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26話 募る不安

 アイリスとキヨメが待つ場所まで戻ったローグは、ものの一時間ほどで四人分の回復薬(ポーション)と解毒薬を作り終えた。

 銀で出来た小瓶に回復薬(ポーション)と解毒薬をそれぞれ注ぎ、アイリスたち三人に手渡す。


「ほれ、回復薬(ポーション)は取り出しやすいところに入れとけよ」


「ありがとうございます」


「かたじけない、ローグ殿」


「解毒薬はたんまり作れたが、回復薬(ポーション)は一人一つ分しか作れなかった。だから、あまり無茶なことはしないように。特にそこの侍!」


「心得ていますとも!安心してくだされ!」


(不安だ……)


 ドンと自分の胸を叩くキヨメに、ローグは不安を拭いきれない。


「作れたのは普通の回復薬(ポーション)だけなんだ。高等回復薬(ハイポーション)がないんじゃ重傷は負えないわね。負いたくないけど」


 小瓶の中身を覗き込みながら、リザが言った。


異界迷宮(ダンジョン)】のみに存在する資源から作られる【異界道具(アイテム)】。

 その【異界道具(アイテム)】である『回復薬(ポーション)』には二種類ある。


 軽傷を即座に治す通常回復薬(ノーマルポーション)。そして、重症さえも即座に治す高等回復薬(ハイポーション)だ。


 高等回復薬(ハイポーション)の素材は希少性が高く、トップギルドに独占されてしまうことから一般市場にはあまり出回らない。そのため一般的には通常回復薬(ノーマルポーション)のことを回復薬(ポーション)と呼称されるようになった。


高等回復薬(ハイポーション)の素材はなかなか見つからねえんだよ。まあ、本格的に【異界迷宮(ダンジョン)】を攻略しようってわけじゃねんだ。多分、回復薬(ポーション)一つでも大丈夫だろ」


 そう言って、ローグは回復薬(ポーション)で満たされた人差し指ほどの小瓶をコートの内ポケットにしまった。

 それに倣って、他の三人もそれぞれ取り出しやすい場所にしまう。


 万全とは言い切れないが現時点での最善の準備ができたところで、次のエリアに向かうために出発した。

 目指すはバカでかい大樹。


 このエリアのどの場所からでも視界に入るほど巨大なため、ジャングルを彷徨うことなく一直線に進むことができた。

 そうして歩き続けること約3時間。


 途中、下級モンスターの群れに襲われながらも、実力者三人の活躍により難なく目的地に到着した。


 ただ、唯一彼らを苦しめたものはこのエリアの気候だった。


「す、涼しい~」


「この湿気のある暑さは堪えますね、リザ殿……」


 汗だくのリザとキヨメは、到着するや否や木陰に座りこんだ。


 大樹の真下は、傘のように生え伸びた枝葉の影ができたおかげで、他の場所より幾らか涼しくなっていた。

 熱さの原因は、天井に埋め込まれた光輝く鉱石。

 太陽のようにチリチリと光熱を放つその石に近づいてきたことにより、スタート地点より気温はかなり高い。


 さらにこのエリアの四分の一を占める巨大な水溜まりのせいか、とにかく湿度が高かった。

 湿度が高いことで汗が蒸発しにくくなり、それが一層リザたちを暑さで苦しめる要因となっていたのだ。


 しかし、リザとキヨメが汗まみれで必死に水分を補給する一方で、ローグとアイリスは汗一つかかずにケロッとしていた。


 明らかな不自然さを感じたリザは眉根を寄せて尋ねた。


「ねえ、アンタたちなんでそんなに平気そうにしてるの?これくらいの暑さなら慣れっこってこと?」


 アイリスは身に纏った黒いケープをつまみ上げながら、


「いえ、これのおかげなんですよ。ローグさんのコートと同じ生地の服なんですけど、この生地が体温を適度に調節してくれるんです。私もこの効力にすごい驚いてるところです」


「何それずるい!アンタらそんなもン着てたの⁉」


「昨晩ローグさんに生地を頂きまして、徹夜で作ったんですよ」


 それを聞いた、リザはバッとローグに顔を向ける。


「おい!その生地私にも頂戴!自分で作るから」


「ん?それならアイリスに全部やっちまったよ」


「すみません、リザさん。私が使い切ってしまってもう残ってません……」


「ぐぬ……ッ」


 すると、悔しがるリザを見たローグに悪戯心が芽生える。


「いや~実に快適ですわ~!いくら動き回っても暑くな~い!」


「…………」


 リザは少し黙って俯いたあと、それから改めて憎きの顔を見直す。


「あれ?君、汗だくだね。何かあったの?なんつって!ははははは!――あっ」


 調子に乗って再び話し掛けたローグは、思わず一歩下がった。


 理由は単純。

 そこに目の据わった少女が銃を構えていたからだ。


「その服剥いだらァァッ‼」


「リザ殿、あまり興奮すると倒れてしまいますよー」


 鬼の形相でローグを追い回すリザにキヨメは汗を拭いながら声を掛けた。


 ――そのほんの三秒後。

 フッ、とキヨメが座っている辺りの影が濃くなった。


「――む?」


 キヨメは異変にすぐに気がついた。

 影はどんどん濃さを増しながら狭まっていく。


「ふっ!」


 キヨメは咄嗟に横っ飛びした直後、彼女がいた場所に巨大な何かが落下してきた。


「「「――!」」」


 他の三人も、激しい衝突音に慌てて振り返る。


 三メートルを超える巨躯。銀色の体毛。強靭な筋肉。


「あ、あれは……ッ!」


 アイリスはその怪物をよく知っていた。

 記憶に新しい、凶悪なモンスター。そして、自分がギルドを追放されるきっかけにもなった存在でもある。

 へたり込んでしまいそうになるのを耐えながら、彼女はその名を口にする。


「シ、シルバーバッグ…………ッ!」


「どうやらこのデカい木を住処にしてたみてーだな」


『グルルルゥゥッ‼』


 シルバーバッグは、品定めするように目をギョロつかせ、最も殺しやすそうな獲物に狙いを絞る。

 即ち、アイリスへと。


「――ッ!」


 目が合った瞬間、彼女は呼吸が止まりかけた。

 今すぐ逃げ出したくても、恐怖がそれを許さない。


 ドン!と地面を捲り上げるほどの踏み込みで怪物は駆けだした。一直線に、アイリスへ向かって凶器と化した拳を振り下ろす。

 辺りを揺るがすほどの衝撃音が響き渡る。


 直撃していればアイリスの体は肉片と化していただろう。

 直撃していれば、だが。


「近くにいた拙者を無視するとは……。少し傷つきますよ」


 シルバーバッグの大きな拳は、キヨメの細い刀によっていとも容易く受け止められていた。


『グルゥアッ‼』


 再びドゴン!と響く衝撃音。

 反対の拳で殴りつけるも、やはりキヨメはビクともしない。


「その程度ですか?次はこちらから参ります」


 そう呟いて刀を構え直した侍の後ろから、リザが赤い髪を揺らしながら猛然と怪物に立ち向かっていく。


「む⁉」


「私のアイリスに、何してんだコラァッ‼」


 身軽な彼女は簡単に三メートルの高さを跳躍し、シルバーバッグの顔面に蹴りをかました。

 ボキィ!という不快な音と共に、白く鋭い牙が宙を舞う。


『グギャァァァッ‼』


 牙をへし折られた怪物は、痛みと驚きで数歩後退した。


「私の獲物ですよ、リザ殿!」


「早い者勝ちだっての!」


 さらに追い打ちをかけるようにキヨメは刀を、リザは両手に拳銃を構えて、シルバーバッグへと襲い掛かる。


 その様子を少し離れたところから見ていたローグは、手を貸すどころかモンスター側に同情していた。


「あーあ。あいつら二人を敵に回したのが運の尽きだったな」


 彼の視界では今まさに、リザが爆裂弾をぶち込み、キヨメが童子切で一刀両断する瞬間だった。


『グ……ルァ……』


 四人の前に姿を見せてからわずか十秒。

 シルバーバッグは、二人の少女によって文字通り秒殺された。


 目の前で起こった短い出来事に、アイリスは驚きを隠しきれなかった。


(中級モンスターのシルバーバッグを一瞬で……⁉すごい……、リザさんとキヨメちゃんだけでBランクギルドの冒険者パーティレベルはある)


 さらにチラリと、奥でボケーとしているローグに目を向ける。


(それに加えてローグさんがいれば、Aランクパーティにも匹敵するんじゃ……!)


 頼もしいと感じるとともに、アイリスの胸の中でチクリと不安が沸き起こる。

異界迷宮(ダンジョン)】突入前に感じていた、嫌な感情だ。


(すごい人たちだ…………。それに比べて私は、何もできない……。私はこの人たちに何をしてあげられるんだろう……)


 考えないようにしたい。考えたくもない。

 だが、塵のような些細な不安は、次第に積もり積もっていく。


(励ますだけなんて誰でもできるよ、キヨメちゃん……)


 数時間前のキヨメの言葉は決してお世辞ではないと頭では理解している。

 それでも、


(いずれ私が何の役にも立たないと思われて、この人たちに見放されるかもしれないって考えることが……すごく怖くなってきた……)


 密かにアイリスの中で溢れる思いに、他の三人は誰一人気づく気配はなかった。




**********

『27話 【異界迷宮】の攻略法』に続く

**********



本作をお読みいただき、ありがとうございました。



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