28話 緊急事態
リザからどういう流れでそんな話題になったかを聞いたアイリスは、申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません。やっぱり私はローグさんがリーダーでいいと思います」
「まあ、そう言うと思ってたけどね……。ちぇっ、アイリスがリーダーなら、宝物庫の前まで向かうように言いくるめられると思ってたんだけどなー」
頭の後ろに両手を回してそんなことを言うリザに、ローグが胡乱気な目を向ける。
「俺もそんなことだろうと思ったよ」
「アイリスは宝物庫に入ったことあるの?」
「ないですよ。私が所属していたようなDランクレベルのギルドじゃ、本格的に【異界迷宮】を攻略しようと考える人なんていません。深いエリアには潜らず、資源だけを採集するクエストばかりでしたし」
「そうなんだ。いつか行ってみたいなー。竜種や神種も見てみたいし」
「私も、神種はもちろん、契約したサラマンドラ以外の竜種は見たことないですよ。遭遇してたら、生きてこの場にいないと思います。
――あ、見えてきましたよ」
アイリスが前方に指を差す。そこに小さな光が確認できた。
歩を進めると共に、やがてそれが次なるエリアから漏れる光であると全員が理解する。
(――それにしても、一体どうなってんだ?)
ローグには一つ気になることがあった。
この岩窟に入ってからはモンスターが現れることもなく、順調に【異界迷宮】を突き進んでいる。
しかし、あまりにも順調すぎるのだ。
(どうして、モンスターが出てこない――?)
これほど単純な構造の岩窟ならば、モンスターと遭遇していてもおかしくはない。
次のエリアに到着するまでに二、三の戦闘は覚悟していたのだが、ローグの予測は外れた。
良いことなのか、もしくは何か不吉なことの前兆なのか。
その答えは、すぐに判明することになる。
「何ここ?遺跡?」
リザが眉をひそめて呟いた。
岩窟を抜けて辿り着いたのは、文明を感じさせるような廃墟が並ぶ空間。最初のエリアよりはかなり狭く、半径1キロメートルほどの広さだ。
見上げると天井はなく、そのままどこか別のエリアに続いているようだった。
エリア内には、崩れて原形を留めていない建物が多いが、確かに集落のような名残がある。
原住民などは当然いない。しかしそこには、数百年前には多くの人が住んでいたと思わせる景色が広がっていた。
「【異界迷宮】の中にも文明ってあるの?」
「わ、私もこんなエリアを見たのは初めてです……」
「では【異界迷宮】の中でも珍しいということですか、アイリス殿」
「うーん、どうなんだろう。ローグさんは何か知ってますか?」
アイリスの質問に、ローグは少し間をおいて答えた。
「…………ああ、知ってる。そして、一つわかったことがある」
「何ですか?」
「文明を感じさせるエリアが存在している場合、その【異界迷宮】には必ず、神種がいる」
「――!それじゃ、ここは……!」
ローグはコクリと頷いて、
「間違いなく、ここは危険度最大の、Sランク【異界迷宮】だ」
「「……!」」
ピクピクっとリザとキヨメの耳が動いた。
それに気づいたローグは、何度目かわからない警告を発した。
「絶対攻略はしねえからな!」
「私たちまだ何も言ってないんだけど!」
ブーブーとブーイングをするリザを無視して、このエリアの探索を始めようと辺りを見回す。
(このエリアにもモンスターの姿がない……。こんなことは初めてだ……!)
一人険しい顔をするローグに気づいたアイリスが、彼に声を掛ける。
「どうかしましたか?」
「ああ……いや……」
あくまで嫌な予感というレベルの違和感だったので、ローグは正直に話すことを少し躊躇った。加えて、どこか様子のおかしいアイリスに余計な不安を与えるのも気が引けたということもあった。
しかし、その気遣いを一蹴するかのように。
バキン!と何かが割れるような音がした。
全員がその大きな物音に気づく。
音の発生源は、エリアを囲う岩の大壁。
縦に稲妻のように巨大な亀裂が走っていた。
「何だ……⁉」
ローグがそう呟いたのは、亀裂を目にしたからではない。
その中に、何か異様なプレッシャーを放つ気配を感じたからだ。
「ローグ殿……ッ!」
キヨメもそのプレッシャーを感じ取ったようで、汗を頬に伝わせながら腰の刀に手を掛けた。
「わかってる……!何か……いる……ッ!」
バキバキ!とひび割れ音は大きくなっていき、亀裂も広がっていく。
そして、ヌッ、と。
巨大な人の両手のようなものが中から現れた。掌をそれぞれ左右外側に向けた状態だ。
「巨人の……手⁉」
驚愕と共にリザが呟く。彼女の横で、ローグは目を見開いて戦慄していた。
その手の正体に心当たりがあったからだ。
その予想が外れていて欲しいと、彼は心の底から願った。
巨大な両手は、岩壁を左右に押し広げていく。
まるで、殻を破って何かが生まれ出でようとしているかのように。
「……ッ!ふざけんな……!何で……こんなところにいやがる‼」
ついにソレは全身を露わにし、ローグの予想が的中してしまったことが証明される。
全長約七メートルはある緑を基調とした二足歩行のシルエット。髑髏の仮面を被り、首から下はツタを衣服のように覆い尽くしている。
人の体格に酷似していながらも、人ならざる異質な存在。
(コイツのせいだ……!コイツがここにいたから、モンスター共がいないんだ‼)
ローグはその怪物をまっすぐ視界に据えながら、忌々し気にその名を口にする。
「特級モンスター、神種……‼」
仮面の奥の眼球が、四人を捉える。
『ZIGAAAAAAAAAAAAAAAAッッ‼』
言葉に表せない奇声。それだけで常軌を逸した存在であると、四人に知らしめる。
だが彼らはまだ、この怪物の真の名を知らない。
神種『ディオニュソス』。
紛れもなく、この第517【異界迷宮】の主だった。
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『29話 竜種召喚』に続く
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