27話 【異界迷宮】の攻略法
「あれで中級⁉やっぱ大したことないのね、モンスターって!あっはっはっは!」
薄闇が満ちる洞窟中に、調子に乗ったリザの声が響く。
ローグたち四人は、大樹の根元から地下へと続く天然の通路に足を踏み入れていた。
岐路のない完全な一本道が続く。
視界は悪いものの、迷うことがない単純な構造は、初心者が半数を占めるパーティにとって大変ありがたいものだった。
「だから!上級はシルバーバッグ程度とはレベルが違うんだって!」
先頭を歩くローグが、首だけ捻りながら言った。
「はいはい!何度も言わなくていいって!宝物庫には近づかないから!」
「本当にわかってんのかよ」
「わかってるわかってる!アンタはいちいち口うるさいっての」
「……ったく、チビ素人が(ボソッ)」
「フンッ!」
「暴力反対!」
リザに尻を蹴られ、危うく転びそうになるローグ。
「ロ、ローグ殿……ッ、宝物庫に向かわないというのは本当ですか⁉」
なぜかショックを受けたような顔でキヨメが尋ねた。
「うん……?ああ、だってイザクさんを探しに来ただけだし。なにより、万全の準備とはいえないこの状態で向かうのは危険すぎるからな。
もしかして、本格的に【異界迷宮】の攻略がしたかったのか?」
「いえ、【異界迷宮】の主と手合わせしたかったのですが……無念……」
「あぁ……、そっちね……」
どこまでもバトル脳な侍に、思わずローグの口から溜め息がこぼれる。
「……【異界迷宮】の攻略って、どういう定義なの?その主っていうのを倒したら攻略したことになるの?」
リザが小首を傾げながら問いを発した。
「基本的には、宝物庫の扉を開いたら攻略したことになるな。人によっては、全エリアを踏破し尽くしてやっと攻略だって主張する奴もいるが」
「開くだけ?要するに、宝物庫の前で待ち構える主を倒せばクリアってことね」
「いや、それも正しいが少し違う。宝物庫の扉を開くには、鍵が必要なんだ」
「鍵?」
「【異界迷宮】のどこかにその鍵が隠されてんだよ。言葉通り物体の鍵だったり、合言葉だったりするが。それを見つけることが攻略の大前提であると同時に最も難しいことだ。でも、ま、今回はその鍵を探す必要はないから。イザクさんを見つけることに専念しようや」
「…………」
ふとリザが何やら、腕を組んで思案し始めた。
「……何だよ?」
「……なんかずっと癪に障ると思ってたら、どうしてアンタがリーダーぶってるの?」
「ここにきてその発言⁉」
冒険の経験がほぼ皆無であるリザやキヨメは論外として、アイリスよりは経験が豊富であることはローグ自身自負している。
リーダーぶっていたつもりではないが、自分が引っ張っていかなければと思っていたのは確かだ。
「ほら、私ってアンタのこと嫌いでしょ?そんな奴にあれこれ命令されるのが納得いかないっていうか」
「そのことは俺に勝って気が済んだんじゃないのかよ!」
「それはそれ、これはこれよ。どうせなら、パーティリーダーはアイリスがいいなー。キヨメもそう思わない?」
「拙者は別にどちらでも」
「んじゃアイリスに決定ね」
「あーそうですかぁー!ご指名ですよアイリスさぁん!」
「…………」
すっかりへそを曲げたローグが最後尾のアイリスに話し掛けるが、返事はなかった。大きなバックパックの肩紐を両手で握りしめ、俯きがちにトボトボ歩いている。
ローグ、リザ、キヨメの三人の視線が金髪の少女へと集まっても、彼女はずっと上の空で注目を浴びていることにも気づいていない様子だ。
三人は顔を寄せて、ボリュームを抑えつつ密談を始めた。
「(……え、アイツどうしちゃったの?てっきり『えー!私じゃ荷が重いですよー!』とか言うと思ってたのに)」
「(次その不快な物真似したらブチ殺すから)」
「(すみません)」
「(どうせアンタが何かしたんじゃないの?)」
「(まだ何もしてねえって!」
「(アイリス殿、この洞窟に入ってからずっとあの調子ですね。まるで何かに怯えてるように思えます)」
「(さっきのデカい猿が怖かったのかもしれないわね)」
「(あ、そういえば、【異界迷宮】に入る前もあんな感じになってたような)」
「(それを先に言え!)」
ドスッとリザがローグの脇腹を小突く。
「(きっと【異界迷宮】に何かトラウマでもあったのよ。うん、絶対そうだわ!ここは澄んだ心を持った私が元気づけてあげるしかないわね!)」
ボケたつもりなのか、と思うローグだったが言葉にすればまた殴られるかもしれなかったので心に留めておいた。
リザは険しい表情から穏やかな表情に変えて、アイリスに顔を向けた。
「安心しなさい、アイリス。アンタは私が守ってあげるから」
しかし、アイリスの耳には届いていないようで、反応のない彼女の肩にリザはポンと手を置いて再度声を掛ける。
「ねえ、アイリスってば!」
「わっ!あ、はい⁉」
尻尾を踏まれた野良犬のような速度で顔を上げるアイリス。
赤髪で小柄な少女は怪訝な顔で、
「やっぱり聞こえてなかった……。アンタさっきからどうしたの?何かおかしいわよ?」
「え……、な、何でもないですよ。少し疲れちゃっただけで……」
「なら少し休んでいく?」
「いえ!まだまだ平気です!……ところで、さっき何か言いましたか?」
「パーティのリーダーを誰にしようかってことになってね。話し合いの結果、アンタに決まったわ」
その言葉に金髪の少女は目を丸くして、
「えー!私じゃ荷が重いですよー!」
「ブフォッ!俺の想像通りのこと言ってやがる!」
「おお、お見事ですローグ殿!」
前を歩くローグが、聞こえてきた会話に思わず吹き出した。
「な、何ですか、ローグさん」
「アレは無視していいわよ」
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『28話 緊急事態』に続く
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