成だ。


 彼らの所属ギルドは【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】。

 かつてアイリスが所属していた冒険者ギルドである。


「本当にこんなところに【異界門(ゲート)】があるとはな……。あの役立たずを追放した途端に運が向いてきたぜ。うまくいけばたんまり稼げるかもな」


 剣士の青年、ジャンが嬉々として言った。


「あの男の言った通りだったな、ジャン」


 そう言葉を掛けたのは弓使いの青年、サブだ。


 彼ら三人がこの【異界門(ゲート)】の情報を得たのは、【小心者の子馬(ミニチュア・ホース)】の本拠地を訪れたとある男が告げていったからだ。時期はアイリスが追放された直後のことである。

 その人物は、終始飄々とした態度で接してきた。

 歳は40代前半といったところか。しかし、彼の瞳はまるで少年のように無垢なものだったことが印象深かった。


「……本当に行くの?大丈夫かな?」


 レイピアの少女、キャロルが窺うような目で言った。

 向かうは未知の【異界迷宮(ダンジョン)】。彼らのようなDランクギルドには危険が大きすぎるのだ。


 彼女の問いに、ジャンが緊張気味に頷いた。


「と、当然だろ。誰も手をつけてない【異界迷宮(ダンジョン)】なんてそうそうお目に掛かれるもんじゃない。今のうちに俺たちで資源を乱獲するんだよ」


 三人は万全の冒険をするために徹底して準備をした。しかし、準備に一週間もかかってしまったのは、今まで必要な【異界道具(アイテム)】を調達していたアイリスが抜けたことが影響していた。


「それにしても荷物が重く感じるな」


「今までずっと、アイリスに荷物を持たせてたからだろ。これが普通なんだよ。むしろ足手まといがいなくなって、これからは冒険がスムーズになるだろうよ」


 そんな悪態をつきながら、三人が【異界迷宮(ダンジョン)】に潜ろうとした瞬間だった。


「驚いたなぁ。先客がいたなんて」


 ジャンたちの背後から声を掛けたのは、人間体に戻ったヒュース=マクマイトだ。その横にはギャロンが佇んでいる。


「な、何だお前ら⁉」


「ねえ、あの肩の紋章って……」


「へ、ヘラクレス‼」


 サブ、キャロル、ジャンの順で言葉を発した。

 三人を見たギャロンが、睨みをきかせて威圧する。


「如何にも小物だな。こんな場所にある【異界門(ゲート)】を自力で発見する情報収集能力があるとは思えん。貴様ら、どこでここの情報を得た?キヨメという少女からか?」


「し、知らねえよそんな奴!俺たちは、変なおっさんからここの場所を聞いたんだ?」


「あァ?変なおっさんだァ?」


 眉をひそめる大男に、ヒュースが耳打ちをした。


「本当に関係ないみたいですよ。彼らからキヨメ=シンゼンの匂いはしません」


「チッ、全くの部外者か。おい、貴様ら。目障りだ。殺されたくなければさっさと失せろ!」


「なッ、まだここは誰の所有物でもないはずだ!俺たちにも潜行する権利はあるだろ!」


「二度は言わねェ……!早くしろ」


「うっ……」


 凄みを増したギャロンの前に、ジャンたち三人はそれ以上反発する気にはなれなかった。



 逃げるように洞窟を後にした彼らだが、素直に本拠地に戻るつもりはない。

 茂みに身を潜めるよう指示を出したジャンに、サブが質問した。


「おい、どうするつもりだ?」


「このまま帰れるかよ。あの二人が出てきた直後に、【異界迷宮(ダンジョン)】に潜る。ここの存在が公に知れ渡るまでの間に、出来る限り資源を回収するんだ!」

(クソッ!イライラする!折角追い風が吹いて来たってのにどうしてこうも邪魔が入る⁉)



 後に、その【異界迷宮(ダンジョン)】から最初に帰還した者を巡って、彼らは大事件に巻き込まれることになる。




 そして、現時刻。


「あの穴の下にいるようですね」


「あれか」


 遺跡エリアに足を踏み入れたヒュースとギャロンは、パシャパシャと水音を鳴らしながら、サラマンドラが空けた大穴の方へと向かっていく。

 このエリアを襲った膨大なブドウ酒の濁流は、既にそのほとんどを大穴から垂れ流していた。

 地面にはくるぶしが浸かるほどしか張っていない。


「その前に」


 ふとヒュースが足を止めた。彼は声のボリュームを上げて、


「そこに隠れているのはわかっているんだよ!二人組だってこともね!姿を見せなければこっちから攻撃する!」


 その警告に従って、苔に塗れたの廃墟の物陰からアイリスに肩を貸した状態のリザが姿を見せた。


「待って!何もしないわ!」


 彼女は両手を開いて、敵意がないことを示した。


「他にも冒険者がいたのか。つか何でガキが【異界迷宮(ダンジョン)】の中に居やがる」


「ガ……ッ⁉」


 リザはギャロンのガキ呼ばわりにキレそうになるが、必死にそれを堪える。この状況で敵を作ることが得策ではないと理解しているからだ。


(あのオッサン!【異界迷宮(ダンジョン)】から出たら必ずボコす!)


「つーか、よく気づいたなヒュース」


「だってあの子たちからターゲットの匂いがするので」


「ほう、そんじゃいろいろと聞いておくか。

 おい、嬢ちゃん!キヨメ=シンゼンって女はどこにいる!一緒に行動してたんだろ!」


「……何でアンタたちの口からキヨメの名前が出てくるわけ?ヘラクレスの冒険者とどういう関係があるっていうの?」


 リザが戸惑うのも当然だった。てっきり、新規【異界迷宮(ダンジョン)】の偵察に来たものとばかり思っていたのだから。

 そんな彼女の反応にギャロンは眉をひそめた。


「何も知らねえのか……。その女は、ウチに入る予定だったんだよ」


「……は⁉」




**********

『32話 その頃二人は』に続く

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